第26話 ステラのためにできること
セラフィたちと別れてから一か月後――
ラージャンは冬を迎え、街はうっすらと雪化粧していた。
山間部の一部はすでに豪雪となり、そんな中でも俺たちは変わらず偵察任務へと向かう。
こんな時に間者を放つわけがない……と、思うかもしれないが、むしろこういう悪天候のときこそ、マルム帝国は動いてくる。
そしてそんな連中を、ホークは今日も見つけ、伯爵へ報告。
どれだけ雪が降ろうと、鳳鷹のウィンにとっては関係ない。
密度の高い良質な羽毛が体温を逃さず、冷たい外気をしっかり遮断していた。
「お父さん? この辺の雪はいつ頃溶けるの?」
ラージャンに戻る道すがら、ホークに問う。
「んー……二月あたりだな。標高が高いところは三月まで無理だ。ここらはあと二ヶ月は雪景色だろう……メナトは冬が嫌いか?」
「ううん、そうじゃないよ。ただ、早く黒涙草を採りに行きたいなって」
さすがに六歳の俺が雪山に入るのは自殺行為。
【曙光の鷹】も雪山での依頼はよほどのことがない限りは受けないのだ。
「まぁ……確かにその通りなんだが……メナトは怖くないのか? 黒涙草を食べるのが」
「怖くないよ」
きっぱりと言い切った。
けれど、本当は怖い。とんでもなく、震えるほど怖い。
それでも。
ステラを見ていると、ただ一刻も早く目を治してやりたいと思う。
特に最近、その気持ちは強くなるばかりだった。
それには、はっきりとした理由がある。
ラージャンに来て、半年以上の月日が経つ。
この街には子どもが多く、俺とステラにも友達……とまでは言わないが、遊ぶ相手くらいはできた。主に他の傭兵団の子どもたちだ。
そして、冬の子どもたちの流行といえば雪合戦。
同い年くらいの子が相手だから、投げる球はそれほど痛くないし、狙いも甘い。
大抵は簡単に避けられるが、ステラにとっては話が違った。
目の見えない妹が避けるのは厳しい。
それでもステラは音で分かるから大丈夫と言う。
だが、正直それは嘘だと思っている。
なぜなら、子どもの投げる雪玉なんて摩擦音も風切り音もほとんどしないからだ。
それでもステラがそう言い張るのは、やっぱり友達として見てほしいから。
中にはわざとステラだけを狙う子もいる。
あまりにも悪質だと俺が盾になったりもするが、実は俺もよく狙われる。
どうやら俺たちが着用している服を少しでも汚そうとしている節があるのだ。
というのも、俺とステラが身に纏う服はどれも高級品。
特に、フード付きの法衣は魔道具屋で買った最高級品で、その値段は魔晶灯を軽く超える。
一方、ほかの傭兵団の子供たちの服は、お世辞にも暖かそうとは言えない。
この街でも上位の傭兵団の子供たちでさえ、素材がいい程度で、防寒や防水の魔法陣を刻んだ服を着ている者は一人もいない。
貴族の子弟はたしかに立派な服を着ているが、俺たちとは方向性が違う。
あちらは装飾が豪華で煌びやかな反面、機能性はそれほど高くない。
だからこそ、俺とステラの法衣はどうしても目立つし、妬まれやすい。
一度、分からせてやろうと詠唱を始めたことがあった。
けれど、ステラが必死に俺の腕を掴んで止めた。
「遊んでいるだけなんだから……ね? みんな、そうだよね?」
無理に笑おうとするステラの表情が痛々しくて、胸が締めつけられた。
もう、あんな妹の姿を二度と見たくない。
だから、毒が怖くても、俺は黒涙草を飲まなければならないのだ。
家に帰れば、ステラはアイシャと一緒に心を込めて作った夕食の支度を済ませて、嬉しそうに待っていてくれる。
「お父さん、お兄ちゃん、ヨーダ、お帰り! 今日はお鍋だよ! 肉団子とお野菜は私が作ったの。ちょっと形が悪いかもしれないけど……食べてね!」
そんなことを言われて、「食べない」なんて返せるわけがない。
ホークは満面の笑みでステラを抱き上げ、そのままダイニングへ向かった。
「ねぇヨーダ? セラたちは向こうで上手くやってるかな?」
最近のステラは、セラフィの名前ばかり口にする。
「……国王と面会した翌日まではずっと一緒だったが、かなり順調だと言っていたぞ。数年で名誉男爵になれるかもしれん」
ヨーダの言葉にステラはぱっと笑顔を咲かせる。
それにつられて、俺も自然と頬が緩んだ。
「次に会う時は、セラ、とんでもなくカッコよくなってるんだろうな」
その瞬間、場の空気がぴたりと止まった。
「え? 僕、変なこと言った?」
耐えきれず問いかけると、ステラが引きつった笑顔をこちらに向けてきた。
「お、お兄ちゃん……それ、本気で言ってるの?」
「え? うん……だって僕から見ても、セラは普通にカッコいいと思うよ?」
その返答に、ホークがため息をつく。
「まあ……メナトにも、そういうところの一つや二つはないとな」
アイシャも苦笑しながら頷く。
「ええ、今度会ったときを楽しみにしてなさい」
アイシャがそう言って席を立つと、食器を片付けはじめた。
それに合わせるようにステラも手伝い、俺も妹のサポートに回り、楽しく家事をこなすのだった。




