第100話 前兆
入学から一か月後――
「どうだ? 最近のユージオ戦の戦績は?」
「まだ勝ててるぜ! ……まあ、かなり怪しくはなってきたけどな」
「二、三カ月後には互角。来年には抜かれるな」
「けど、その分俺たちも伸びてる!」
「やっぱ好敵手は必要だよな!」
「じゃ、今日もこれから一戦だ! またな!」
そう言い残し、双子は騎士科棟へ駆けていく。
最近のユージオは、朝も放課後も俺ではなく双子に挑むようになった。
双子にとってもユージオは程よい強敵。
互いに本気を出せば、確実に伸びる。
そしてユージオも、俺に無謀に挑まなくなったことで魔力に余裕が生まれた。
授業中もしっかり魔力を巡らせ、基礎を積み上げられている。
その結果――セラもようやく落ち着いて、自分の魔法の鍛錬に集中できるようになったらしい。
さらに最近では、ユージオが俺や双子――【曙光の鷹】と頻繁に顔を合わせるようになり、自然とセラとも会話を交わせるようになった。
それは学校だけではなく、女子寮でも同じらしい。
その証拠に今も前を歩くのは、ステラ、ルナリア、セラの三人。
ライトを連れ、楽しそうに笑い合いながら登校している。
そんな三人を後ろから微笑ましく眺めていると、俺以外にも視線を向けている連中がいる。
「やっぱステラちゃん可愛いよな」
「何言ってんだ。ルナリア王女殿下の胸と生脚でパン二はいけるだろ」
「甘いな。妖精族の耳こそ至高だろ?」
……邪念がひどい。
その気配を察したのか、ライトがぴたりと足を止め、低く唸りながら振り返る。
次の瞬間、野郎どもは蜘蛛の子を散らすように退散した。
ナイス、ライト。そう思っていると、三人がこちらに気づき、立ち止まって待ってくれる。近づいた途端、いつものようにステラがするりと腕の中へ収まった。
柔らかい感触と、甘い香りに不思議と心が落ち着く。
……が。
「ライト? 一番の変態がまだ残っているでしょ? 今もステラの感触を堪能しながら、私たちをいやらしい目で見ている男がいるわ。そういうのを警戒しないと」
それ、俺のことか?
まぁこのくらいはいつものやり取り。
セラも苦笑しているあたり、本気で受け取ってはいないようだ。
始業前に大図書館に行くのが、俺たちのルーティーン。
その道すがら、俺はルナリアにあるお願いをする。
「ルーナ? ビアンカとよく一緒に勉強しているよね? 今度紹介してもらえないかな? テビリスに招いて見てもらいたいものがあるんだ」
同じクラスで面識はあるが、俺は喋ったことがないからな。
いきなり声をかけると不審に思われるかもしれないので、緩衝材がわりになってもらいたいのだ。
もちろんエーテルハニーのことでの相談だが、セラの前だからな。
一応エーテルハニーのことは伏せておく。
「はぁ……本当に女に関して節操がないわね」
盛大なため息。
だが、その目は呆れ半分、理解半分だ。
俺が色恋で動く人間ではないことくらい、理解してくれている……多分。
「……まぁ、それで蜂蜜がたくさん採れるようになるなら構わないけれど」
大図書館で書物に目を通していると、後からやって来たビアンカにルナリアが声をかけた。
「ビアンカ? メナトがあなたと話したいそうよ。大丈夫、私が一緒にいるから変なことはされないわ」
「ちょ、最後の一言いらないだろ」
思わず小声で抗議するが、ビアンカはくすりと笑う。
「アタシと? もちろんいいよ。実はアタシも話してみたかったんだ。でも、メナトと話すとアクィラ魔境伯爵に媚びを売っていると勘違いされそうで」
意外にも好感触だが、色々と大変なんだな。
「改めまして、メナトです。蜂のスペシャリストであるビアンカに、ぜひ相談があって」
「スペシャリストなんて大げさだよ」
俺はテビリスで養蜂を始めたこと、だが生産量が思ったよりも伸びずに困っていることを率直に伝えた。
「なるほどね……環境? 花の種類? 巣の配置? 一度見てみないと分からないけど……いいよ。協力する。蜂のことなら任せて」
これであとはホークの承認さえ得られれば、彼女をテビリスへ招くことができる。
それにビアンカが使役している蜂。
結構な毒を持っているから、一度刺されてみたいという気持ちはある。
【毒の紋章】の効果で耐性が得られる可能性もあるからだ。
ちょっとドM的発想に聞こえるかもしれないが、あくまで研究目的。
俺は正常だ……たぶん。
授業を終え放課後――
ユージオは椅子を蹴るように立ち上がり、そのまま騎士科棟へと駆けていく。
最近は完全に日課だな。
いつもなら俺たちもそのまま魔法訓練に入る。
だが、今日は違う。
「ステラ、ルーナ。荷物の準備は?」
「うん! いつでも行けるよ! ルーナの分も私がまとめておいたし!」
「す、ステラ!? それは言わない約束でしょ!」
頬を赤くするルナリアに、ステラはけらけらと笑う。
「よし。予定通り十九時に出発だな。イヴァンとエヴァンも、ユージオと一戦交えた後でも余裕だろ」
俺たちのやり取りを聞いていたセラが、首を傾げる。
「三人とも……どこかへ行くの?」
「うん。月に一度、僕たち【曙光の鷹】は王都ヘリザリムへ向かわないといけないんだ」
勅命――正式な王命だ。
学校側も干渉できない。
「え? じゃあ明日はお休み?」
「そうだね。僕とステラとルナリア、それに騎士科のイヴァンとエヴァン、執事科のペッパも休みになる」
「そっかぁ……」
寂しそうに目を伏せるセラ。
こういう時放っておけないのがステラだ。
「セラも一緒に行く?」
「わ、私が? 王都に? ……行ってみたいけど、色々お金もかかるし……」
この学園に通うだけで相当な負担だ。
トゥルオ名誉男爵家といえど、余裕があるとは限らない。
「大丈夫よ。一人増えたところで気にもしないし、泊まる所がなければ王城の空き部屋もある。不安だったら私の部屋で一緒に寝てもいいけど?」
「そうだよ! セラも一緒に行こうよ! お父さんたちもきっと喜ぶよ!」
「お、お父さんってホークさん――アクィラ魔境伯爵たちも来るの!?」
「うん! いっぱい美味しいもの食べられるよ!」
「もしブロッサム侯爵派に何か言われたら、勅命ってことにしておけばいいわ」
さらっととんでもないことを言うルナリア。
ただ、王女にこう言ってもらえるのであれば心強いだろう。
「じゃ、じゃあ……ご好意に甘えてもいい?」
遠慮がちに、けれど嬉しそうに頷くセラ。
こうして急遽、同行が決まった。
その後、学園内に馬車を二台乗り入れ、各自の荷物を搬出する。
とはいえ、大半は俺たちの私物ではない。
積み込まれるのは――エーテルポーションの空樽。
酒精抜きのエーテルポーションは、慎重に保管していてもどうしても劣化してしまうからな。毎月王都に顔を出すついでにテビリスから持ってきてもらったエーテルポーションを補充するのだ。
そして十九時――
正門前に全員が集まる。
「やっぱりこの団服が一番しっくりくるな!」
「気が引き締まるし、自然と背筋が伸びるな!」
「団長にカンタ君の団服も用意してもらおう!」
皆、久しぶりの【曙光の鷹】の団服にご満悦。
ただ一人――戸惑うセラを除いては。
「わ、ワタシがこの服着てもいいのかなぁ……? 正直とっても嬉しいんだけど……」
セラが落ち着かない様子で裾をつまむ。
ステラと体格がほとんど変わらないから、寸法も問題ない。
「似合ってるよ、だから大丈夫」
不安を取り除いていやると、耳をピクピク反応させる。
「あぁ! セラが照れてる!」
「あら、意外にセラってチョロいのかしら?」
「そ、そんなことないよ! ワタシはメナトに言われて嬉しかっただけ!」
必死の弁明。
ステラとルナリアが顔を見合わせ、にやりと笑う。
「セラ? 今日は一緒に語ろうね?」
「逃がさないわよぉ」
ステラとルナリアに詰められるセラが、どこかかわいそうに見えた。
ライトを先頭に、北へ十キロ。
夜道で野盗にとっては格好の獲物だろう。
しかし、こちらは全員紋章師。
正直なところ、できれば何人か襲ってきてほしかった。
新魔法の試し撃ちをしたかったから……とはいえ、そう都合よくはいかない。
「あぁーあ、無事に着いちゃったか……」
「何物騒なことを言っているのよ」
ルナリアの冷静なツッコミが飛ぶ。
視界の先に、王都ヘリザリムの城壁が見えてきた。
二カ月ぶりだ。
本来は月に一度は顔を出せという話だったが、先月は入学式や諸々で免除された。 その代わり、今月は数日滞在する予定だ。
南門を抜け、そのまま北上。
王都ヘリザリムの中枢エリアへと足を踏み入れ、王城へ一直線。
本来なら厳重な警備が敷かれているはずだが、門番はルナリアの姿を認めると、 即開門。
ルナリアはともかく、俺たちにまでセキュリティチェックがされないなんて……信用されたものである。
いつも通されるのは王の間なのだが、今日通されたのは応接間。
入ると、そこにはホークと二人で酒を酌み交わすヘロス王の姿がった。
「お父様!」
ルナリアが駆け寄る。
王は一瞬で国王の顔を解き、ただの父親の表情になった。
「ルナリア……よく来たな」
優しく抱きしめる姿は、どこにでもいる父そのものだ。
一方で、ステラも勢いよくホークに飛びつく。
「お父さん、久しぶり。元気だった?」
「まぁな。母さんもルビアも元気だぞ? 今はディノスとメルの二人と先に宿へ戻っているから、早速場所を変えるか」
そう言ってホークは、イヴァン、エヴァン、ペッパへ視線を巡らせ――
そこで、動きを止めた。
「ん? 一人多い……って、もしかして君は――!?」
その視線の先。
緊張した面持ちで一歩前に出る少女。
「はい、お久しぶりです。トゥルオ名誉男爵家長女、セラフィ・トゥルオです。アクィラ魔境伯爵、その節は大変お世話になりました。父と母も、必ず恩義に報いると申しております。もちろん、ワタシもそのつもりでございます」
「おお! 数年ぶりだな! 元気そうで何よりだ! オーベさん、無事に名誉男爵になれたのか! それは良かった!」
と、そこにヘロス王が少し、神妙な面持ちで会話に加わる。
「ん? トゥルオ名誉男爵家とは確かブロッサム侯爵派閥の……」
「はい、ブロッサム侯爵には非常によくしていただいております」
その瞬間、王とホークの表情が、わずかに強張った。
元から印象はよくないブロッサム侯爵家。
しかし、それまでの関係であれば、セラフィの前でそんな雰囲気を醸し出すほど、二人は愚かではない。
――何かある……いや、何かあった?
確信に近い予感が、胸の奥で静かに膨らのだった。
祝★100話★
まさか三カ月更新し続けるとは思ってませんでしたw
当初は一話あたり2.000字くらいのつもりだったのですが、
100話で300.000字。
ただ本業が繁忙期突入してしまったので、
投稿ペースを落とさざるを得なくなりました。
次回は2/21(土)の更新を予定しております。
レビューや★★★★★、ブクマ、感想でテンションが上がって早まる可能性もありますが、
待っていただけると嬉しいです!
これからも応援の方よろしくお願いします!!!




