竜を狩りて、君のもとへ 【秋月の神舞編】
約束の満月の夜。
俺は小屋の前で待っていてくれた、発光する小さな精霊たちに導かれ、ひっそりと集落の祭壇へと向かった。
万が一見つかってしまった場合に備えて、腰には剣を携えてきた。
相手を傷つける気は毛頭ないが、逃げるのには役立つだろう。
精霊たちが案内してくれたのは祭りを囲む村人たちの輪から遠く離れた、人目につかない木陰だった。
確かにここからなら、遠目に舞台全体が見渡せる。
そう思っていた俺に、案内役だった一匹の精霊がフワリと近づいてきて、ぴとっと額に触れた。
瞬間、かすかな冷たさと共に、不思議な光の粒子が視界に広がる。
次の瞬間、何十メートルも離れていたはずの舞台やヨークの姿が、まるで目の前にあるかのようにありありと引き寄せて映し出された。
人目を避けた隠れ場所でありながら、まるで特等席にいるかのような鮮明さだ。
「……すごいな」
思わず感嘆の声を漏らした俺の耳に、夜風に乗って澄んだ笛の音が届き始めた。
灰色の外套を頭まですっぽりと被った何者かが、美しい笛の音を奏でながら登場する。
その柔らかく滑らかな音色に、集まっていた集落の民たちがほうっと感嘆のため息を漏らす。
演奏が終わると、その者は灰色の外套を大きく脱ぎ払った。
中から現れたのは、まるで女神の如く美しく着飾ったヨークだった。
これまでも充分すぎるほどに美しかったヨークだが、その姿は別格だった。
頭部には金で作られた花を模した髪飾り。
その身には、金の刺繍が施された白い薄布を、何枚も重ねた衣装を纏っていた。
それは足首近くまで覆うほどに裾が長く、彼が動くたびに軽やかに揺れる。
そして、ほんのりと紅を引いた唇は、神聖でありながらも何とも言えない妖艶さを漂わせていた。
周囲を囲む篝火の炎が、夜の闇の中で揺らめいている。
外套を脱いだヨークの神聖な姿に誰もが息を呑む中、彼は静かに一歩、二歩と歩を進めた。
炎の明かりを反射して金の刺繍がかすかに煌めき、ほんのりと赤みを帯びた唇が艶やかに浮かび上がる。
だが、その舞は俺が想像していた淑やかで落ち着いたものではなかった。
舞台の中央に立った彼は決意を込めて地を蹴り、アッシュブロンドの長い髪をなびかせて片足で三回転した。
そして片腕を横へ真っ直ぐに伸ばし、桃色に染まった艶やかな爪の先に視線を向ける。
その眼差しは普段のヨークとはまるで別人のように、観る者の心を虜にした。
もう片方の手は鎖骨から頬へと緩やかに伝い、紅をさした美しい唇が艶やかに弧を描く。
その姿は遠くで観ているはずの俺でもぞくりとするほどの色香が漂い、思わず息を呑んでつばを飲み込んだ。
一瞬動きが止まった後、舞台の横に控えていた楽士たちが笛や太鼓、そしてバイオリンの遠い先祖のような小さな木製の古楽器を構えた。
たった数本の弦を弓で引くその素朴な響きは、金と白の衣装に身を包んだヨークの圧倒的な美しさを、より鮮烈に際立たせていく。
ヨークは輝くように美しい髪と、白く羽根のように広がる衣を大きく揺らしながら、まるで重さなどないかの如く軽やかに舞った。
少女のように繊細で儚げだった姿は、腕も足も伸びやかに動くにつれ、舞台いっぱいに大きな存在感を放っていく。
子供の頃、騎士団長である親父に連れられて観た王族付きの舞師の踊りが脳裏に蘇る。
あの時、この世にこれほど美しい舞など無いと思ったが、目の前のヨークはあの日の感動さえも容易く超えてみせた。
息をするのも忘れるほどのその艶やかな舞に魅了されていた俺は、舞が終わった後もしばらくその余韻に浸り、微動だにできずにいた。
胸の奥が熱く焦がされるような感覚が、いつまでも去ってくれない。
すると、目の前に一匹の精霊がふわりと現れた。
精霊は一度俺たちの小屋の方向へと飛んでいき、すぐに戻ってくると、小さな手でその方角を指し示した。
どうやら、早く小屋に戻れと言っているらしい。
俺はまだ胸に残る名残惜しい気持ちをどうにか振り払い、静かに示された方向へ足を踏み出した。
夜風に背中を押されながら、先導する精霊の淡い光の後をついていく。
舞台の上では既に次の演目が始まっており、朗々とした歌声が夜の静寂を揺らしていた。
『女神の寵愛を受けし民』たちの美しい歌声を背中に遠く聞きながら、俺は精霊の光に導かれるようにして小屋へと戻っていった。
***
それからしばらくして、椅子に座ってぼんやりと窓の外を眺めていた俺に、一匹の精霊が扉の方を指さしてヨークが近くまで来ていることを知らせてきた。
言葉は分からないが、その身振りで言いたいことが不思議と伝わってくる。
初めは驚いたものだが、慣れてしまうと思いのほか可愛らしく思えてくるから不思議だ。
俺は急いで立ち上がり、扉に向かった。
間もなくして、ヨークが息を弾ませて駆け寄ってくる。
その衣装は先ほどの神聖な舞のままで、近くで見るといっそう眩く、息をのむほどに美しかった。
俺は吸い寄せられるように、思わずその金色の髪へと手を伸ばした。
ヨークもまた照れたように微笑み、素直にその手を受け入れようとする。
――その時だった。
聞き覚えのない男の鋭い声が、俺の手をぴたりと止めさせた。
「その子に触れるな!」
ヨークと俺は弾かれたように息を呑み、同時に声のした方へと振り向いた。




