第31話 新生活
ステラの視力が回復して三カ月――
俺たちの生活スタイルや戦闘スタイルがガラッと変わった。
「帝国の斥候団だ……数は二十。倒し切るぞ。アイシャ、ステラを頼む」
以前なら、偵察任務のとき、ステラはお留守番。
アイシャも当然ステラに付き添い、家で待つしかなかった。
だが今は違う。
視力を取り戻したことでステラを守る負担が大幅に減り、さらにウィンの上空からの監視により、不意打ちを警戒する必要もない。
そのため、偵察任務にアイシャとステラを連れて同行するようになったのだ。
これに関しては葛藤があったのは事実。
六歳(本当は七歳)のステラを連れてくるリスクは高いのではないか?
という疑問が最後まで付きまとったのだ。
ただ、それにも増して、アイシャの戦力は必要。
それに俺が【魔纏】をある程度使えるようになったことで、自力での逃走が可能となり、ホークかヨーダがステラを担いで走れば、なんとかなるという結論に至ったのだ。
しかし、帝国側も斥候や間者が戻らない状況に痺れを切らしたらしい。
少数単位だった偵察が、最近では班規模になりつつある。
今までであれば、撤退一択。
だが、今の俺たちは違う。
「メナト、先頭の奴を頼む。飛んでくる魔法はすべてお父さんが【魔纏】で防ぐ。ただし、敵に紋章師がいた場合は撤退。それだけは忘れるな」
不敵にも正面から立ち向かう。
五倍近い戦力を相手にだ。
迫りくる魔法を、ホークはすべて【魔纏】で相殺し、俺の詠唱時間を作ってくれる。敵前衛が距離を詰めてくるには、まだわずかに猶予がある。
「メナト! 今だ!」
合図と同時に、俺は右手の手袋を外し、紋章を露出させる。
『我に埋みし黒き涙よ、光を飲みこむ槍となりて、敵を穿て――』
黒い魔法文字が浮かび上がり、
呼応するように【追憶の紋章】が深い闇色の輝きを放った。
『【盲魔ノ毒槍】!』
漆黒の槍が一直線に走り、先頭の帝国兵の板金鎧を浅く抉る。
だが、兵が押さえたのは刺さった腹ではなく、目だった。
「目、目が……見えない!? どうして目が……目がぁぁぁあああ!!!」
兵の絶叫に周囲が一瞬で混乱する。
【盲魔ノ毒槍】は俺が実際に味わった失明そのものを短時間だけ相手に与える魔法。
効果時間は数分に過ぎない……実際俺も数分しか失明しなかったからな。
しかし、一人でも混乱を起こせば、前線は一気に瓦解する。
視界を失った兵は、手に持つ槍を振り回し、味方ごと薙ぎ払ってしまっていた。
その隙を見逃さず、後方にいたアイシャが魔力を集中させる。
『【氷迅槍】!』
放たれた氷槍は蜂蜜熊すら貫く威力を持つ。
板金鎧ごと帝国兵を貫くのは造作もない。
「あいつらは少ない! いずれ魔力が枯渇するからそれまで前線で耐えろ!」
帝国兵の指揮官と思われる魔法師が叫ぶ。
それに応えて、帝国兵たちは一斉に盾を構える。
確かに、普通であればそれが良策なのだろう。
魔法師は魔力がなくなってしまえば、無用の長物。
しかし、俺たちには補給がある。
魔力が『30』ほど減ったらすぐにエーテルポーションを飲む。
このポーションはだいたい『30』程度の魔力を回復するからだ。
普通の魔法師なら全回復に近い量だ。
だが、俺やホーク、アイシャの魔力量では半分も戻らない。
だから、戦闘を通じてどのくらいで『30』使ったかの感覚を覚え、常に魔力をMAX近くに維持しておく。
それが【魔纏】の強度を確保するため重要なのだ。
三人の紋章師を相手に、二十人では勝負にならない。
すぐに総崩れとなり、撤退し始めるが、藪に潜んでいたヨーダが次々と首を刎ね、あっという間に殲滅。
その間も、ウィンは監視の目を緩めない。
ウィンは空から敵影を逃さず、遠巻きに俺たちを観察していた帝国兵を即座にホークへ伝達。
逃げ足の速い優秀な兵だったが、ウィン相手ではどうしようもない。
ウィンが足止めしている間に、ヨーダが到達して終わり。
すべては、帝国に情報を持ち帰らせないため。
だから帝国側は、なぜ斥候が戻らないのか、誰に倒されているのか――
理由が分からないまま、戦力を増やすしかなくなっているのだ。
「もう、メナトを戦力に組み込んでも大丈夫そうだな」
戦いを終え、倒れた帝国兵の懐を淡々と漁りながらホークが呟いた。
この作業は、どれだけ気が重くても避けられない。
死者を利用するのではなく、回収しないとこちらの危険が増すからだ。
もし俺たちが装備や金品を放置すれば、それらは帝国の手に戻り、武具として再び俺たちに向けられる可能性がある。
金も同じだ。彼らの装備や補給に変わり、巡り巡って俺たちの脅威となる。
だからこそ、漁れるだけ漁り、残ったものは燃やし、使えないようにして埋めるしかない。
「そうね……でもホークとヨーダが近くにいることが前提ね。ウィンの目と、もしも懐に潜られたときのことを考えるとね」
「まぁな。それに今はまだエーテルポーションに余裕があるからこの戦い方ができるが、尽きてきたときが大変だ……が、その心配は当分なさそうだがな」
魔法戦で押し勝てるなら、敵に距離を詰めさせずに潰せる。だからこそ、俺たちは魔力を惜しみなく使い、エーテルポーションを飲み続けている。
エーテルポーションが有限とはいえ、今保管してある量は三人で飲み切れる量ではない。偵察するたびに戦闘が起こるわけではなく、今日のようなことは一カ月に一度か二度だ。
ただ、怖いのは帝国の斥候団が、俺たちが偵察していないときに来た時だ。
実は、俺たち以外の傭兵団も偵察を依頼されている。
これは、傭兵団に休養を与え、いつでも万全な状態で任務にあたれるようにとヘルマー伯爵が考えてのこと。
もうそろそろエーテルポーションの交易を開始してもいいのではないか?
俺たちだけでなく他の傭兵団に行き渡るようにして、ラージャンの防衛力を強化した方がいいのではないか?
【曙光の鷹】内でそういう話が出てはいるのだが、なかなかタイミングが見つからない。
理由はこの世界に魔力を回復する薬はない。そのためエーテルポーションがどれだけ価値を持つか……それが推し量れないのだ。
俺たちの予想を超える価値だとしたら、俺は資源を生む道具にされかねない。
その未来だけは何としても避けたいと、ホークとアイシャは慎重になっていた。
ラージャンの門をくぐると、いつもの喧騒と子供たちの笑い声が聞こえる。
武器や防具がずらりと並ぶ店の前にたどり着くと、ホークとヨーダは背負っていた帝国兵の装備をどさりと地面に放り出した。
その音を機に、主人たちが店から出てきて品定めをし、それぞれが思い思いの値段をつける。いわば、競り市状態だ。
「じゃあ、俺とヨーダはヘルマー辺境伯のところに行ってくる。後のことは頼むな」
二人は高台へ向かって歩き出し、俺たちは戦利品を売り払ってから家に戻るのであった。
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