竜を狩りて、君のもとへ 【始まりの嘘編】
「おい、おまえ。怪我が治ったならさっさと森を出て行け」
ヨークの言葉に、俺はその顔を見たまま微動だにしなかった。
ヨークは不審そうに顔をしかめる。
「聞こえないのか?出て行けと言っている」
なおも黙ったままでいる俺を見て、ようやく昨日俺が名乗ったことを思い出したのか、ヨークは頬を膨らませて怒った。
「……っ!バルト!!これなら良いか!?さっさと森を出て行け!」
俺はにっこりと笑ってヨークを見つめた。
「まだ怪我が治ってないんだ。もうしばらくここにいさせてもらう」
ヨークは驚いた顔をして、心配そうに俺の足に視線を向ける。
「あの薬草ならすぐに治ると思ったが……そんなに痛むのか?」
俺はもうすっかり痛みの引いた足をさすって、悲しげにつぶやいた。
「ああ。俺には効かなかったのかもしれないな。残念だが、もう長くないかもしれない」
その言葉を聞いて、ヨークは眉根を寄せ、泣きそうな顔で俺を見る。
「すまない。僕らにはこれが一番効くから、外の人間にも効くと思い込んでいた」
ヨークは周りを見回して少し考えたあと、「それしかないな」とつぶやいた。
「集落の外れに空き家がある。こんなところで最期を迎えるよりも、せめて屋根のある場所で過ごした方が良いだろう」
ヨークは俺に肩を貸して歩き出した。
***
元いた場所からそう遠くない場所に、その山小屋はあった。
つい最近まで使われていたのだろう。
造りもしっかりしていて埃も被っていない。
中は意外と広く、二部屋のうち一つは寝室になっていて寝心地も良さそうだった。
さらに台所には果物やパンが置いてあり、水瓶には汲んだばかりの綺麗な水まで張ってあった。
俺はテーブルに愛用の剣を置いて、椅子に腰掛けた。
向かい側にはヨークが腰掛け、心配そうに俺を見つめている。
ここまで連れて来てもらっておいて、今さら嘘だったとも言えず、とりあえず目の前に置かれたコップの水を飲んだ。
その間もヨークは俺の様子をじっと見つめて、何か言いたげに口を開いたあと視線を落とした。
(慰めの言葉でも探してるんだろうな。さて、どうしたものか……)
視線を彷徨わせていると、壁に貼ってある古い地図に違和感を覚えた。
それは国境の位置や国名も古く、今では使い物にならない代物だった。
さらに凶悪な魔物の絵がそれぞれの国に描かれ、海にはイカやクジラの化け物までいる。
「あの地図、ずいぶんと古いな」
俺の何気ない言葉に、ヨークは驚いた顔をして首を横に振った。
「そんなはずない。あれは父様がくれた外の世界の地図だ」
おそらくヨークの親は、息子が外の世界に興味を持たないよう、わざと恐ろしい魔物の描かれた古い地図を渡したのだろう。
『女神の寵愛を受けし民』は希少種だ。
もし奴隷商人にでも見つかれば、二度と故郷の地に戻ることもなくなる。
特に、ヨークは若く美しい。
好事家の貴族に高値で売り飛ばされることは想像に難くない。
俺が地図から視線を逸らすと、ヨークは伺うように尋ねてきた。
「おまえが知ってる外の世界は違うのか?」
俺は目を閉じて沈黙した。
気配だけで、なんとなくヨークが怒っているのが伝わってくる。
「……っ、もう!分かったよ!バルト!そう呼べばいいんだろ!?」
目を開くと、ヨークは先ほどと同じように頬を膨らませて怒っていた。
俺はヨークの子供らしい反応が可愛くて、目を細めた。
「外の世界のことが知りたいか?」
ヨークは目を見開いて前のめりになる。
「知りたい。……バルトが知っている外の世界は、これとは違うのか?」
その瞳は未知の世界への探究心に満ちて輝いていた。




