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転生したら世界で唯一複数紋章を内包できる【追憶の紋章】を授かっていた件 ~努力と想いを継ぐ紋章の力で運命をねじ伏せる~  作者: けん@転生したら才能があった件書籍コミック発売中
第2章 少年期 追憶の紋章

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第28話 ステラの世界

「お兄ちゃん? 今日、みんなちょっと変じゃなかった?」


 二人で寝ようと布団に入ると、ステラがぎゅっと抱きついてきた。

 まるで、俺を手放すものかと言わんばかりに。


「そう? 僕はいつも通りだと思うけど……」


 言葉では軽く返したが、内心では気づいていた。

 ホークとアイシャは朝からずっと暗かったことに。

 口数も少なく、時折ふっと遠くを見るような顔をして。


「お兄ちゃんは……ずっと一緒だよね? 遠くに行ったりしないよね?」


「縁起でもないこと言わないでよ。僕はどこにも行かない。ずっと一緒だよ……ほら、寝よう」


「……うん。おやすみ、お兄ちゃん」


 眠れずにもぞもぞしていたステラの肩を、優しくぽんぽんと叩き続ける。

 やがて呼吸が落ち着いていき、ようやく眠りについた。




「ステラは寝たか?」


「うん……時間はかかったけど」


 リビングに戻ると、ホークとアイシャが沈んだ表情で待っていた。


「……本当に、やるつもりなんだな?」


「もちろんだよ」


 迷いなく即答する。

 その瞬間、アイシャの瞳から涙が溢れた。


「どうして……どうしてメナトが……」


「お母さん。ステラと一緒に買い物に行くときの視線……ステラが気づいてないと思う? ステラは、僕たちを心配させないように明るく振る舞ってるけど……本当は、誰にも見えないところで傷ついてるんだよ。誰かが助けてあげられるなら、助けるべきなんだ。それがたまたま僕しかできないってだけ。この紋章には……その力がある」


「…………」


 重い沈黙を破ったのは、アイシャだった。

 母はそっと椅子から立ち上がり、ゆっくりとダイニングへ向かう。戻ってきたとき、その腕には二つのものが抱えられていた。


 一つは、黒涙草の黒い葉を細かく刻んだものを漬けたもの。

 もう一つは、エーテルの茎を煎じて作った液体の上に花を浮かべたもの。それは、ほんのわずかでも毒を和らげられないかと、母としての必死の思いで準備しておいたものだった。


「ありがとう、お母さん。食べる前に一つ試したいことがあるんだ」


 そう言うと俺は玄関に置いてあった黒涙草を手に取り、戻ってくる。

 右手の【追憶の紋章(メメント・モリ)】が、かすかに新緑色の光を帯びて脈動した。

 内包された【草の紋章】が反応しているのだろう。黒涙草は、さっきよりも幾分か生命力を取り戻したように見える。


 俺は黒涙草の茎にある棘へ、ためらいなく指先を押し当てた。

 鋭い痛み。じんわりと広がる軽い痺れ。


 その瞬間、紋章が深く濁った紫黒色に変じ、激しく光を揺らめかせた。

 数秒もせず光は収まるが、同時に指先の痺れもみるみる消えていく。


 それからはいくら右手で触れても、【追憶の紋章(メメント・モリ)】は必ず紫黒の光を灯す。


 紋章が黒涙草を毒草と判断し、【草の紋章】の恩恵を自ら打ち消したのだろう。

 エルが俺を庇うように……。


 それに、今の反応で、黒涙草に対しては多少なりとも抵抗がついたはずだ。

 試しに何度か棘へ指先を押し当ててみたが、鋭い痛みこそあれ、もはや痺れは一切訪れなかった。


 正直ホッとした。

 本音を言えば、ずっと不安だったのだ。

 もし【追憶の紋章(メメント・モリ)】の内部にあるのが【毒の紋章】ではなく、たった一つ、ヴェノムモリスにしか効力を持たない【ヴェノムモリスの紋章】だったらどうしよう、と。


 やれることはやった。

 これ以上時間をかければ、ホークとアイシャの説得に折れてしまうかもしれない。


「……じゃあ、飲むね?」


 声が震えたその瞬間、両脇から温もりが寄り添ってくる。

 ホークとアイシャが、俺を挟むように強く抱きしめていた。


「信じているぞ、メナト」

「メナト……辛い思いをさせてごめんね。何かあったら、すぐ吐き出すのよ? 絶対に一人で抱えないで」


 両親の愛に支えられながら、俺は黒涙草を一気に飲み干す。

 喉を焼くような苦味が走った瞬間、すぐさまアイシャがエーテル料理を手渡してくる。それもすぐに飲み込む。


「メナト、大丈夫か!?」

「メナト? メナト?」


「だ、大丈……夫」


 そう言った舌の先から、感覚が溶け落ちていく。

 手足が痺れ、筋肉が硬直し、俺の体は自分のものではなくなった。

 視界は波のように歪み、明滅する光の中で天井も壁もぐらぐら揺れる。


 一生懸命息を吸おうとするが……息ができない。

 胸が押し潰されるように苦しい……苦しい……!


 そのとき、紋章が灼けるように熱を帯び、紫黒色の光が破裂するように迸った。


「メナト!? おいっ! 吐き出せ!」


 背中を叩かれる衝撃だけが遠くで響く。

 声はもう、何を言っているのか判別できない。


 やばい……本当に……意識が……。

 視界の端が真っ黒に染まり、音が消え、鼓動だけがやけに近くで鳴っている。


 このままじゃ……死ぬ。

 その淵で【追憶の紋章(メメント・モリ)】がさらに激しく輝く。


 紫黒の光が新緑色に徐々に浸食されていき――

 頭に懐かしい声が流れてきた。


 (坊、お嬢を頼む!)


 そうだ!

 俺がここで折れたら、ステラはもっと傷つく。

 そんな未来だけは、絶対に見たくない。

 こんなところで――!


 (うぉぉぉおおおおお!!!)


 叫んだはずなのに、声は空気を響かせない。

 が、徐々に意識ははっきり覚醒してく。


 気づけば呼吸を取り戻し、空気が肺に流れ込む。

 手に力が入るようになっていた。

 ホークとアイシャの声が輪郭を持ち、背中を叩く衝撃も、きちんと痛いと感じられるほどに。


「メナト! メナト!」

「お願い……帰ってきて! メナト!」


 必死にすがるホークとアイシャ。


「お父さん、背中……痛いよ。お母さん、もう大丈夫。毒は中和できたみたい」


 そう告げて、安心させようと微笑もうとした、その瞬間。

 視界が闇に染まった。


「あれ……? お父さん? お母さん?」


 目を開けているのに、何も映らない。

 色も、形も、光さえも。

 ただ両隣にいる二人の温もりだけが、はっきり分かる。


「メナト? 父さんはここにいるぞ? ここだ」

「お母さんもいるわ、手……握ってるからね?」


 二人の手の感触はある。

 指の温かさも、震えているのも、分かる。


 でも、見えない。

 どれだけ瞬きをしても、闇が晴れない。


 まさか……ステラと同じように……?

 妹が味わっている暗闇の世界が、俺にも!?


 怖い。

 視界がないのがこれほどまでに怖いなんて知らなかった。

 ステラは、毎日、こんな恐怖の中で笑っていたのか……。


「お父さん? 僕の右手、何色に光ってる?」


「ま、また紫黒だ! もしかして、メナト……お前、視力を失ったのか!?」


「うん……そうみたい。今、【毒の紋章】が解毒するのに反応してるんだと思うけど……怖いよ……こんなに、怖いなんて思わなかった。今まで当然みたいに見えていたものが……全部真っ暗で……お父さんやお母さんが、どんな顔してるのかも分からなくて……怖いんだ……」


 一刻も早く、ステラをこんな闇から救い出さなければならない。

 数分、たったそれだけなのに、永遠みたいに長く感じた。

 そして、ふいに視界に色が戻り、輪郭が生まれ、光が差し込む。


 目に映ったのは――

 涙で顔をくしゃくしゃにして俺を見つめるホークとアイシャだった。


「お父さん、お母さん。僕を信じてくれてありがとう。もう大丈夫。二人のことがちゃんと見えているから……」


 安心させようと微笑むと、二人は同時に俺を抱きしめた。

 

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