第21話 草の名は……
「穂が垂れてきたな……お米だったら、そろそろ収穫時期なんだけど……」
種を蒔いてから三か月。ようやくここまで育った。
本来、米は種蒔きから収穫まで五カ月かかると聞く。
米から比べれば驚異的な成長速度だが、本来のヴェノムモリスから比べればかなり遅い。【草の紋章】の力を借りてこの成長だから、もしかしたら米くらいのスピードのなのかもしれない。
指先で穂をそっと撫でると、紋章は新緑の光を柔らかく返す。
十中八九、毒は抜けている。
ただ、問題はどの部分に特効薬の効果が宿っているのか、だ。
(茎か、花か……穂の中の実……それともそんな効果はないのか?)
そんなことを考えていると、背後からホークが歩いてきた。
「ずいぶん育ったな……もうそろそろ収穫か?」
「うん。今日あたり、ちょっと食べてみようかなって思うんだけど……煎じた方がいいのかな?」
「……まぁ、普通はそうだろうな。メナトの紋章がその色で光っている限りは毒はないはずだが、念のため薬師ギルドで解毒薬を一式買ってくるから、試すのはそれが揃ってからにしてくれ」
「分かった。じゃあ、用意ができたら教えて?」
そう言って、街に向かう父の背中を見送った。
そして、ついに実食の時。
ちなみに、ステラには俺が何を食べるのかを教えていない。少し匂いを嗅いでもらったが、特に変わったリアクションをとることはなかった。
皆が見守る中、まずは茎を煎じた汁を手に取り口をつけると、ホークとアイシャが俺の顔を覗き込むように様子を窺う。
「大丈夫か?」
「無理しないでね?」
ごくり、と喉を通し、味を確かめて一言。
「…………青臭くて……苦い」
それ以上でも、それ以下でもなかった。
「体調に変化は?」
「特に……ただ、これはもう飲みたくないや」
お湯に草をそのまま突っ込んだだけの味。
毒に効かなければ、もう二度と飲みたいとは思わない。
次に花。
これはお湯に浮かべた花ごと食べてみる。
「……うん。これなら飲めるし、食べられる。花びらがシャキシャキしてて、苦みも少ない。ほんのり爽やかな香りがあるね」
皆がほっと安堵した息を漏らす。
そして最後は種子。
もみ殻だけを剥いた、玄米のような状態のそれは、うっすらと新緑色に輝いていた。十粒ほどつまんで口に放り込むと、思わず声が弾んだ。
「――うまい! ほんのり酸味があって……レモン、グレープフルーツ……いや、ライムに近い爽快感だ! それに……ほんの少しだけど魔力が回復してる気がする!」
米の甘さを想像していたが、いい意味で裏切られた。
ホークも一粒味見し、物足りず一つまみ追加して口へ。
「おお……! 本当だ、鼻を抜ける爽やかさだ。それに、微弱だが確かに魔力が戻ってくる!」
続いてアイシャも手を伸ばす。
「うん! これは美味しいわね! お酒に漬けてもいい香りがしそう!」
それを聞いたステラが、唾を飲み込みながら前に出る。
「ずるい! 私も、私も食べたい!」
懇願する妹の口の中に、種子を入れてやると、ステラの顔がぱっと華やいだ。
「私、これ好き! これなんて食べ物なの!?」
ヴェノムモリス――とは、言えなかった。
だから、俺は決めていた名を口にした。
「ステラ、これはね……エーテル。エーテルの種なんだよ」
「へぇ……エーテルっていい名前だね。私、エーテル好き!」
ステラはこの名の意味を知らない。
俺たちが出会った時からエルはエルだから。
だから、俺は教えてあげる。
「ステラ、このエーテルって草はね……」
意味を理解したステラの頬に涙がつたう。
俺には【追憶の紋章】がある。
エルを忘れることは、一生ない。
ホークも、アイシャも、ステラだって同じだろう。
けれど、人の記憶は移ろうものだ。
時間が経てば、色も、輪郭も、少しずつ薄れていく。
だからこそ、この草にエーテルと名付けた。
故人を想え、故人を忘るるなかれ――そんな祈りを込めて。
たとえ記憶が形を変えても、想いだけは消えないように――




