竜を狩りて、君のもとへ 【外護の責務編】
一瞬、ヨークは縋るような眼差しで俺を見た。
何かを言いかけ、けれど言葉にはならず、ただ切なそうに眉根を寄せて口を閉ざす。
彷徨うような視線がテーブルの上に落ち、やがて彼は静かに瞼を閉じた。
「……さっきも言っただろ? 僕が連れ去られたりしたら、女神様の怒りを買うんだ。僕はこの地から離れられない」
ヨークの言葉は事実だ。しかし、それが彼の本心ではないことくらい、俺にも分かっていた。
俺はテーブル越しにヨークの前に手を差し出し、解けかけた彼の心を必死に繋ぎ止めようと言葉を重ねた。
「もし女神がおまえから俺を引き離したかったなら、あの雷雨なんか起こさずに、そのまま旅立たせていたはずだ。わざわざ足止めしてまで俺をここに留めたのは……おまえから俺を離したくなかったからなんじゃないのか?」
ヨークは諦めたように、小さく首を振る。
「女神様のご意向は、僕にも分からないんだ。単に僕が悲しんだから、天候が荒れただけかもしれない」
ヨークの言う通りだった。何の確証もない俺のただの屁理屈だ。
それでも俺は尚も食い下がる。
「都合の良い解釈だってことくらい、俺だって分かってる! ……それでも、俺はおまえに外の世界を見せたいんだ」
突然、部屋の明かりがふっと暗くなった。
天井を照らしていた光が失われ、カンテラの橙色の明かりだけが、ぼんやりと俺たちの顔を照らしている。
「……精霊がかけた術が解けたんだ」
ヨークはそう言って静かに立ち上がると、空いた皿を手際よく片付け、手提げかごを抱えた。
俺は、どこか寂しげな顔で微笑む彼を引き留めようと、思わず腕を伸ばす。
しかし、それを静かに拒むように首を振ると、ヨークは一度も振り向くことなく小屋を出て行った。
俺は追いすがるように小屋から足を踏み出し、そこで、ピタリと立ち止まった。
街灯もない真っ暗な闇の中、去っていく彼の後ろ姿だけが、淡くぼんやりと光を放っている。
女神の寵愛を受ける彼をこの手で連れ出すということ。
それがどれほどに無謀で、恐ろしい重みを持つのかという現実に引き戻され、俺はただ闇の中に立ち尽くすことしか出来なかった。
***
翌日、ヨークが小屋を訪れることのないまま夜を迎えた。
俺は別れも告げずに小屋を出ていくのが憚られて、彼が来るのをじっと待つことにした。
ぼんやりと窓の外の暗がりを眺めながら、昨夜ヨークが語っていた言葉を思い返してみる。
ヨークの話から推察するに、この辺りは、本来なら何人もの見張りを置かなければ守れないほど危険な場所なのだろう。
正式に任されたわけでもないのに、彼は一人でここへ来て、自主的に見張りを続けている。
集落の半数が彼を外護にすることに賛同しているのも、きっと彼のその圧倒的な力と、一人で守り切ってしまう実績を目の当たりにしているからだ。
――だとしたら、俺が軽々しく彼をここから連れ出すわけにはいかない。
彼が守っているあの場所が無防備になれば、集落全体の安全が脅かされることになってしまう。
何より、誰かを危険に晒すような真似を、あの優しいヨークが望むはずもなかった。
しばらくして、遠くにぼんやりとした灯りが一つ、微かに揺らめくのが見えた。
俺は急いで扉に向かい、飛び出した。
灯りの中に、アッシュブロンドの美しい髪と白い肌が浮かび上がる。
「バルト!」
ヨークの美しい声が俺の名を呼ぶ。
今日はもう来ないのではないかと案じていた俺は、その声に安堵して胸を撫で下ろした。
俺が小屋の扉を開けて待っていると、ヨークが足早にやって来て礼を言った。
その腕には昨日と同じ、彼の身体に対して少し大きめの籠が抱えられている。
彼は、籠の中から温かなパンと、湯気を立てている干し肉ときのこのスープを取り出してテーブルに並べていく。
小屋にも食料は置いてあるが、やはり温かい食事には代えがたい。
まだ夏の名残を残す夜風のなかに、微かに混じる秋の冷気。
開け放った窓からは、草むらで鳴き始めた虫の声が静かに流れてくる。
二人で向かい合って席につき、ヨークの持ってきてくれた夕食を口に運ぶ。
空腹が満たされ、お腹と心が少し落ち着いたところで、ヨークが申し訳なさそうに口を開いた。
「遅くなって済まなかった。父様に祭りの準備を手伝うように言われて、忙しくて来られなかったんだ」
そういえば、春と秋に祭りがあると言っていたのを思い出す。
俺は、魔物との戦闘中であっても聞き惚れてしまう程に美しい、彼の笛の音を思い出していた。




