第23話 蝕む猛毒
ラージャンに着く直前、妖精族の父と母、そして少年に、ウィンが運んできたフード付きの法衣を着せ、深く被らせる。
「絶対に、そのフードを外すなよ!」
ホークに言われ、少年は頷くと、一気に俺たちの家まで駆け抜ける。
家の前には、すでにアイシャとステラが待ち構えていた。
「まず、先にこれを飲んで!」
アイシャが出したのは、エーテルの茎を煎じた汁と、湯に浮かべた花、そして魔力回復薬。いわばエーテル料理のすべてだ。
どれが効くかなんて分からない。
どれも効かない可能性だってある。
だから一個ずつ検証……なんて、人の命を使ってできるわけがないのだ。
連れてこられたエルフの夫妻は、もう抵抗する気はないようだった。
何をされても仕方がない……そんな諦めが滲んでいるように見えた。
けだるそうに器に口を付けた二人は、しかし意外にも煎じ汁を勢いよく飲み干す。
あれ? そんなに美味しかったっけ?
と、呆気にとられていると、アイシャが矢継ぎ早に指示を飛ばす。
「メナトは私と一緒にこの女性を浴室に連れて行って! ホークとヨーダはそっちの男性! ステラはその子と一緒に居てあげて!」
母が女性に肩を貸しながら歩かせるのを手伝って浴室に入った瞬間、その場でアイシャは迷いなく女性の衣服を脱がせ始めた。
「メナト、よく聞いて? 二人はヴェノムモリスを飲んでいるでしょう? だから私たちが触れると影響を受けてしまう恐れがある。だから、お願い。手伝って」
「うん! 任せてよ!」
とは言うものの、さすがに大人の女性の裸を見るのは刺激が強い。
ただ、アイシャの真剣な眼差しや、少年の覚悟を見てしまった以上、そんなことを言っている場合じゃないのは分かっている。
俺たちは女性の身体を丁寧に洗い、同じように男性の身体も清めた。
その後、二人を使っていない部屋のベッドに寝かしつけるとホッと一息。
ホークから詳細を聞き出しているアイシャを横目に、俺とステラは部屋の隅でうつむく少年のそばへ腰を下ろす。
「……お名前、なんていうの?」
ステラがそっと問いかける。
数拍置いて、少年がかすかに唇を震わせる。
「……セラフィ……」
「そう、セラフィ……いい名前だね。私はステラ、よろしくね」
それ以上ステラは何も言うことはなかった。
ただ、肩を震わせて涙を流すセラフィを、優しく抱きしめ続けた。
翌日――
目を開けると、俺はいつものベッドで、隣にはステラが寄り添って眠っていた。
昨日は壁に寄りかかって座ったまま意識を失ったはずなのに……。
だが、それより気になるのはセラフィの姿がどこにもないことだった。
俺が隣でがさごそと動いたからか、ステラがゆっくりと起き上がる。
「お兄ちゃん? 起きているの?」
ステラはいつものように俺の顔をぺたぺた触ってくる。
別に触らなくてもそこに俺がいるのは分かっているだろうに……これが妹の癖だ。
「僕も今起きたところ。セラフィはどこに行ったんだろう?」
ベッドを降り、ステラの手を引いて部屋を出る。
向かった先は、包丁のリズムが心地よく響くダイニング。
最近ステラが家事に没頭していたせいか、妹に付き合っていたアイシャも苦手な家事の克服に奮闘しており、包丁さばきは見違えるほど上達していた。
「お母さん、おはよー。セラフィは?」
「おはよう、二人とも。セラフィはさっきオーベとフェイのところに行ったわよ」
オーベとフェイ。
知らない名前だが、セラフィの両親というのは容易に想像がつく。
「二人の容態は?」
俺が訊ねると、アイシャは苦し気に首を横に振った。
「よくないわね……高熱でうなされて、意識なかなか戻らなくて……」
「エーテルは食べさせてる?」
「ええ、少しずつ食べさせたり、飲ませたりはしているのだけど……」
と、そこにセラフィがダイニングに入ってきた。
「セラフィ、オーベとフェイは食べた?」
アイシャが声をかけると、セラフィはこくりと頷き、二つのお椀を大事そうに差し出した。
「はい……ありがとう……ございます」
「そう、食べられる元気があるなら大丈夫よ。あなたも昨日から寝てないんだから、朝ごはん食べたら少し休みなさい?」
「ありがとうございます……でもボクは……両親のそばにいます……」
そう言い残し、セラフィはふらつく足取りで再び両親の部屋へ向かっていった。
寝られなかったのか……両親がいつ息を引き取るか分からない状況だもんな。正気でいられるわけがない。
俺とステラは朝食を取りながら、アイシャに昨日の事情をもっと詳しく訊いた。
「それがね……私たちにもよく分からないの。お父さんもセラフィから少し話を聞こうとしたんだけど、ほとんど心を開いてくれなくて」
焦らず、こちらから無理に踏み込まない方がいいのかもしれない。
「あとさ、妖精族って初めて見たんだけど、どういう人たちなの?」
「実はお母さんも初めて見たの。それくらい希少な種族で、特徴としては長寿で耳が長くて尖っていること。あとは人間よりも魔力が多いこと……その分、体力は低くて紋章の恩恵は授かりにくいと聞いたことがあるけど……」
その体力がない種族が山を駆けずり回ったんだ。
普通であれば疲労で倒れてもおかしくはないが、セラフィは……心身ともに限界だろうな。
俺はステラと一緒に布団を抱えて、オーベとフェイが眠る部屋へ向かう。
ノックして入ると、二つのシングルベッドの上で二人は高熱にうなされ、その間にセラフィが膝を抱えて小さくうずくまっていた。
俺とステラは言葉をかけず、セラフィを挟むように座って布団を三人で掛ける。
その温もりに触れたのか、セラフィがゆっくりと顔を上げた。
「……ヴェノムモリスって毒、知ってる?」
「……うん」
「あれは……飲むと必ず三日後に死んじゃう毒なんだ……」
淡々と告げながらも声は震えていた。
「逃げてくる途中、村のみんなが……次々と飲んで、その場で倒れていって……」
ここに辿り着くまでに、どれほど多くの同族の死を見てきたのだろうか。
「……なんで攻めてくるんだろう……ボクたちはただ静かに森で暮らしたかっただけなのに……でも帝国は、他国へ攻め入るとき同行しろ。拒めば村を焼くって……」
帝国はこうやって戦闘員を集めていたのか。
死んでも痛くない戦闘員を……。
「メナトたちには……本当に感謝してる。あのままだったら……パパもママも……」
そして、セラフィは弱々しく微笑む。
「ねぇ……最後にわがままを言ってもいい?」
俺が視線を向けると、絞り出すように続けた。
「……パパとママが死んだら、すぐに燃やしてほしい。ヴェノムモリスの毒で死ぬと……体が苗床になって、たくさん毒の花が咲いちゃう。だから……燃やして、骨だけ拾って……せめて、住んでいた森に還してあげたい……」
堰を切ったように、セラフィの涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。
エーテルがあるから大丈夫!
……なんて無責任なことは言えない。
だから俺はこう、声をかけた。
「分かったよ。もしもの時には、僕の魔法で必ず焼く。セラフィの願いは守る。でもね、その時が来るまで……絶対に諦めないで声をかけ続けてあげて? これは僕とセラフィの約束だから。だから今は休もう。オーベさんとフェイさんが目を覚ましたとき、セラフィが疲れ切ってたら悲しむよ。元気な顔を見せてあげるためにも……ね?」
「……ありがとう……メナトは優しんだね」
そう言うと、セラフィはようやく自分のベッドへと戻って行ったのだった。
そして、オーベとフェイがヴェノムモリスを食べてから三日後――
二人の熱は……下がらなかった。




