第33話 胸騒ぎ
「お兄ちゃん、久しぶりにお外で遊びたいな」
朝の特訓を終え、ステラの勉強を見ていると、妹が珍しく外へ遊びに行きたいと言い出した。
目が見えるようになってからというもの、ステラは今までの遅れを取り戻すかのように、勉強に励み、家事を手伝い、エーテルの手入れや収穫をし、さらには俺と走り込むなど、常に頑張り続けていた。
遊ぶ時間など、ほとんどなかったのだ。
今は庭を休耕しており、その分だけ余裕がある。
「分かった。じゃあ、お昼ご飯を食べたら一緒に行こう!」
目が見えるようになってからも、ステラは以前と同じように……いや、偵察任務に一緒に行くようになり、以前よりも増して俺と一緒に居る。
子供たちがよく集まる、街の外れの空き地へと手をつないで向かうと、周囲の子供たちがステラを見てざわついた。
「す、ステラ……目が……」
「なんかぱっちりして……かわいい……」
「いいなぁ、私もあんな目が欲しい!」
以前ステラを蔑んでいた子たちでさえ、羨望の眼差しを向ける。
だがステラはそんな視線を一切気にせず、俺の手をしっかり握ったまま、空き地の隅でこちらをうかがっている二人組の方へと歩いていった。
「久しぶり! イヴァンとエヴァンだよね?」
「「そ、そうだけど……」」
二人の声は見事に揃っていた。
それも当然だ。彼らは双子なのだから。
「一緒に遊んでくれない?」
「「い、いいけど……どうして僕たちと?」」
「二人と遊ぶのが楽しいの!」
ステラがそう言うのには、ちゃんとした理由がある。
ステラの目が見えなかった頃、遊んでいる間はいつも俺がそばにいた。
それでもどうしても離れなければならない時というのはあり、その隙を狙って、ステラに悪意を向ける子どもが何人かいたのだ。
そんな中、いつもステラを守ってくれた二人がいた。
それが、二つ年上のお兄さん――イヴァンとエヴァンだったのだ。
ステラが一人にならないようにさりげなく寄り添ってくれたり、
泥団子を投げつけようとした女子を鋭く睨んで止めてくれたり。
妹だけでなく、誰に対しても自然に気配りができる、優しい兄弟だった。
「何して遊ぼうか?」
この辺の子どもたちの遊びといえば、大抵は傭兵ごっこ。
木の枝を剣や槍に見立てて振り回す、あの遊びだ。
ステラも傭兵ごっこを提案したが、双子は頑なに首を横に振った。
「僕は、傭兵ごっこは嫌いなんだ……」
「僕も……僕らは見ているだけでも楽しいから、二人でやっててよ」
それじゃあ意味がない。
おままごとをしてみても、どうしても誰かが傭兵役になってしまうし、何をして遊ぼうかと考えていたその時だった。
息を切らした傭兵と思しき男が駆け込み、叫んだ。
「お前たち! 帝国兵がこちらに向かってきているそうだ! 数は……数百を超えている! 今すぐに戻れ!」
数百!?
もはや斥候どころじゃない。立派な侵攻軍だ。
「イヴァン、エヴァン、ごめん! 僕たちも帰らなきゃいけない! また今度遊んで!」
ステラの手を引きながら二人に謝ると、双子も慌てて声を返した。
「いや、僕たちも帰らなきゃ!」
「またお父さんとお母さんが無理しちゃう!」
双子はそのまま急いで街のさらに裾野の方へ駆け戻っていった。
「ただいま!」
急いで家に戻ると、アイシャがすぐに玄関まで迎えに来てくれた。
「二人とも、聞いた?」
「うん、空き地で。帝国が攻めてきてるって?」
「そうなの。今、お父さんとヨーダが伯爵に招集されているわ……多分、私たちも行くことになるから、準備しておいて」
とはいえ、俺が用意する物といえば、酒精を入れていないエーテルポーションを詰めたカバンくらいだ。
ステラも同じく、みんなの分のエーテルポーションと、薬草を煎じた傷薬をバッグに詰めていく。
ほどなくして、ホークとヨーダが緊張した面持ちで戻ってきた。
「聞いていると思うが、帝国がこちらに向かっている。偵察に出ていた傭兵団はすでに壊滅状態だ。今回はヘルマー伯爵が騎士団を率いて出陣する。俺たちも帯同しろとのことだ。準備はできているな?」
もちろん、万端だ。
すぐにでも戦場へ向かうのかと思いきや、俺たちが連れて行かれたのは街を見渡せる坂の上だった。
「あれ? 行かないの?」
思わず疑問が口に出る。するとホークが肩をすくめた。
「言っただろう? 俺たちは伯爵に帯同するんだ。前に出て手柄を立てる必要はもうない。いまさら欲をかく局面でもないからな」
確かに、エーテルポーションの売買でとんでもない額の金貨を手に入れたばかりだ。それに、伯爵と行動を共にするというのは、傭兵団としては破格の待遇だろう。
ラージャン頂上の屋敷前へ着くと、すでに数百名の騎士団員が整然と並んでいた。
その中央、騎馬に騎乗していたのは、全身板金鎧で固め、白銀のサーコートに盾の紋章を刺繍した上着、さらに真紅のマントを翻し、腰に瓢箪瓶をぶら下げたヘルマー伯爵の姿だった。
「来たか」
伯爵は俺たちを一瞥すると、以前とは違い、威厳のある声で続けた。
「どうやら、相手には紋章師がいるようだ。お前たちの出番があるかもしれぬ。よろしく頼むぞ」
伯爵直々の言葉。
周囲の騎士たちがざわつくのも無理はない。
その中で、ホークはまるで当然のように、落ち着いた声で応じた。
「承知しました。そのときは、必ず仕留めてみせましょう」
満足そうに伯爵が頷くと、今度はゆっくりと俺へ視線を向けた。
「メナトも一緒なのか?」
問いかけに、またもホークが答える。
「はい。メナトはすでに我ら【曙光の鷹】には欠かせぬ存在。娘のステラも同様です」
「そうか……」
伯爵はしばし俺を観察するように視線を向けると、ふっと表情を和らげた。
「メナト、赤銅盾勲章、よく似合っておる。お前にも期待しているぞ?」
「は、はい! 頑張ります!」
まさかの直々の激励に、思わず声が裏返ってしまった。
胸元の赤銅盾勲章が太陽の光を受け、きらりと光ると、
従者や騎士たちの視線が一斉に俺へ向いた。
その眼差しの中に、ほんのわずかな嫉妬の色が混じっていたことには気づかずに。




