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第101話 覚悟

 王城を後にし、東地区へ。

 石畳の道を進んだ先にあるのは、王都屈指の高級宿。

 重厚な扉をくぐった瞬間――


「す、凄い……宿一棟まるごと貸し切り?」


 セラが目を丸くする。無理もない。今日から三日間、この宿はアクィラ魔境伯爵家の完全貸し切りだ。当然、手配したのはアイシャ。

 そして、その本人が呆然と立ち尽くすセラに気づいた。


「……あら? もしかしてあなた、セラじゃない!?」


「はい! お久しぶりです、アイシャさん!」


 次の瞬間、二人は自然と抱き合う。


「ずいぶん大人になったのね」


「アイシャさんは昔と変わりませんね……まるで妖精族エルフの血でも入っているみたいです」


 双子もディノスとメルの姿を見つけ、嬉しそうに駆け寄っていく。



 再会の余韻が落ち着くと、皆で丸テーブルを囲む。銀の杯が並び――


「「「乾杯!!!」」」


 掲げられた中身は、エーテルポーション。

 ルナリア以外の子供たちは酒精抜き。

 それを飲んだセラがまたも目を丸くする。


「ま、魔力が満たされていくんだけど……もしかしてこれって……」


 驚くセラにステラも一口飲んで笑顔を見せる。


「そうだよ、エーテルポーションの酒精抜き」


「そ、そんなのあったんだ……」


「席次戦のとき、セラに飲ませようと思ったけど断ったんじゃん」


「あれも酒精抜きだったの!? ってかそんなのがあるなんて知らなかったよ!」


 まぁ流通させてないから知らなくて当然。

 そんなものがここにあるからセラが察するのも当然のことで――


「も、もしかしてエーテルポーションって……そういえば! お父さんとお母さんを助けてもらったとき食べさせてもらった草の名前は――」


 まぁ気づかれるのは仕方ない。


「セラ、答えることはできないけど、絶対にその考えを外部に漏らさないようにして。誰にもだよ?」


 俺の言葉にヘロス王も続く。


「これは私からの命令でもある。良いな?」


「は、はいっ!!!」


 セラの返事を聞くと、にこやかな表情を見せる国王。


「で、セラはホークたちとはどのような関係なのだ? 両親を助けてもらったと言っていたが?」


 ラージャンでセラと親子を助けたことを簡潔に説明すると――


「なるほどな……あの時、私がセラたちに配慮してやっていれば、今頃は【曙光の鷹】に入っていた可能性もあったのか。ただ、許してくれ。当時は忙しく、また相談できる者がいなかった故――」


「め、滅相もございません! 陛下が謝罪の言葉など――!」


 慌ててセラが立ち上がる。

 その様子を愉快そうに眺めたあと、今度はホークが俺に視線を向けた。


「それで? 学校生活の方はどうなんだ?」


「うん、毎日楽しいよ。魔法文字リテラ・マジカルをたくさん学べたおかげで、新しい魔法も作れたしね」


「……また変な魔法か?」


 多分、この魔法はホークたちからすれば変だと思うんだろうな。

 そもそも、その発想自体がこの世界にはないのだから。

 俺が曖昧に笑ってごまかすと、ホークは苦笑しながら別の話題に切り替えた。


「主席だったんだって? ブロッサム侯爵の倅もいたと聞くが?」


「うん、ユージオも、【勇者の紋章】もなかなかだと思うよ」


「負ける可能性はあるのか?」


「うーん……どうだろう? 負けないとは思うけど……」


 すると、応援団が声を上げる。


「お兄ちゃんが負けるわけないよ!」

「そうね……本気を出さずにあれだけ圧倒できるのだから、数年は負けないでしょうね」


 その言葉にヘロス王が豪快な笑い声をあげる。


「ははは! まぁそうだろう! でなければ、その胸に三つも勲章を付けてはおらんだろうからな!」


 ただ一人――セラだけが、引きつった表情を浮かべていた。


「め、メナト……ユージオ様と戦っていたとき、本気じゃなかったの?」


「え? うん、まぁ……。【咎ノ剣(ブレード・ギルト)】を顕現させた時点で本気と言えば本気だけど、威力の高い魔法は他にもあるし、接近戦に限れば出力は半分以下だったかな」


「う、嘘……あれで本気じゃないの? 試合前は私、本気で勝てると思ってたのに……」


「そう思うのも無理ないよ。お兄ちゃんの魔法って、変なのが多いからお披露目できないものが多いんだもん。触れたら死んじゃう魔法とか……この前のも、音だけ鳴ると思ったら小さいのが壁を貫通しててびっくりしたし」


 触れたら死ぬ魔法って【護界ノ猛毒盾(ヴェネヌム・アエギス)】のことか?

 確かにマヌスには試したけど……いつもは全肯定してくれるステラにまで変な魔法扱いされ、地味にショックだ。


 そんなステラの言葉を聞いたセラが、おそるおそる訊ねる。


「も、もしかして……メナトって、この国で一番強い紋章師だったりするの?」


「それはないよ。少なくとも僕はお父さんには勝てないと思う。広範囲の魔法攻撃が継続するなら、僕の最大防御力を誇る魔法――【咎剣ノ護衛盾(スクトゥム・ギルト)】でも、いずれ突破される。しかもあれには反撃能力がないからね」


 まぁそのための魔法を編み出したのだが、実際効くかは分からない。


「そ、そうなんだ……でもメナトに勝てると思っていた自分が恥ずかしい……」


 耳をぴくぴく震わせながら、セラが小さく肩を落とす。

 俺は軽く笑ってから、気になっていたことを切り出した。


「で、お父さん。ブロッサム侯爵と何かあったの?」


 先ほど王城で感じた違和感。

 それを口にすると、ホークとヘロス王は静かに顔を見合わせた。


「……まず、この話はここだけにしてほしい。特にセラ、絶対に他言無用だ」


「は、はい!」


 セラは背筋を伸ばし、真剣にうなずくのを見てからホークは続けた。


「ブロッサム侯爵が、陛下に無断で兵を集めているようだ」


 兵を集めている?

 王宮騎士団長なら不自然ではない。だが――


「戦の予定があるとか?」


 俺の問いに、王が答える。


「ない。マルム帝国も最近は大人しい。ヘロス王国は自ら仕掛ける国ではない。王宮騎士団長ジェイスが兵を集めること自体は珍しくない。訓練の可能性もある……だが、秘密裏に集めるというのはこれまでにない動きだ」


 さらにホークが言葉を継ぐ。


「それに、よくない噂も流れている……父さんが陛下を洗脳しているのではないか、最近陛下が魔境伯爵家に傾倒している。それは誰かが魔法で操っているからではないか……とな」


 ルナリアもどこか納得した様子でうなずく。


「学校での席次も影響しているのかもしれないわ。次代の王宮騎士団長は【勇者の紋章】を授かったユージオだと、皆信じて疑わなかったはず。でも魔境伯爵家の嫡男で、ユージオよりも強く、しかも黄金大盾勲章まで受勲しているメナトが現れた。もしかしたらブロッサム侯爵は立場を追われるのでは? と思っているのかもしれないわね」


 つまり、アクィラ魔境伯爵家を警戒しての行動かもしれないということか。

 沈黙ののち、ホークが俺に尋ねる。


「メナト。学校でユージオとの関係はどうだ?」


「うん……仲は悪くない、と思う。もしかしたらユージオは僕を嫌っているかもしれないけど、僕は嫌いじゃない。むしろ、好きか嫌いかで言えば好きかな」


 本音だ。真っ直ぐで、諦めが悪くて、努力家。

 アクィラ魔境伯爵家に対してかなり心証が悪いようだが、それは親に植え付けられてしまったものだろう。

 子供には往々にしてあるからな。


「なるほどな……」


 ホークが短く呟くと、今度は双子が身を乗り出す。


「いつ仕掛けるのですか!?」

「団長! もし戦うのであれば俺たちも参戦させてください!」


 血気盛んな言葉に、ホークは苦笑する。


「さすがに、現段階でこちらから仕掛けることはない。もしかすると、我々がブロッサム侯爵家を意識しすぎて疑心暗鬼になっているだけ、という可能性もある。ただ、確たる証拠を押さえれば容赦はしない」


 そして、子供たちを見渡す。


「だが、いつ戦いが起きるか分からない。そのことだけは頭に入れておいてくれ……」


 今はユージオと木剣で訓練しているだけ。

 でも、明日になれば真剣を抜いて殺し合っている可能性もある……ってことか。

 それはユージオだけじゃない。下手をすれば、ブロッサム侯爵派閥の者すべてと……ということは――セラと殺し合わなければならないのかもしれない。


 それだけは、どうにかして避けたい。


 胸の奥に重いものを抱えたまま、食事を終えた俺たちは部屋に戻るのであった。

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