第25話 また会う日まで
夕方――
「え? 入国を認められなかったの?」
ヘルマー伯爵の屋敷から戻ってきたホークと、エルフの親子の話を聞いたアイシャが驚きの声を上げた。
「いや、入国は認められた。だが、ここに留まるのは得策ではない、とヘルマー伯爵が仰られてな」
ホークの説明に、オーベが続ける。
「伯爵は、私たちのことをよく考えてくださった上でのご判断でした。エルフが街に滞在すれば目立つ。好奇の目を向けられ、時には憂き目を見る可能性が高いと……」
確かに、ステラですら街の住民から平気で蔑む視線を向けられていた。
亜人であるエルフともなれば、その反応はさらに強烈だろう。
「じゃあ、どうするの?」
「伯爵が、ヘロス王へ叙爵の推薦状を書いてくださったのだ。 この国の貴族となれば、余計な軋轢も避けられる。たとえ名誉男爵だとしても、貴族は貴族だからな」
と、ここで常々疑問に思っていたことを訊く。
「ねぇ、名誉男爵って何?」
スカージャーも名誉男爵になれる、と言っていた。
かなり偉いものだと思っていたが……
「一代限りの貴族で、爵位の継承権はない。ただし、後継者が有能であれば次代も貴族として認められる。国としても優秀な紋章師や魔法師を取り込みたいが、誰彼構わず爵位を与えるわけにはいかないからな。優秀な跡継ぎが何代か続けば男爵へ陞爵される」
なるほど。
実力者をまずは一代限りで迎え入れるための制度、というわけか。
「さすがに、ヘルマー伯爵の推薦状だけで名誉男爵になれるわけではないそうです。ですが、エルフである私たちが力を示せれば、きっと名誉男爵にはなれるだろう、と仰っていて……」
その言葉を聞いて、ひとつ疑問が浮かぶ。
「お父さんには、そういう話は来ないの?」
「何度かは話をもらっているが……今のところ、受けるつもりはないな」
夫婦そろって優秀な紋章師なのだから、勧誘が来ないほうがおかしいか。
「本当なら、この街に留まってホークさんたちの傭兵団に加入させてもらい、恩返しをしたいと考えていたのですが……それも難しくなってしまって。でも、今回の恩は絶対に忘れません!」
確かに、魔法師であるオーベとフェイが加われば、ホークたちにとって大きな戦力になったはずだ。ただ今回は、エーテルが特効薬として有効かどうかを検証できただけでも十分すぎる成果だ。
「それで、オーベたちはいつ発つの?」
アイシャが尋ねると、オーベがすぐに答える。
「明日、出発しようと思います。こういうことは早いほうがいいと、ヘルマー伯爵が仰っていたので」
そこへホークが補足を入れる。
「優秀な魔法師を確保できれば、それも伯爵の手柄になるからな。俺たちには、三人を王都まで護衛する依頼が来た……が、偵察任務を放り出すわけにもいかない。だからヨーダを護衛につけて、三人を王都まで送ることになった。伯爵からの依頼として受けていて、報酬も十分だ」
確かに、早く動くに越したことはないのだろう。
ただ、ステラは納得できないようだった。
「せっかくセラフィとお友達になれると思ったのに……」
しゅんと肩を落とす。
妹が俺以外の同年代の子に興味を示すのは初めてのことだ。
何人かは心を許す者はいるが、ここまでではない。
少しだけ妬けるが……正直、それは俺も同じだった。
「そうだね。僕も一緒に遊べると思ってた。でも、これで終わりってわけじゃないよ。次に会ったときは、いっぱい遊ぼう」
すると、セラフィがほんのり頬を赤く染めながら、こちらを見て言った。
「ぼ、ボクは……もうお友達だと思ってるんだけど……ダメ、かな?」
思わずステラと顔を見合わせる。
「ダメじゃないよ! 私たち、お友達!」
「うん! 僕たちは友達だよ!」
その言葉にステラはさらに嬉しそうに笑い、
「じゃあ今日は三人で一緒に寝よう! ね、いいでしょ?」
と提案してきた。するとセラフィは、なぜか俺の方をちらりと見て、恥ずかしそうに答える。
「う、うん……メナトが良ければ、ボクはいいよ?」
もちろん、俺としても断る理由はない。
「分かった。じゃあ、これから僕たちの部屋で遊ぼう」
そう言って、セラフィと二人でステラの手を引きながら、俺たちの部屋へ向かうのだった。
翌朝――
まだ日が昇る前のラージャンの街門で、エルフの親子三人と、護衛役のヨーダを見送る。
「本当にお世話になりました!」
「いつか必ず恩は返します!」
オーベとフェイが何度も深々と頭を下げる。
「では、期待して待っていますね」
「あまり気にしなくていいんですよ」
ホークとアイシャは笑顔でそれに応える。
一方、俺たち子供もステラを真ん中にして別れの挨拶をする。
「なるべく早くまた会おうね!」
「僕たちが王都に行く機会があれば、必ず探しに行くから!」
俺たちの言葉に、セラフィは涙を浮かべながら頷いた。
「うん、ボクも二人のことは絶対に忘れない。いつか必ず、お礼をしに来るから!」
そう言って、セラフィはステラの頬に軽くキスをする。
将来間違いなく美男美女になる二人だ。
セラフィになら、ステラを任せてもいいかもしれない……などと、少しだけ思ってしまう。
そしてセラフィは、今度は俺の前に来た。
「メナトには……本当に、どんなお礼をすればいいのか分からないよ。いつか必ず、ボクもお礼をしにくるから……」
そのまま、ステラのときと同じように俺の頬にもそっとキスをする。
この世界では、男同士でも頬へのキスが挨拶なのか。
なら、返さないわけにはいかない。
そう思い、俺もセラフィの頬に軽く口づけた。すると、セラフィは長い耳をぴくぴく揺らしながら、顔を真っ赤に染める。
え? そんな反応されると、逆にこっちが照れるんだけど……。
戸惑っていると、セラフィがふっと笑みをこぼす。
「ねぇ、今度からボクのことはセラって呼んで。パパとママにしかそう呼ばれないんだけど……メナトとステラ、それにおじさんたちなら、いいかなって」
「うん、分かった。セラ、また会える日まで」
「セラ! 私たちのこと忘れたら怒るからね!」
ヨーダを先頭に街を離れていく親子の背中が見えなくなるまで、俺とステラはずっと手を振り続けた。
セラフィも同じように、俺たちの名前を呼びながら、最後の最後まで手を振ってくれる。
そして――
次に再会したとき、俺はセラフィの劇的な変化に驚くのであった。




