第24話 エーテル
「パパぁっ! ママぁっ!」
「オーベさんっ! フェイさんっ!」
昏睡したままのオーベとフェイに向かって、皆で必死に名前を呼び続ける。
二人の呼吸は浅く速く、汗で額は濡れ、胸は苦しげに上下していた。
それでも、セラフィの声にだけは反応するように、かすかに目を開け、微笑むことがある。
その小さな反応にすがるように、アイシャは少しでもと、エーテルを食べさせたり、飲ませたりしてきた。
けれど、症状は一向によくならない。
そうして朝から続いた看病は、気づけば夜を迎えていた。
「みんな? 一度、交代で食事にしましょう? 看病するのも大事だけど、看病する人が倒れちゃったら意味がないでしょ? 店屋物にするけど……何が食べたい?」
アイシャは気丈に声をかけるが、
「「「…………」」」
誰も返事をしなかった。
ただただ、二人の荒い呼吸ばかりが部屋に響く。
そんな中、ふと胸の奥に引っかかっていた疑問が、つい口を突いて出た。
「……ヴェノムモリスって、七十二時間後に……必ず死ぬから死の宣告って呼ばれてるんだよね? もう……その七十二時間、過ぎてない?」
その瞬間、アイシャの言葉に反応しなかったホークが、はっと身を起こした。
「確かに! 三日前、二人がヴェノムモリスを食べた時は、まだ日は落ちていなかった。しかし、今はもう夜……どう考えても七十二時間は過ぎている……! これは……もしかして……」
「……ちょうど帰ろうとしていた時だ。間違いなく超えているな」
ヨーダも頷く。
「でも、パパとママはこんなにも苦しんで……」
セラフィが震える声で言いかけたところを、ステラが強く遮った。
「きっと頑張ってるんだよ! だから、もっと呼んであげよう! 二人に届くように!」
その言葉をきっかけに、部屋はオーベとフェイの名前を呼ぶ声で溢れ返る。
セラフィはもう涙も枯れ、寝食を忘れてただひたすらに叫び――
「パパぁ! ママぁ!」
七十二時間というリミットは超えたんだ。
これで治らなかったら、エーテルはただ苦痛を増すだけのものになってしまう。
(エル、頼む!)
困ったときのエル頼み。
紋章に願うように祈りを込める。
それでも二人の熱は収まらなかった。
四日目も、五日目も、高熱と荒い呼吸は続いた。
そして――迎えた六日目。
気づけば、俺は壁にもたれたまま眠っていたらしい。
薄く目を開けると、窓の外は白み始め、部屋の空気は静まり返っていた。
いや。微かに、誰かのすすり泣く声が聞こえる。
「パパ……ママ……」
セラフィだ!
まさか……!?
最悪の事態が脳裏をよぎり、勢いよく立ち上がる。
セラフィの鳴き声がした方に視線を向けると――
弱々しくも、セラフィの頭を撫でているフェイの姿だった。
今まで、うっすらと目を開くだけで精一杯だった彼女が。今はちゃんと意識を持ち、我が子を愛おしそうに見下ろして微笑んでいた。
良かった……。
胸の奥で、張りつめていた何かがふっとほどける。
視線を移すと、オーベの呼吸も昨夜より穏やかで、苦悶の色は薄れているように見えた。
その親子が抱き合う姿に思わず歩み寄ろうとしたその時、俺のズボンの裾を引く、小さな力があった。
「……お兄ちゃん、もう少しセラフィに甘えさせてあげよう?」
「ステラ……起きていたのか?」
「うん、ちょっと前にね」
振り返ったステラは、夜明けの光に照らされて優しく微笑んでいた。
「そうだな……じゃあ、もうひと眠りしよう」
俺たち兄妹は並んで壁にもたれかかり、エルフの親子が紡ぐ再会の言葉をBGMに、もう一度眠りへとつくのであった。
「この度は本当にありがとうございます!」
「この御恩は一生忘れません!」
翌日になると、 フェイに続きオーベも意識を取り戻し、二人は驚異的な回復力で体力を取り戻していた。
今はそろってまっすぐ頭を下げ、心の底からの礼を口にする。
「いや、我々も偵察任務の最中で、咄嗟の対応になってしまった。驚かせてしまって申し訳ない」
「そんなことはありません。こちらこそ……魔法まで撃ち、敵対行動を取ってしまいました。それなのに、ここまで手厚い看護を……本当に、感謝してもしきれません」
これに関しては、俺たちからしてもかなり打算的な行動をとったまで。
帝国の敵なら味方になり得るというホークの判断。
そして、エーテルが毒の特効薬として働くかどうか、その検証も兼ねていた。
だが、それは本当に最初だけ。
セラフィが必死に二人の手を握りしめ、泣きながら名を呼ぶ姿を見ていたら……そんなことなんてどうでもよくなった。
ただ、助かってほしいと、心の底から願うようになっていたのだ。
「一つ、お聞かせ願えないでしょうか? どうして私たちは助かったのですか? ヴェノムモリスを服毒すれば必ず死ぬ。覚悟の上で飲んだのですが……」
「それは、あまりにも幸運というか……実は……」
ホークがそう前置きをして、エーテルのことを説明すると、オーベは目を大きく見開いた。
「君が……メナトが私たちを救ってくれたというのか……まだセラと変わらぬ年くらいだというのみ……」
信じられない、といった視線がフェイと同時に俺へ向けられる。
「エーテルが効いて良かったです。本当に効く確証がなかったので、淡い期待をさせるのであれば、言わない方がいいと思い、黙っていました」
助かると言って、助からなかった場合、怒りがこちらに向く可能性もある。
まぁ、オーベたちの人柄を見れば、その心配は不要だったのかもしれないが。
「で、これからどうするのです? もちろん、完治するまでここにいてもらって構いませんが……」
「まだ何も考えてはいないのです。何しろ突然帝国が攻めてきて……着の身着のまま逃げるので精一杯で……」
「そうですか。それなら、一度ここの領主――ヘルマー伯爵に会ってみるのはどうです? 事情があるとはいえ、形式上は不法入国にあたります。私も同行しますので」
確かに追われていたから仕方ない部分はあるが、不法入国ではあるんだよな。
とはいえ、地球のようにパスポートがあるわけではない。国境を歩いて越えれば済んでしまうのが実情で、完全な不法者扱いを受けるわけでもない。
それでも今後の身の安全を考えるなら、伯爵の庇護を得ておくのが最善だろう。
朝食をとってから、ホークはエルフの三人を連れて街のてっぺんから見下ろす屋敷へと向かうのだった。




