竜を狩りて、君のもとへ 【外への憧れ編】
「街の市場なんて、そりゃ賑やかなもんだぞ。遠くの国から来た、見たこともないような宝飾品や、色鮮やかな布が露店に山積みになってるんだ」
「すごいな。外にはそんな場所があるのか」
今朝は「出ていけ」と冷たく言い放ったその口が、今は子供のように素直な驚きを漏らしている。
俺は身振り手振りを加えながら話を続けた。
「秋の収穫祭になれば、広場に大きな樽が運ばれてきて、夜通し酒を飲んで踊るんだ。普段は物静かなパン屋の娘だって、その日だけはスカートの裾を翻してくるくる回る。それはもう華やかなもんだぜ」
ヨークは口を開いたまま、その光景を想像してうっとりとした表情を浮かべた。
俺はその後も巨大な魔物と刃を交えた瞬間の緊迫感や、息をのむような緊張の後に訪れる生の実感を語って見せた。
それらの話はどれもヨークにとって新鮮なものばかりだったようで、瞳には見たことのない輝きが宿っていた。
しばらくそうして熱心に耳を傾けていたヨークは、ふと悲しげに瞼を伏せた。
「……いいな。僕は、何も知らない」
ぽつりと漏れたヨークの声に、俺は息を詰める。
ヨークは秋の気配を感じ始める虫たちの声を聞きながら、静かに言葉を紡ぎ出した。
「集落での暮らしが嫌なわけじゃないんだ。みんな穏やかで優しいし、春と秋の祭りでは女神様に歌や踊りを捧げて、本当に幸せに暮らしている」
俺はその暮らしを思い浮かべて、それはどんなに美しい世界だろうと感嘆の息を漏らしそうになる。
言葉を失う俺をよそに、ヨークは小さく息を吐き出すと、秘めていた本音を零すように静かに言葉を続けた。
「……でも、僕は外に出ることも許されない。外の世界のことだって、何一つ教えてもらえなかった」
そしてヨークはゆっくりと瞼を開き、俺を少し羨ましそうな眼差しで見つめた。
「外ではどう思われているか知らないけど、僕たちの種族はある時『女神の寵愛』を受ける。女神様が『最も美しい』と判断したその瞬間、僕たちの成長は止まるんだ」
「……そうか。その姿でいられるのは、女神の意志によるものだったのか。」
ヨークが告げた事実は予想外のものだった。
俺はてっきり『女神の寵愛を受けし民』自身が何らかの秘術で老化を止めているのだとばかり思っていた。
「そう。……僕は今年で十六歳になった。でも、女神様がいつ僕を『最も美しい』と判断するかは、誰にもわからない。もう、今夜にも止まってしまうかもしれないし、もしかしたら二十歳くらいまで普通に時を重ねられるかもしれない」
ヨークはふっと自嘲気味に笑った。
「もし成長が止まれば、僕はこれから二百年以上、今の姿のまま生きることになる。ずっと森の奥に隠れて、いつか密猟者に見つかるんじゃないかという不安を抱えながら……」
そう言って俺を見つめ返すヨークの瞳は、あまりにも美しく、そして切なかった。
余命幾ばくもないという嘘をつき、ヨークの情けに甘えていた俺の胸に、その言葉が鋭く刺さった。
俺が当たり前のように成長し、強くなっていく体で命を燃やしているのに、目の前にいる美しく儚い少年は、永遠のような停滞と、外の世界から隔絶された檻の中に閉じ込められようとしている。
「俺ならおまえを……」
「すまない。なんだか暗い話になってしまった。家に干し肉とぶどうがあるんだ。後で持ってくるから、それまで休んでいてくれ」
ヨークは俺の言葉を最後まで言わせず、気遣うように首を横に振った。
そして静かに立ち上がると、俺の腕を自分の首の後ろに回させ、肩を入れてしっかりと腰を支えてくれた。
俺は出かかった言葉を静かに飲み込み、彼の体温を感じながら、ゆっくりとベッドへ身を倒した。
ヨークの瞳はただ優しく、それでいてどこか寂しげだった。
想像以上に寝心地の良いその寝台に横たわりながら、俺は彼の瞳を思い出していた。
美しいエメラルドグリーンの瞳が、どこか遠くを見つめて揺れていた。




