第15話 懐事情
「ふぅ……やっと終わったね」
引っ越しから三日後。
日雇いの使用人を雇い入れ、ようやく屋敷の掃除を終えることができた。
「うん! これでスッキリだね。ヨーダのお家も綺麗になったかな?」
ヨーダは庭の片隅にある離れで暮らすという。
部屋は余っているのだから同じ屋敷でもよかったのだが、彼は気を使ったのだ。
「じゃあ、俺はヨーダと一緒にヘルマー伯爵に挨拶に行ってくる。できればアイシャにも来てほしかったが、まだメナトとステラについていてくれ」
ホークはそう言い残すと、ヨーダと共にラージャンの街を見下ろす屋敷へと向かっていった。
「じゃあ、私たちは街を探検しに行こうか?」
「「うん!」」
俺とステラはラージャンに来てから、まだまともに散策できていなかった。
この三日間は、屋敷の掃除をしながら、庭でヨーダに基礎体力の訓練をつけてもらっていたのだ。
ステラを真ん中にして、俺とアイシャがそれぞれ妹の手を繋ぐ。
三人で並んで街に出ると、東へ進むにつれて活気が増し、胸が自然と高鳴った。
「メナトは何か欲しいものある?」
「うーん……特にないかな……」
「じゃあ、ステラは?」
「私は手袋が欲しい! お兄ちゃんとおそろいのがいいな!」
そういえば、以前もらった魔法陣入りの手袋は、スカージャーに投げつけた時、奴の魔法で焼け落ちてしまったのだった。
それ以来、俺は右手の甲さえ隠れればいいと、普通の手袋をしている。
「そうね。じゃあ魔道具屋に行きましょうか?」
そう言って街の中心部へと足を向ける。
やがて、魔導書を模した青い旗が掲げられた店が目に入り、俺たちは早速中へと入った。至る所に、様々な魔具が置いてある。
「ステラ? この手触りはどう? 色は青と赤があるよ?」
「柄はどういうのがいい? 丸? 三角形? 刺繍のところをなぞってごらん?」
俺とアイシャが手袋をいくつかステラに渡すと、妹は真剣な表情で一つずつ手に取っていく。
そして、意外にもすぐに決まった。
「私はこれの青がいい。おにいちゃんは赤ね」
ステラが選んだのは、白地に星を思わせる五角形の魔法陣が刺繍された手袋だった。
値札を見ると、金貨二枚。めっちゃ高い。
転生してきてまだ日は長くないが、貨幣価値はなんとなく分かってきた。金貨一枚が日本円でだいたい十万円だから、手袋二つで二十万円だ。
どうしてこんなに高いのか?
聞けばこの魔法手袋は、魔力を内側から流すと自浄作用が働くとのこと。
いつも清潔に使えるのは嬉しいことだが、あまりにも高すぎる。
そんなことを思う俺をよそに、アイシャは顔色一つ変えずに財布を取り出す。
それどころか、店の奥にあった魔晶灯にまで手を伸ばした。
魔晶灯――魔力を帯びた鉱石を封入した灯具。
燃料を必要とせず、魔力を注げば照度を調整できる。
しかも半永久的に発光するため、天井から吊るすにも、持ち歩くにも便利な品だ。ただし希少品ゆえに高価で、一つ金貨三枚もする。
そんな魔晶灯を、アイシャは迷わず二つ手に取った。
合計で金貨八枚。
これは、アイシャが貴族の娘だから金銭感覚が多少はズレているのかもしれない。
だが、それを差し引いても身の丈に合っていないとは言い難い。
【曙光の鷹】は少数精鋭の傭兵団だ。
人数が少ない分、報酬の分配は大きく、実際の稼ぎは他の団よりもずっと多い。
さらに、裏切り者スカージャーの資産はすべて没収済み。
奴には浪費癖があったが、それでも金貨十枚は残っていた。
それに魔法手袋はともかく、魔晶灯は一生物だからな。
無駄になる買い物ではない。
ステラは俺とおそろいの手袋をはめてご機嫌だった。
俺も新しい手袋の感触に、少しだけ胸が弾んだのは事実。
店を出て、三人で街を再び歩き出す。
けれど、しばらくすると否が応でも人々の視線を感じるようになった。
アイシャが綺麗というのもあるだろう。
だが、それ以上に、ステラが瞳を閉じたまま歩いていることが目を引くのだろう。
憐れむように眉を寄せる者もいれば、口元を歪めて嗤う者もいた。
大人だけではない。子供も俺たちを好奇な目で見る。
そのたびに胸の奥がざらつく。
感受性の強いステラのことだから、きっとその視線や悪意には気づいているはず。
にもかかわらず、妹は一切それを表情に出さないし、愚痴も零さない。
剣や魔法の訓練も必要だが、ステラの目を一刻も早く治す。
それが今の俺の目標でもある。
アイシャもその視線に気づいたのか、
「夜ご飯を買って帰ろうか?」
と、促すが、ステラはそれでも外が楽しいようで、
「まだ三人でお散歩したい。美味しい匂いがいっぱい漂ってくるもん!」
妹にこう言われては頷くしかない。
「……分かったけど暗くなる前には帰るからね?」
アイシャが折れると、ステラははしゃぐ。
こうして俺たちは悪意の孕んだ視線を浴びながら、街の中を歩く。
その視線には別の感情が含まれていることに気づかずに。
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