第6話:それぞれの三日間
「まず現状把握よ」
翌朝。人気のない練習場の端で、エリザベスとヴァイオレットは向かい合っていた。
「……じゃあ、とりあえず何かやってみて」
ヴァイオレットが腕を組んで言った。
「何か、とは」
「演目よ。今できることを見せて」
エリザベスは少し間を置いた。それから——右手を静かに持ち上げた。
火を、出す。ただそれだけ。
「……はっ」
右手の先に、小さな炎が灯った。揺れている。形が定まらない。ただ燃えているだけの、何の変哲もない炎だった。
沈黙。
ヴァイオレットの顔が、微妙に引きつった。
シャーロット(……どこが美しいの、これ)
サンドラ(え?美しくないですの?)
シャーロット(ただ燃やしているだけ。制御も、形も、意図も何もない)
「……笑われるわね」
盛大にヴァイオレットがため息をついた。
「というか、エリザベス。あなた演目が何か、根本的に理解していないんじゃない?」
「魔法を使えばいいのではないの?」
「違う」
ヴァイオレットは静かに一歩前に出た。そして——右手をすっと持ち上げた。
同じ火魔法。同じ低位の炎。でも——
炎が、踊っていた。
細く、しなやかに。まるで生き物のように形を変えながら、空中に小さな弧を描いている。消えそうで消えない。揺れているのに、どこか確固としている。
シンデレラ(見てると胸がじーんとするよ……)
レギーナ(……技術の差は歴然だな)
「見て何か感じた?」
ヴァイオレットが静かに言った。
「……ええ」
「それが演目よ。魔法で何かを伝えること。力じゃなくて——意図を込めること」
シャーロット(……楽器の演奏に似ているわね。音が出せるかどうかじゃない。その音で、聴く者の心を揺らせるかどうかが問われる)
「……もう一度、やってみる」
エリザベスは右手を持ち上げた。今度は炎を出す前に、少しだけ——考えた。
(何を伝えたいか)
炎が灯った。さっきより、少しだけ——形が整っていた。
「……少し変わった」
ヴァイオレットが目を細めた。
「さっきは『燃やしている』炎だった。今のは……『立っている』炎よ」
シャーロット(なるほど。意図が形になり始めている)
「——もう一度」
一日目。
練習は、思った以上に過酷だった。
「もう一度」
「……はい」
ヴァイオレットの指示は的確で、容赦がなかった。
炎の形を整える。水を重ねる。崩れる。また最初から。
シャーロット(火と水の干渉が強すぎる。片方の出力を三割落として)
(分かった)
意識を火に向ける。水を絞る。炎の形が、わずかに安定した。
「……それよ」
ヴァイオレットが静かに言った。
「その感覚を忘れないで」
サンドラ(なるほどですわ!つまりエリザベス様はもっと繊細にやればよかっただけですわ!)
シャーロット(そんな単純な話じゃないけど……まあ、今は黙っていて)
夕暮れになっても、エリザベスは練習場を離れなかった。
ヴァイオレットが呆れたように言った。
「今日はもう終わりにしましょう。根を詰めすぎると明日に響く」
「もう少し」
「……頑固ね」
「あなたもでしょう」
ヴァイオレットは少し間を置いた。それから、小さくため息をついた。
「……もう一度だけよ」
二日目。
問題は、複数元素の連携だった。
「火から水に移行する時、一瞬間が空くのよ」
ヴァイオレットが指摘した。
「そこで観客の意識が途切れる」
(シャーロット、どう思う?)
シャーロット(火を絞りながら同時に水を引き上げる。二つを完全に切り替えるんじゃなくて、重ねる瞬間を作るの)
(やってみる)
右手に火。左手に水。同時に、でも別々に——
「……」
ヴァイオレットが目を丸くした。
「今の、できたわね」
「偶然かもしれない」
「もう一度やってみて」
もう一度。今度はより意識的に。
——できた。
シンデレラ(やったよ!!)
ジャスティス(諦めなかったからだ!!)
サンドラ(当然ですわ!お〜っほっほっほ!)
シャーロット(……サンドラ、静かに)
(みんな、落ち着いて)
「……悪くない」
ヴァイオレットが静かに言った。その顔に、かすかに笑みが浮かんでいた。
「三日でここまで来るとは思わなかった」
「まだ足りないでしょう」
「ええ。でも——足りないのと、恥ずかしいのは違う」
その言葉が、胸の奥に静かに落ちた。
三日目。
朝から、エリザベスは練習場に立っていた。
昨日できたことが、今日はできない瞬間があった。焦った。でも——
シャーロット(焦らないで。身体が覚えていないだけ。もう一度)
(分かった)
ジャスティス(絶対にできる!昨日やったじゃないか!)
シンデレラ(こわいけど……みんなと一緒だから、できるよ)
レギーナ(覚悟を決めなさい。舞台は明日だ)
(分かってる)
昼を過ぎた頃、ようやく感覚が戻ってきた。
火が踊った。水が重なった。風がそれを包んだ。
完璧ではない。粗削りで、不安定で——でも確かに、そこに「意図」があった。
ヴァイオレットが静かに言った。
「……明日、舞台に立てる?」
「立つわ」
「笑われるかもしれない」
「分かってる」
「それでも?」
エリザベスはヴァイオレットをまっすぐに見た。
「それでも——立つわよ」
ヴァイオレットはしばらくエリザベスを見つめた。それから——小さく、静かに頷いた。
「……そう。なら、行きましょう」
そして——三日は、あっという間に過ぎた。




