第22話 妖精族
エーテルの種子を収穫してから半年後、俺は二つの厄介な問題に頭を抱えていた。
「お兄ちゃん! あれはヴェノムモリスだと思うよ! 甘い匂いがするもん!」
ステラが指さした先には、見覚えのある紫黒色の芽。
【無毒ノ魔種】で創った最初の種――これを第一世代とし、その種を蒔いて実った穂が第二世代。
この前、俺たちが食べて感動したのは、この第二世代だ。
第二世代の種を蒔けば第三世代が実る。
ここまでは順調だった。問題は第四世代にあった。
第四世代の半数が、途中で紫黒色へと変色する。
つまり、エーテルではなくヴェノムモリスへと逆戻りするのだ。
言うなれば、甘柿の種から渋柿が生えてくるようなもの。
量産化も目論んでいたが、これでは夢のまた夢。
「ありがとう、ステラ! ちょっと下がって!」
俺は危険と判断した苗の若い根を掴み、土から引き抜く。
ヴェノムモリスに変異する可能性のある株は、早い段階で処分しなければならない。
ちなみに、俺はヴェノムモリスを直に触れても、少しかぶれる程度。
これが【草の紋章】の恩恵か、【毒の紋章】による耐性か、あるいは一度死んだことによるものなのか……判断はまだつかない。
だが、耐性があるというのだけは確実だ。
ただ、量産化計画に関してはホークは安堵していた。
もしエーテルがどの国でも無限に栽培できるものだったら、どうなっていたか。
特にマルム帝国の手に渡れば、魔力回復の戦略資源として、こちらが太刀打ちできなくなる。
第四世代でヴェノムモリスに戻るという特性は、皮肉にもエーテルが他国に渡った時の抑止力になる。
そのため、第四世代の品種改良を考えるのも禁止事項となってしまった。
そして、もう一つの悩みが、こちらだった。
「お父さん……どうやったらエーテルがヴェノムモリスに効くって証明できるんだろう? 患者さんなんて、そうそういないよね?」
ヴェノムモリス――山に入る者なら誰でも知る猛毒草。
触れるな、近づくな、見ただけで距離を取れが大人たちの常識だ。
だからこそ、滅多に被害者が出ない。
当然、患者がいなければ、エーテルの効能を確かめる術もない。
俺が「じゃあ僕がヴェノムモリスを食べてみる」と言った瞬間、アイシャに本気で怒鳴られ、その案は即座に禁止事項に追加された。
確かに、いくら耐性があるとはいえ、俺が転生してこなければこの体は冷たくなっていたのだ。
心配する気持ちは分かる。分かるのだが……。
(……また一つ、やっちゃ駄目なことが増えた)
そんなある日――。
今日もホークとヨーダの二人と共に、街外れの偵察任務に出ていた。
【曙光の鷹】が本格的に巡回を始めてからというもの、密入国を企む不審者は目に見えて減り、ウィンが見つけるのも数回に一度の頻度になっていた。
今日も密入国者や間者はゼロ。
俺はヨーダに素振りを見てもらったり、【魔纏】の練習をしたりして時間を潰し、そろそろ帰還しようとした――その時だった。
「――っ!? 帝国兵に追われてる者たちがいるだとッ!?」
ウィンから飛び込んできた報告に、ホークが叫ぶ。
即座に詠唱。
『【鷹の目】』
ホークがウィンの視界を共有する。
「……三人組だ! 親子だな……帝国兵は……くそ、五十……いや、百は超えてるぞ! しかも寄せ集めではない! 統率が取れている!」
「どうする!? 帝国兵が百ともなれば、こちらもただじゃ済まんかもしれないぞ!?」
「……ああ、分かっている。【鷹の目】を使ってしまった以上、【魔纏】の防御も落ちる。両親は必死に子供を庇って戦っている……二人とも魔法師だが、紋章師じゃないようだ……帝国と戦っているなら、助けてやりたいが……」
敵の敵は味方。理屈は簡単だ。
だが、百という数は、正面からはさすがに厳しい。
もしも戦うのであれば、少しでも万全の態勢を取るべきだ。
「ねぇ、お父さん? 今こそアレの出番じゃない?」
俺が言うと、ホークは一瞬息を飲み、次の瞬間には決意の表情になっていた。
「……確かに! メナト、遠慮なく使わせてもらうぞ!」
そう言って父は、鞄から大きめの陶器製のビーカーを取り出す。
中には淡い新緑色に輝く液体――エーテルポーション。
つまり、エーテル製の魔力回復薬だ。
これはかなりの種子を使う。このビーカー一本で三千粒くらい。
ホークはそれを一息に飲み干す。
保存のために少量の酒を酒精を混ぜているせいか、飲んだ直後に少しだけ顔が赤くなる。
「……ッ! よし……だいぶ魔力が回復したな」
いつもは慎重なホークだが、今日は戦闘を選んだ。
が、すぐに戦況は一変する。
「あの耳は……もしかして……妖精族……なっ――!? ヤバい、それはやめろぉぉぉおおお!!!」
ウィンの視界を共有しているホークだけが状況を把握でき、俺たちからすれば何が起きているのか分からない。
考える余裕もないまま、ホークが指示を飛ばす。
「ヨーダ、メナト! 行くぞ! 帝国兵は撤退を始めた! 親子はまだ生きている……だが、両親ともヴェノムモリスを飲んだッ!」
毒に侵されて最後の魔法を放つ……そこまで追い詰められていたのか。
帝国兵もヴェノムモリスを飲めば、死は免れないと確信して追うのをやめたか。
俺たちは山道を駆け上がり、三十分後、ようやく親子が身を潜めていた場所へ辿り着いた。
父と母は、震える唇で必死に子へ遺言を残していた。
その子供も必死に涙を堪えながら耳を傾けている。
その親子……身体的特徴が一つ。耳が長く、先が尖っているのだ。
子供も同じような耳――髪の長さは俺より少し短いから、より特徴的な耳が際立つ。これが妖精族か。
が、 俺たちが姿を見せた瞬間、親子は全身から殺気を放つ。
「く……貴様ら……こうまでして……我らを……」
「待て! 俺たちは敵じゃない! 帝国はもう引いた!」
「黙れ……! 人間どもがッ!」
父と思われる男が右手を掲げ、詠唱する。
『吹き荒べ、大気の刃。我が手に宿り、目に見えぬ槍と成れ――【風槍】!』
威力は十分。俺の【風槍】より明らかに強い。
が、それすらホークの【魔纏】は相殺する。
「なっ――!? 紋章師まで追手に……ここまでか……」
父が項垂れ、母も同じ覚悟を決める。
そして、子供は震える手でナイフを持ち、自らの首に当て……
「……お前ら……絶対に許さないからな……」
その刃が動こうとした瞬間――
「……早まるな。死ぬのであれば事の顛末を見届けてからにしろ」
ヨーダがいつの間にか少年の背後に立ち、ナイフを奪い取っていた。
「メナト! 二人の手からヴェノムモリスを取り上げろ!」
「うん! 分かった!」
父母の身体はすでに毒でぐったりとしている。
俺が近づくと、父は弱々しく手を押し返そうとした。
「さ、触るな……これは……猛毒だ……君が……死ぬぞ……」
俺が子供だからか気遣ってくれる。
「ご心配ありがとうございます! でも僕は大丈夫ですから!」
二人の手からヴェノムモリスを取り上げ、放り投げると、ヨーダが男性を、ホークが女性をおんぶする。
「君! 魔晶灯を頼む! メナトもだ! ウィン! 家に戻ってフード付きの法衣を三着持ってこい!」
空中から俺たちの周囲を警戒していたウィンがラージャンへと飛んでいく。
呆然とする少年。
しかし、彼には自力で走ってもらわなければならない。
「はい! これ持って! 僕についてきてよ!」
魔晶灯を押し付け、少年の手を強引に引く。
「ぼさっとするな! お父さんとお母さん、助けたいんだろ!?」
少年は涙をにじませながらも、ぐっと頷いた。
「じゃあ、行くよ!」
俺と少年を先頭に、俺たちはラージャンへと急ぐのであった。




