第20話 メナトの魔法
『静かに満ちよ、水の鼓動。滴は集い、水球となり、水球は爆ぜ、流れとなる。いま我が手にその理を宿し、奔流と化せ――』
水色の魔法文字が円を描くように浮かび上がり、空中でくるりと回転しながら重なり、魔法陣を形成。
陣が完成した瞬間、澄んだ水の塊がゆらりと姿を現した。
水塊は静かに膨らみながら、傭兵たちの頭上へ上昇。
『【水風船ハ破裂スル】!!』
刹那、破裂音と共に水塊が弾け飛び、傭兵たちを丸ごと飲み込む。
とはいえ、【追憶の紋章】は反応しない。
せいぜい十メートル範囲。
大きめの家庭用プールをひっくり返した程度の水量だ。
だが、破裂音だけは全力でイメージした。
傭兵たちは派手に吹っ飛ぶわけでもなく、ただ驚愕で尻もちをつき、水を全身にかぶって呆然とした。
「な、なんだ……!? 今のは!?」
「け、ケガは!? ケガしてないか!?」
「ふざけんなよ……ただのビックリ魔法かよ! 子供の悪ふざけか!」
安堵の声が広がる。
だが、ここからが本番だ。
『土よ、眠りから目覚め、形を失え。濡れし大地よ、今だけ子供のように遊ぶがいい。踏みしめる者の足を包み、沈め、抱きしめよ――』
次に使うのは、多くの子供が通る遊び。
『【泥ニ塗レ土遊ビ】!』
魔法が発動すると同時に、水でぐっしょり濡れた地面が沈む。
ぬちゃ……ぬちゃ……と音を立て、大地そのものが溶けていくように泥沼へと変貌した。
「えっ……ちょっ、足が!?」
「うわっ!? 沈む……沈むぞ!!」
尻もちをついていた傭兵たちの体が、ゆっくり沈み始める。
逃げようとしても、泥が全身を抱きしめるように絡みついて離さない。
これを抜け出すのは、正直、不可能に近い。
実際、以前ホークで試したとき、父ですら脱出できなかった。
……なぜホークで試したのかというと、【魔纏】対策。
【追憶の紋章】を使わずに、ホークの【魔纏】を切り崩すか考えてみろと言われ、苦心した挙句に編み出したのが、地中での拘束だった。
ちなみにホークを庭に埋めたとき、俺は大はしゃぎだったのだが、
アイシャが現れた瞬間、空気は凍りついた。
「誰が洗濯すると思ってるの!」
それ以来、この魔法は封印していた。
そして今、傭兵たちがもがくたびに泥が跳ね、
俺たちの服にも容赦なく飛んでくる。
……うん、これは今日も確実に怒られる。
美人で優しい母だが、家事を無駄に増やされると怒るのだ。
傭兵たちの半身が地中へ沈みきったところで、俺は泥の魔法を解除した。
本来ならここで終わってもよかったが、試しておきたいことがあった。
「お父さん? 危害は加えないから、もう一つだけ魔法を試していい?」
「なんだ? また変なのを考えたのか? この際だから好きにしろ」
変なの、って……正しいけど、酷い。
俺は頷き、右手の手袋を外す。
露出した手の甲に刻まれた【追憶の紋章】が、詠唱と同時に血のような深紅に輝く。
『流れし血は悔恨となり、魂は鉄へと変ず。我に刻まれし咎人の剣よ、今ここに顕現せよ――【咎ノ剣】!』
出現した剣は、俺が死んだあの日の光景をそのまま形にしたもの。
ラージャンに来る前に唱えた時は血が滴るイメージを抜いたが、今回は違う。
刀身からは、ぽたり……ぽたり……と赤い雫が落ち続けている。
「ひぃぃぃっ……!!!」
先ほどまで威勢よく怒鳴っていた傭兵の顔が、みるみる蒼白になる。
酷い者は全身を震わせ、歯の根が合っていない。
「わ、悪かった! 本当に悪かった! 謝る! だから、その剣をしまってくれ! もうお前らには絶対に手を出さない!!!」
大の大人が涙を流して命乞い。
その必死さに、俺も少しだけ罪悪感がよぎり、ホークへ視線を送る。
だが父は、ため息の一つもつかず、容赦も情けもなく、冷徹な声で告げた。
「では選べ。メナトの実験体になるか、俺に殺されるかだ。お前らは真剣で斬りかかってきたから、討たれる覚悟もあった。そういうことだろう? ただし、俺は楽には殺さない。死んだ方がマシだと、何度も、何度でも思わせてやる。五秒だけ待ってやる。答えが出せないなら――殺す」
ホークは、怒りを表には出さない。
けれど、その声だけで本気だと全員が理解した。
そして、冷酷にカウントを始める。
「……五」
傭兵たちの呼吸が乱れる。
泥に濡れた肩が震え、互いにぶつかり合う。
「四」
誰一人声を出せない。
逃げようとしても脚は泥まみれで、動くどころか崩れ落ちるだけ。
「三」
「ま、待ってくれ! 俺は剣だ!」
「お、俺も! 実験体でいい!」
「生きたい! 俺もまだ死にたくない!」
ついに悲鳴のような声が上がり、全員が自分だけは助かろうともがく。
その必死さが、逆にどこか滑稽ですらあった。
……ので、つい大きな声で応えてしまった。
「分かりました。では、今から刀身を頬に触れてもらうから、どうなったか教えてくださいね!」
努めて明るく、子供らしい声音で言うと、【咎ノ剣】の刀身を傭兵の頬へそっと押し当てた。
刃が皮膚に触れた瞬間――
「ぎゃぁぁぁあああ!!! 痛いッ!!! もう刺さないで!!! 刺さないでくれぇぇぇえええ!!!!! …………」
絶叫。
頬に血の跡を残し、白目をむいて失神した。
あまりに突然の出来事に、周囲にいた傭兵たちが凍りつく。
そしてホークが、明らかに引きつった声で訊ねてきた。
「な、何をしたんだ?」
「ん? 何もしていないよ? この前ヨーダが、『この剣は呪われているから、誰にも触れさせるな』って言ったでしょ? だから、触れたらどうなるんだろうって思っただけ」
事実、【咎ノ剣】には俺が死んだ時のイメージが深く刻まれている。刺され、倒れ、血に染まり……その全部が刀身に焼き付いている。
この剣に触れた傭兵たちは、刹那に俺の死を追体験したのだろう。
まるで自分が刺されたかのような錯覚と激痛を味わって。
でも、そんなことをホークに説明できるわけがない。
だから俺は、何気ない調子で誤魔化した。
ホークはしばらく沈黙したあと、ぽつりと呟いた。
「……そうか、でもその剣を俺たちの前で出すときには、必ず事前承諾を得てからな。そうでないときは禁止だ」
また、禁止事項が増えてしまった。
ここまで楽しめていただけたでしょうか?
明日からは一日一回の投稿になりますのでよろしくお願いします。
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