第19話 傭兵団も色々あります
「おっ!? ついに芽が出た!」
ヴェノムモリスの種を蒔いてから一カ月。
庭の隅に、小さな緑がようやく顔を出した。
魔力が余っているときに【無毒ノ魔種】で作った種をどんどん蒔いていたおかげで、庭の一角が一面ヴェノムモリス畑になりつつある。
手袋を外し、そっと新芽に触れると、【追憶の紋章】が淡い緑光を放つ。
おっ! これは【毒の紋章】じゃなくて、【草の紋章】の反応だ。
つまり、このヴェノムモリスには毒性がない可能性が高い。
そこから一週間。
茎は増え、青々と伸び、先端には幼穂がつき始めた。
白くふわふわだった産毛が、日ごとに穂の形を成していく。
と、ここで一つ分かったことが。
【草の紋章】で触れた株は明らかに成長が早く、触れていないものは遅い。
……紋章って、こんな効果まであるのか。
以後、全部に触れることを決意した。
日が経つにつれて、幼穂は徐々に大きくなり、小さな花が付き始めた。
色は白! 紫黒ではない!
毒草ヴェノムモリス特有の紫黒色ではなく、柔らかな白だ。
このあたりから、ホークとアイシャも様子を見に来るようになった。
「これ……本当にヴェノムモリスなのよね?」
「……色は違うが、形は同じだな。メナト、別名を考えてもいいんじゃないか?」
ホークの言葉に俺は即答した。
「うん、もう考えてんだ。もしこれがヴェノムモリスの特効薬になって、魔力まで回復させられるものになったときの名前を――」
「どんな名前? 教えて?」
アイシャが身を乗り出す。
「うん、いいよ。この植物の名前はね……」
その名を口にした瞬間、ホークとアイシャは互いに顔を見合わせ、破顔した。
【曙光の鷹】は相変わらず順風満帆だった。
偵察任務は継続して依頼が来ているし、他の街や村、さらには貴族からも次々と依頼が寄せられる。
隣村同士の小競り合い、家督争いの仲裁、野生獣の駆除や狩猟の同行まで。
その中からホークが厳選し、必要な依頼だけを受けて確実に稼いでいく。
俺もほとんどの任務に同行させてもらっていた。
間近でホークとヨーダの立ち回りを見ながら、実戦を肌で感じる。
もちろん、戦闘が前提の仕事は極力避ける。
どうしようもない時だけ、最小限の武力で収める。
そんな方針の中で、俺はただがむしゃらに訓練に励んだ。
偵察、判断、魔力操作、対話、移動――どれも仕事の中で自然と鍛えられていく。
そんな任務の帰り道。
いつも通り、魔晶灯の淡い光を照らしながらラージャンへ戻っていたときだった。
暗がりの中、突然、複数の影が道を塞ぐように現れる。
俺にとっては完全な不意打ちだが、ホークの視線は微動だにせず、すでに状況を把握している様子だった。
ウィンの偵察で最初から気づいていたのだろう。
「急いでいる。どいてくれ」
明確にお前たちに用はないという声音でホークが言う。
だが集団は道を空けるどころか、わざわざ左右から回り込むようにして俺たちの前を塞いだ。
「お前ら、最近ちょっとやりすぎじゃねぇか?」
先頭に立つ男が、剣の柄に手をかけながら睨みつけてくる。
「何のことだ?」とホーク。
「任務だよ。ここ最近、お前らにばっかり仕事が入ってるそうじゃねぇか。悪いことはいわねぇ。国境の偵察任務、俺たちに返せよ」
【曙光の鷹】より前にヘルマー伯爵から偵察任務を任されていた傭兵団か。
ホークはため息を一つつき、冷ややかな視線を向ける。
「お前らか……間者から金を受け取り、不正入国を許していた売国奴は。捕らえた間者が、当然のように金を出してきたときは驚いたぞ。捕まっても金を払えば入国できるんだろって言われたときには、どう答えていいか分からなかった」
実は俺もそのときの様子を見ていた。
捕らえられていながら、まるで関所の通行料を払うような顔だった。
「どうせお前も金を受け取ったんだろ? その仕事はお前らにはもったいねぇよ。俺たちに寄越しな」
反省どころか、自分たちの行いの何が悪いのか、本当に理解していない。
「一緒にするな。じゃあな……」
再び男の脇を抜けようとした瞬間、傭兵は威圧するような声で凄む。
「おぉぉぉおおおんんん!? 痛ぇぇぇ目見なきゃ分かんねぇのか? テメェらぁぁぁ!!!???」
その声を皮切りに、後ろへ控えていた男たちが一斉に睨みつけ、金属音を鳴らしながら得物を抜き放つ。
……こいつら、誰に喧嘩売ってるのか分かってないらしい。
「ふっ……二十人くらいか。ヨーダ、一人十人ずつ。いけるか?」
「まぁな……ただ、メナトのアレを試すのも悪くないと思うが?」
ヨーダの提案に、ホークの目が一瞬で輝き、手を叩く。
「おっ、それだ! メナト、お父さんとヨーダが敵を引きつけてる間にアレを使ってみろ。大丈夫、お母さんに怒られるときは一緒だ」
まるでこれから遊びにくようなテンション。
とはいえ、ホークとヨーダにとっては、目の前の傭兵二十人など、本当に子どもと鬼ごっこするのと変わらない些事なのだろう。
「分かった! ……でも、本当に一緒に怒られてよね!」
俺が二人から距離を取ると――
傭兵たちが怒号と共にホークへ、そしてヨーダへ斬りかかってくる。
さらには、傭兵たちのうち二人から魔法文字が浮かぶ。
「魔法師一人につき前衛十人。なかなか分かってるじゃないか?」
ホークは目前で剣が振り下ろされようとしているというのに、どこか感心した声音で呟いた。
「舐めてんじゃねぇぇぇ!!!」
傭兵が剣を振り下ろす。
その刹那、ヨーダが背負っていた剣を鞘から抜く。
そして、一閃。
遅れて聞こえる摩擦音と共に、傭兵の剣は根元からきれいに真っ二つに裂けた。
「なっ……!? け、剣を……斬った、だとぉぉぉ!!!???」
傭兵は折れた剣を取り落とし、逃げ出そうと背を向ける。
しかし、逃がすわけがない。
いや、ウィンから逃げ切れる人間はいない。
「いってててぇぇぇええええ!!!」
ウィンの脚が容赦なく肩を掴み、そのままヨーダの近くへ放り投げられた。
鷲は人間の六倍の握力を持つというが、ホークの魔力を纏った鳳鷹であれば、今くらいのことは容易。
「ま、まずは魔法師の着弾を待て! 飛び込むな!」
が、魔力が多い紋章師ホークには、中途半端な魔法など通らない。
飛んできた魔法の全てを、【魔纏】で相殺すると、傭兵たちの顔が青ざめる。
本当に俺たちの情報、何ひとつ調べてこなかったんだな。
そして今、全員が驚愕で足を止めている。
これ以上ないほどの好機。
俺は右手を掲げ、詠唱を始めるのだった――
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