竜を狩りて、君のもとへ 【神域の厳父編】
小屋に入ると、ヨークは寝室から椅子を持ってきてテーブルの空いている側に置いた。
入口側にバルト、奥側にヨークの父親が腰掛ける。
ヨークは左のバルト、右の父親へと順に視線を送り、嬉しそうに微笑んだ。
男は先ほどとは別人のように柔和な表情で息子を見ている。
部屋は既に精霊たちが気を利かせていて明るくしてあり、俺の両肩にはそれぞれ一匹ずつ妖精が乗って寛いでいた。
こうして明るい場所で改めて見てみると、ヨークの父親は息子によく似てはいるが、彼とは違い、精悍で凜とした男性としての美しさがあった。
斜め前の位置で微笑んでいる中性的な顔立ちの、未だ幼さの残るヨークとは異なり、どこか近づきがたいほどの洗練された美しさがある。
ヨークの父親は、何かを思い出したように真剣な顔をして俺に向き直った。
「まだ名乗っていなかったな。私の名はフォルティアだ。フォルティア・フィアレール。フォルでもフォリィでも好きに呼んでくれ」
その言葉に一瞬、俺は面食らって固まった。
(……さっきまで俺を殺そうとしていた奴が、何を言っているんだ?)
フレンドリーに愛称まで提示してくる男を、俺は半目――ジトーッとした眼差しで見つめ返す。
命のやり取りをした直後とは思えないそのノリの軽さに、緊張感で強張っていた肩の力が、拍子抜けするように抜けていく。
俺は、はぁぁーと深いため息をついて答えた。
「フィアレールさんでいいんじゃないか? 息子のことは名前で呼んでるんだし、それで十分だろう」
「息子のことはヨークと愛称で呼んでおきながら、私のことは家名でしか呼んでくれないのか。……親交を深めたいと思ったのに、残念だ」
その父親は心底がっかりしたように肩を落として視線を下げた。
ヨークが哀れむような顔で父親を見つめている。
(こいつ、俺の気持ちを分かっててわざとやってるな!?)
俺はテーブルの下で拳を握り締め、腹立たしい気持ちをぐっと堪えて短く息を吐き出した。
「分かったよ。あんたのことはこれからフォルと呼ばせてもらう」
男は満足したように頷くと、俺に微笑みかけた。
「うむ。友人らしくて良い響きだ。」
(このやろう、綺麗な顔してなんて食えない親父だ)
内心毒づきながらフォルを見ていると、ヨークが無邪気に舞の感想を聞いてきた。
「バルト、父様、僕の今日の舞はどうだった?今回はバルトの話で良い案が思いついて、華やかになるものに変えてみたんだ」
その言葉に、今まで微笑みながら俺を見つめていた男の表情が険しくなった。
「ヨークリア。女神様に捧げる舞は神事だ。ただの見世物ではないのだぞ」
父親の静かな怒りを秘めた眼差しを受けて、ヨークが肩を落とす。
先ほどまでの笑顔はすっかり消えて、叱られた子犬のようにうつむいた。
「ごめんなさい。僕も、裾を翻して舞ってみたかったんだ……」
その時、右肩に乗っていた精霊が、ヨークを庇うようにフォルの前に両手を広げて立ちはだかった。
精霊もヨークを心配しているらしい。
ヨークの言葉に、先日パン屋の娘の話をしたことを思い出す。
確かにあの時、俺は『パン屋の娘もスカートの裾を翻してくるくる回る』と言って、彼の関心を引いていた。
この場で彼一人が責められるのは道理ではないと考えて口を挟む。
「ヨークに踊りの話をしたのは俺だ。知らなかったとはいえ、俺にも責任がある」
フォルは息子と俺の顔、それに立ちはだかる精霊を見て、毒気を抜かれたように小さく息を吐いた。
先ほどまでの厳格な表情がふっと緩み、困ったような、どこか愛おしむような笑みを浮かべる。
「……全く、仕方ないな」
彼はいったん表情を引き締めると、ヨークを真剣な眼差しで見つめた。
「神事を軽々しく考えることは許されない。それはおまえも良く分かっているはずだ。……だが、今回の舞は皆、とても喜んでいた。たまになら女神様もお許しになるだろう」
そう言って父親は息子を褒める優しい親の顔をする。
ヨークはそれを見て嬉しそうに笑った。
精霊もくるりと嬉しそうに飛び回ってから俺の肩に戻ってきた。
「僕、これからもちゃんと舞うよ!女神様への祈りも忘れない!」
フォルはヨークを優しい眼差しで見つめながら、その頭を撫でた。




