第7話:舞台に立つということ
ヴェルクハルト宮廷の大広間は、エリザベスが想像していたよりも、ずっと広かった。
天井が高い。光が多い。そして——人が、多い。
宮廷の貴族たち。学院の関係者。審査員らしき老紳士が三人、正面の席に座っている。
(思ったより、大舞台ね)
サンドラ(おほっほっほ!怖くなんてないですわ!エリザベス様の晴れ舞台ですのよ!)
シャーロット(……緊張はしていい。ただ、呼吸を整えて)
シンデレラ(こわいよ……でも、やるよ)
レギーナ(フン。舞台に立った時点で、負けではない)
ジャスティス(そうだ!やりきろう!)
(みんな……ありがとう)
エリザベスは静かに深呼吸をした。それから——舞台の中央へ、歩き出した。
静寂。
数百の視線が、一斉に集まる。
(さあ——)
右手を持ち上げた。炎を灯す。三日間で磨いた、精一杯の「意図」を込めて。
炎が踊った。
……かけた。
サンドラ(あっ)
形が崩れた。炎が揺れすぎた。次に水を重ねようとした瞬間、火と水が反発して——ぼん、と間抜けな音を立てて霧散した。
会場に、微妙な空気が流れた。
(……ああ)
シャーロット(立て直して。まだ終わっていない)
そうよ。まだ終わっていない。
風を出した。土を重ねた。光を散らした。
でも——全部が、ちぐはぐだった。繋がらない。流れない。まるでバラバラの絵の具を無造作にキャンバスに叩きつけたような、統一感のない演目だった。
審査員の老紳士の一人が、こっそり目を逸らした。
客席のどこかで、小さく笑い声が漏れた。
シンデレラ(……ごめんね、エリザベス)
(謝らないで)
ジャスティス(……くやしい)
(くやしいわね)
レギーナ(……次だ。これで終わりではない)
それでも——エリザベスは最後まで、舞台の中央に立ち続けた。
崩れなかった。俯かなかった。笑い声が聞こえても、審査員が目を逸らしても——ただ、静かに、最後の魔法を丁寧に灯した。
小さな光が、広間にふわりと浮かんだ。
ほんの一瞬だけ——本当に、ほんの一瞬だけ、それは美しかった。
それから、消えた。
演目が、終わった。
控室に戻ったエリザベスに、ヴァイオレットが水を差し出した。
「……お疲れ様」
「大失敗だったわね」エリザベスは静かに言った。
「……うん」
「笑われたわね」
「……うん」
ヴァイオレットは目を逸らさなかった。
「でも——最後まで立っていた」
エリザベスは少し間を置いた。
それから、小さく笑った。
「当たり前でしょう。舞台に立つと決めたんだから」
その時、扉が開いた。
「エリザベス!!」
アルベールだった。
隣にはマリアンヌ。
二人とも、気まずそうな顔をしていた。
(来てたのね)
「……見ていたの?」
「……ああ」
アルベールは静かに言った。
「全部」
沈黙が落ちた。
エリザベスはアルベールを見つめた。
怒っているかと思った。
呆れているかと思った。
でも——アルベールの表情は、そのどちらでもなかった。
「……謝らなくていい」
エリザベスは先に言った。
「正直に言ってくれて、ありがとう。あなたの言う通り、大失敗だったわ」
「……そうじゃなくて」
アルベールが、珍しく言葉に詰まった。
マリアンヌが小さく口を開いた。
「……エリザベス様。以前の——記憶喪失になる前のエリザベス様なら、絶対に舞台に立たなかったと思うんです」
「……そうね。欠席し続けていたものね」
「違うんです」
マリアンヌは首を振った。
「立たなかったんじゃなくて——立てなかったと思うんです。怖かったから」
(怖かった?)
「プライドが高くて、完璧じゃなければ人前に出られなかった。だから逃げ続けた。そういう方だったんです、以前は」
エリザベスはしばらく、マリアンヌの言葉を胸の中で転がした。
(そうか。以前の私は——怖かったのか)
「でも今日のエリザベス様は」
マリアンヌの声が、わずかに震えた。
「大失敗して、笑われて、それでも最後まで立っていて……最後に灯した光、すごくきれいでした」
沈黙。
アルベールが静かに口を開いた。
「……俺も、そう思った」
その言葉が、思いのほか——胸に沁みた。
シンデレラ(……エリザベス、目が赤くなってるよ)
(うるさいわ)
「ありがとう」
エリザベスは静かに言った。
「でも——次はもっとうまくやるわ」
アルベールが小さく笑った。
「……また無茶を言う」
「当たり前でしょう」
控室に、穏やかな空気が漂った。
——大失敗だった。でも何かが、確かに変わった気がした。




