第3話:演目前夜
キティー・マクガイヤには、長年の教師人生で培った経験則がある。
呼び出した生徒が扉を開けた瞬間に、だいたいのことが分かる。
成績優秀な生徒は少し誇らしげに入ってくる。問題児は怯えながら入ってくる。
では——ヴァンデルビルト公爵令嬢は?
「失礼いたします」
扉を開けたエリザベスは、ただ静かに、それでいて堂々と入室した。怯えでも誇りでもない。まるで当然のように——そこに在る、という佇まいだった。
(やはり…格が違う)
キティーは内心でため息をついた。そして改めて机の上の成績表に目を落とした。
技術点:最低評価。表現点:最低評価。構成点:最低評価。
魔力点:評価基準外——規格外につき計測不能。
(どうしろと…)
「お呼びでしょうか、マクガイヤ先生」
エリザベスが静かに言った。その瞳に不安の色は一切ない。
サンドラ『きっと優秀な成績を褒めてくださるのですわ〜!おほっほっほ!』
シャーロット『…待って。先生の顔が引きつっている』
ジャスティス『え、なんで?私たちなにかしたっけ?』
(みんな静かにして)
「ええ、ええ。座ってください、ヴァンデルビルト嬢」
キティーはできる限り穏やかな笑顔を作った。長年磨いてきた職業的微笑みである。
「実は……宮廷演目審査についてお話があって」
「宮廷演目審査」
エリザベスが静かに繰り返した。初めて聞く言葉のように。
(あら?ご存じない?)
「ええ。当学院では三年次の後期——ちょうど今の時期ですね——に、在籍生徒全員が宮廷にて演目を披露することが義務付けられております。必修実務単位、とでも申しましょうか」
キティーは丁寧に説明を続けた。
「宮廷の方々の前で低位から中位の魔法を使った芸術演目を披露し、その評価をもって単位を認定する制度でございます。芸術魔法——美しい魔法の使い方——が、この国の宮廷文化においていかに重要かは、もうご存じでしょうが」
「…はじめて聞いたわ」
沈黙。
シャーロット『エリザベス。先生の顔が、今すごいことになっている』
確かに。キティーの職業的微笑みに、かすかな亀裂が入っていた。
(え。ご存じない!?三年次の必修ですよ!?……いやでも、記憶を……そうか、そういうことか)
「そう、でしたか。では改めて」キティーは咳払いをして続けた。
「単刀直入に申し上げますと、ヴァンデルビルト嬢の現在の演目評価は……その」
言葉が止まった。
(言えない。言えるわけがない。相手はヴァンデルビルト公爵家のご令嬢。この国の皇帝を選べるお家の。私はただの男爵家の教師で)
「少し…特殊な状況にある、と申しましょうか」
シャーロット『…上手い言い方ね』
サンドラ『つまり特別優秀ということですわね!おほっほっほ!』
シャーロット『違う。絶対に違う』
「先生」エリザベスは静かに言った。「正直に言ってくださって構いません」
キティーは目を丸くした。
その瞳に、怒りも慢心もなかった。ただ真っ直ぐに——事実を受け取ろうとする、静かな強さがあった。
(ああ、この方は…本当に、聞いたことのない方だ)
キティーは小さく息を吐いた。そして成績表をそっとエリザベスの前に置いた。
「…演目点に関しては、壊滅的です」
サンドラ『……え』シャーロット『やっぱり』ジャスティス『うわあ』シンデレラ『…こわい』レギーナ『フン。まあそうだろうな』
エリザベスは成績表を一瞥した。そして——
「そう」
たった一言だった。崩れることも、怒ることもなく。
「…三日後が、審査ですわね」
「はい。ヴェルクハルト宮廷にて」
エリザベスは静かに立ち上がり、一礼した。
「ありがとうございます、先生。正直に言ってくださって」
扉が静かに閉まった。
キティーはしばらく、その場に座ったまま動けなかった。
(壊滅的な演目点を告げられて——あの顔ができる生徒が、今まで一人でもいただろうか)
窓の外、青い空に雲が流れていく。
三日後。ヴァンデルビルト公爵令嬢が宮廷の舞台に立つ。
キティーは静かに祈った。
どうか——どうか、大惨事になりませんように。




