竜を狩りて、君のもとへ 【祭りの準備編】
精霊が昨日と同様に照らしてくれた灯りの中で、俺たちはこれから始まる祭りについて話していた。
「ヨークも何かやるのか?」
「奉納の笛と舞をね。……でも、今日は父様に仕事を任されて、奉納舞台の飾り付けや衣装の仕上げを手伝っていたんだ。集落のみんなに迷惑をかけている分、父様には逆らえなくて……。」
「迷惑?」
ヨークは頷いた後、嫌なことを思い出したように顔をしかめた。
「実は、去年の秋に初めて務めたんだけど……散々だったんだ。笛は指が震えてうまく吹けないし、舞は一歩目で派手に転んでしまって……」
ヨークはその日の衝撃を思い出したように深くため息をつく。
そして見えない空を見上げるように、天井に視線を移して話を続けた。
「女神様がそれを哀れみ大雨を降らせたせいで、中止になってしまった。おかげでその年の収穫は不作気味だったんだ」
「それ、ただの悪天候じゃ……」
「いや、僕の役目なんだ。今年の春も動きが硬くて、実りはいまいちだったしね」
ヨークはどこか気まずそうに苦笑いを浮かべた。
「だから今年こそ失敗したくなくて……外護の仕事の傍ら、この小屋の近くで舞の稽古をしていたんだ。そうしたら精霊が、人が倒れてるって教えてくれて」
「……それで、俺を見つけてくれたのか」
つい最近の出来事だというのに、懐かしそうな目をしてヨークは頷いた。
「もし、父様の言う通りに外護の仕事もせず、舞の稽古もしていなかったら、バルトには会えなかったと思うんだ。だから父様には悪いけれど、僕はここに来て良かったと思ってる」
少し照れくさそうに笑うヨークを見て、俺はなんだか胸が温かくなるのを感じていた。
「祭りはいつあるんだ?」
「明後日の夜――満月の夜だよ」
「満月の夜……?」
俺は思わず首を傾げた。俺の生まれ育った街では、満月の夜に祭りを行うなど聞いたことがない。
むしろ月が満ちる夜は、どこか不吉で妖しい気配が満ちる刻として、用もなく夜出歩くのを避ける者さえいたほどだ。
「俺の街では聞いたことがないな。……満月の夜に奉納をするのは、『女神の寵愛を受けし民』の特別な習慣なのか?」
俺の問いに、ヨークは意外そうに目を瞬かせた。
「外では違うのか? 満月の夜は女神様の御力が最も強く世界に満ちる、とても神聖な時間だ」
不思議そうに首をひねったあと、ヨークは自分なりに納得したように頷いた。
「そうか……外の人間にとっては、その強すぎる御力が恐ろしいのかもしれないな」
そんな彼のあどけない表情に、この様子では外の世界の言い伝えすらろくに知らないのだろうと察した。
集落の教えだけを信じて育ってきた純粋さに一瞬毒気を抜かれる心地がする。
けれど同時に、その素直さゆえにどれほど重いものを背負い込んできたのかが伝わってきて胸が痛む。
「僕たちの集落では、満月の夜に舞を捧げることで女神様の力を鎮め、豊かな実りを授かるんだ」
そう語る彼の横顔には、自分の役割を背負う男としての静かな誇りが滲んでいた。
「それで……すまないが、明日は朝から祭りの最終確認があって、どうしても来られそうにないんだ」
ヨークは申し訳なさそうな顔をして俺を見る。
「明後日の本番まで、会えないってことか」
俺の言葉に、彼は下を向いてこくりと頷いた。
「……でもその代わりに、バルト」
ヨークはゆっくりと俺へ視線を戻すと、真剣な眼差しで見つめ返した。
「明後日の祭りは、どうしても君に見てもらいたいんだ」
「俺が? でも、部外者の俺が祭りに顔を出したら、集落の奴らに見つかるんじゃないのか」
「大丈夫。人目につかない場所まで僕の精霊たちに案内させる。集落のみんなの関心が君に向かないように、気配を逸らしてくれるよう彼らにお願いしておくから」
そこまで言って、ヨークは少しはにかむように、けれどどこか吹っ切れたような笑みを浮かべた。
「……これまでは、女神様のため、集落の実りのためと、責任ばかりを感じて舞っていたんだ。だから余計な力が入って、失敗してしまっていたのかもしれない」
ヨークはそっと俺の手の上に自分の手を重ね、慈しむように力を込める。
「でも、今回は違う。……今度は、バルトのために舞うよ。君だけに届くように舞うから……だから、どうか見ていてほしい」
ヨークの眼差しは切実でまっすぐなものだった。
俺は彼に微笑むと深く頷いた。
「もちろん行くさ。俺も、おまえの舞を観てみたい。今回は俺のために舞ってくれ」
その言葉に、ヨークはまるで蕾が満開に咲き誇るに美しく笑った。




