竜を狩りて、君のもとへ 【女神の寵愛編】
ヨークが持ってきたかごの中には、魔法でもかかっているのではないかと思うほどの温かい料理が入っていた。
本人は「精霊の力を借りている」と言っていたが、そんなものは絵本の中にしか出てこないおとぎ話だ。
俺は深く考えるのをやめて椅子に腰掛けた。
かごの中から出した料理を、ヨークは手際よくテーブルの皿に盛り付けていく。
深皿には鹿肉と人参の入ったスープ、平たい皿には潰した芋が盛られ、その横には甘酸っぱいコケモモのジャムが添えられた。
温かな湯気とともに、ハーブと野性味のある肉の香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。
「さあ、冷めないうちに食べてくれ」
ヨークに促されて匙をとった俺は、まず熱々のスープを一口すすった。じっくり煮込まれた鹿肉は口の中でほろりとほどけ、深い旨味が広がる。
続いて潰した芋にコケモモのジャムを少し絡めて口へ運ぶと、甘酸っぱさと芋のまろやかさが絶妙に調和して、思わず笑みがこぼれた。
「美味い。まさかこんな森の奥で、まともな飯にありつけるとは思ってもみなかった」
俺が舌鼓を打っていると、ヨークが嬉しそうに目を細めた。
「これは全部僕が作ったんだ。どうしても、早く外護になりたかったから……」
聞き慣れないその言葉に、俺は首を傾げた。
「そともり?」
ヨークは少し寂しそうな微笑みを浮かべ、静かに瞼を伏せた。
「元々この小屋は、外護のおじいさんが住んでいたんだ。外護は外の世界にいる限られた人間との交流や、魔物から集落を守る役割がある」
俺は食事の手を止めて尋ねた。
「外の人間との交流なんて、そんな危険な真似をしてまで欲しいものがあるのか?」
ヨークは頷いて、目の前の深皿に入ったスープを見つめた。
「この森では塩が手に入らない。他にも金属製の道具や布など、様々な物を外から手に入れている。女神様の寵愛を受けてはいるけど、それでも森の中だけで完結した暮らしができるわけじゃないんだ」
俺はそれもそうだと頷いた。
確かに森の奥で暮らしているにしては物が豊富すぎる。今部屋を照らしているカンテラだって、森の中だけで作れる代物ではない。
「それじゃあ、ヨークが次の外護になるのか?」
そう尋ねると、ヨークはそこで大きなため息を漏らした。
「今、集落は僕を外護にするかどうかで真っ二つに意見が割れてるんだ。僕の家族を含めた半分近くの人たちは、僕を外護にするのは危険だと言って反対している」
ヨークは『女神の寵愛を受けし民』の中でも特別に女神から愛されるほどに美しく、さらにどこか幼さを感じるほどに若い。
これでは家族が心配するのも無理はない、と俺は内心納得した。
「それはそうだろう。ヨークはまだ16歳だ。それに、女神からも特に愛されているんだろう?」
ヨークは深刻そうな顔をして「それが問題なんだ」と零した。
「女神様の寵愛を特に授かっている僕は、笛で魔物を懐かせることができる。魔物よけの香や薬も、僕が作った物は他とは比べものにならない効果を発揮するんだ」
そこで俺は、魔物よけの香の香りを嗅ぎながらぐっすり眠ってしまったことを思い出した。
普通ならその匂いに不快感を覚えて眠れないか、眠れても魔物が完全に襲ってこない保証がないため安眠できない。
それなのに、あの夜は香の香りが心地よく、朝まで目が覚めることはなかった。
「女神の寵愛ってのは、そんなに凄いものなのか……」
そう呟いて感心する俺に、ヨークはどこか複雑そうな表情を浮かべて話を続けた。
「だからこそ、外護になっても自分の身を守ることができるんだ。……けど、もし僕が連れ去られたり死んだりしたときには、女神様の怒りを買って、厄災が起こる可能性がある」
厄災と聞いて、真っ先に昨日の雷雨を思い出す。
俺と離れるのが寂しいというだけであれだけ天候が荒れたなら、ヨークにもしものことがあったときにはどれほどの災害が起こるのか。考えるだけでも背筋が凍る心地がした。
「僕は集落を守る存在になる可能性がある一方で、外の世界にまで厄災をもたらす危険性もあるんだ」
ヨークの真剣な眼差しに、俺はごくりとつばを飲み込んだ。




