竜を狩りて、君のもとへ 【魔物との戦い編】
その夜、一陣の風と共に虫たちの声が止んだ。
辺りは静寂に包まれ、肌を刺すような緊張が伝わってくる。
(やっぱり、追ってきたな)
微かに低く唸る声が聞こえる。
おそらく俺の血の臭いを追ってきたのだろう。昨夜は魔物よけの香のせいで鼻が効かなかったのだ。
今は香も切れていて、そう遠くない木の根元には血痕も残っている。
見つかるのも時間の問題だった。
今俺がいる小屋は意外と丈夫そうで、いくら大型の魔物とはいえ、そう簡単に壊せるものではない。
ここにいれば、おそらく安全だ。
「と、分かっちゃいるんだが、それは俺の性に合わないんだよな」
俺は枕元にかけておいた剣を手に取り、静かに立ち上がった。
足の痛みは、すでに全く感じなくなっている。
まさか、この短期間で完全に治っているとはさすがに思えないが、とりあえず歩くには問題なさそうだ。
俺は覚悟を決めて扉の前に立ち、深呼吸をすると、一気に開け放った。
ほぼ同時に剣を鞘から抜き、胸の前で構える。
予想通り、先日俺を襲ってきた狼型の魔物が牙をむいて現れた。
しかし、先日とは比べものにならないほど動きが鈍い。
よく見ると、左足に乾いた血が張り付いていた。
(そういえば……)
逃げ際に短刀を投げつけておいたことを思い出す。
運良く、それがヤツの左足に当たっていたのだろう。
俺は女神に感謝して剣を振り上げた。
と、その時、この状況にはあまりにも不釣り合いな美しい笛の音が聞こえてきた。
俺は思わず動きを止め、その滑らかな音色に耳を傾ける。
しかし、すぐにはっとして魔物に意識を戻した。
「……嘘だろ?」
驚くことに、魔物は『伏せ』の体勢で尻尾を大きく振っていた。
「一体、何が起こったんだ?」
笛の音が聞こえてきた方向に目を向けると、そこにはヨークがいた。
手には装飾の施された美しい横笛を携えている。
目を見開いて驚く俺を見て、ヨークは怒りと呆れをない交ぜにしたような顔で睨んできた。
「なぜ小屋の外にいるんだ? 足の怪我で死にそうな時に何をしている?」
俺は包帯の巻かれた足に視線を向けた。
「あー。俺の身体も大事なんだが、小屋が傷付いて壊れでもしたら困るだろ?」
ヨークは狼型の魔物の横にしゃがみ込み、その頭を撫でた。
つい先ほどまで俺に牙を剥いていたそいつは、ハッハッハッと嬉しそうに口を開け、舌を出している。
ヨークは真顔で俺に尋ねた。
「バルトは小屋のために命をかけるのか?」
俺はどう答えたらよいものかと、人差し指で頬を掻く。
そこで魔物がワンッと吠えた。
ヨークがそいつの頭を撫で、小さく頷く。
「バルトの足を一本もらえるなら、もうここには近付かないそうだ」
俺は耳を疑った。
妖精のような可愛い顔で、なんて恐ろしいことを言うんだろう。
「いやいやいや、待ってくれ。足がなくなったら歩けなくなる。……それ以前におまえ、魔物と話せるのか?」
俺の問いに、ヨークは首を傾げて真顔で返す。
「話せるわけないだろう?」
「そっ、そうだよな。そんなこと、できるわけがない」
俺が少し安心して胸を撫で下ろすと、ヨークはさらに恐ろしいことを口にした。
「バルトが死んだ後に死体をやればいいんじゃないか?」
「なっ! なんて恐ろしいことを言うんだ!?」
驚いて後ずさる俺を見て、ヨークが不思議そうな顔をする。
「だって、もう長くないんだろう? 死んだ後なら痛みも感じないし、この子も満足する」
俺はサーッと血の気が引くのを感じた。
容赦のない言葉に全身から力が抜けていく。
「勘弁してくれ。俺が悪かった。足が痛いと言ったのも、先が長くないと言ったのも嘘だ」
項垂れて白状する俺を見て、ヨークは魔物に話しかけた。
「ごめんね。食べられたくないんだってさ」
ヨークの言葉に、魔物は「クーン」と悲しそうな声をあげる。
「ヨーク、おまえやっぱり魔物と話せるのか?」
俺の問いに、ヨークは再び可愛らしく首を傾げる。
「無理に決まってるだろう?」
「そっ、そうか……」
釈然としないまま俺が小屋に戻ろうとすると、ヨークも立ち上がり、小屋へと歩き出す。
そして、扉の前で振り返ると、魔物に手を振った。
「じゃあね! ヴォルフ!」
魔物は「ワンッ!」と一鳴きすると、森の奥へと走り去っていった。
「やっぱりおまえ、魔物と話せるんだろう!?」
俺の言葉に、ヨークは首を傾げて「ん?」と無垢な子供のような顔をしてしらばっくれた。




