竜を狩りて、君のもとへ 【宵闇の対峙編】
ほんの5メートルほど先に、ヨークに似た20歳くらいの男がいた。
声がするまで人の気配など全くなかった。
男はまるで初めからそこにいたかの如く平然と立っている。
俺はとっさに腰に提げていた剣の柄に手を添え、もう片方の腕を横に広げてヨークを庇った。
(外さずに持ってきて正解だったぜ)
息を殺し、男の動向を睨みつける。
「父様」
緊張の糸を切り裂くように、ヨークの小さな声が漏れた。
二十歳ほどに見えるこの男が、ヨークの父親――?
俺はそこでようやく、『女神の寵愛を受けし民』が若い姿のまま歳を取らないのだということを思い出した。
ヨークの父親は足音ひとつ立てずに近づいてくる。
その目がバルトを捉えた瞬間、全身の血が凍りつくような錯覚に襲われた。
抗うことすら許されない、絶対的な格の差。
一歩足を踏み出すことすら叶わないほどの威圧感に、まるで捕らえられた小動物のように身体が竦み上がる。
とうとう目の前まで距離をつめられ、俺はただ冷たい汗が頬を伝い落ちて行くのを感じていた。
「この子を拐かすつもりならやめておけ。どのみちおまえはもうここからは出られない」
男の右手がゆっくりと持ち上げられ俺の顔の前にかざされる。
そこでヨークが叫ぶように懇願した。
「やめて! 父様! 彼は怪我をしていたから、僕が手当をしてただけなんだ!」
必死な顔で訴えるヨークを一瞥して、その男はすぐに視線を俺に戻した。
「この男はおまえの舞台を観に来ていたな。精霊たちがこの男の居場所を隠そうと飛び回っていたことに、私が気付かないとでも思っていたか?」
その言葉に、ヨークが驚いて息を呑む気配が伝わってくる。
男の目はどこまでも冷たく、まるでその手は刃の切っ先のように鋭く感じた。
固まる俺の横で、ヨークが震える唇を動かしてなんとか言葉を紡ぎ出す。
「……女神様は争いを好まれない。無抵抗な彼を傷つけることだって、望まれはしないよ?」
その言葉に、男はふっと薄く笑った。
「問題ない。この男は牢に閉じ込める。我らは何もしない。勝手に衰弱して死ぬだけだ」
そう言って男は俺の前に差し出した手を開いた。
俺は剣の柄を握る手に一度力を込め、苦い息を吐ききるとそっと離した。
そのまま下にだらりと垂らす。
この男はヨークの父親だ。
もし傷つけるようなことをすれば、こいつが悲しむ。
(ヨークの泣き顔を見るよりはマシだ)
俺は自嘲して目を閉じた。
「やめて!父様!」
隣からヨークの悲痛な声が聞こえる。
その瞬間、ドォン!!と雷の落ちる轟音が鳴り響いた。
凄まじい衝撃とともに、視界が目も眩むほどの眩い光で満たされる。
やがて辺りが静寂に包まれた。
ふっと笑う男の声が聞こえる。
「これだけ言っても剣を抜かないか。……それに、ずいぶんと精霊たちに好かれているようだ」
目を開くと、俺の周りに色とりどりのたくさんの精霊たちが集まっていた。
ヨークは何が起こったのか分からず父親を見つめている。
男は腕を下ろし、どこか形無しといった様子で笑った。
「さすがに私も女神様の怒りを買うのは本望ではない。……確かに、ヨークに良からぬ企みを抱いているわけではなさそうだ」
俺は緊張の糸が解けて、その場にへたり込んだ。
すかさずヨークが「大丈夫?」と肩を支えてくる。
俺は深く息を吐き出して頷いた。
「なんとかな。……戦う前に死を覚悟したのは初めてだぜ」
ヨークの父親はそんな俺を見下ろして尋ねた。
「おまえ、名はなんという?」
「……俺の名前はバルトだ。バルト・ハーデン」
ヨークの父親が驚いたように目を見開く。
「ハーデン? 現騎士団長と同じ家名だな」
その言葉に俺は忌々しげに答えた。
「騎士団長は俺の父親だ」
「彼には昔世話になった。これも、女神様が繋いで下さった縁かもしれんな」
ヨークの父親はそう言って俺に手を差し出した。
俺はその手をとって起き上がる。
その様子を見て、ヨークは心底ほっとして微笑んでいた。




