↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
97/158

第97話お言葉を、賜りましたの

 目を覚ますと、カーテンの隙間が、もう白かった。

 玄関の向こうの廊下を、誰かの足音が、エレベーターの方へ遠ざかっていった。


 両腕で体を起こして、ベッドの縁へずれる。脇に寄せた車椅子のブレーキを確かめてから、乗り移る。いつもの朝の手順だ。

 机の上のタブレットが、伏せたまま、小さく震えていた。


 開くと、通知が、画面の端から端まで並んでいた。

 ゆうべの配信のアーカイブに、夜中のうちに、コメントが何十件もついていた。


 ――お嬢、見て

 ――マリカ様が、お嬢の切り抜き見てた

 ――昨日の夜の配信、本人の

 ――問屋さんの件、本人に届いてるぞ

 ――お嬢、これ絶対見て


 その下に、配信のアーカイブの窓が、貼りつけてあった。

 アンティーク調のソファ。紅茶のカップ。見慣れた部屋。


 指が、窓の上で止まった。


   *


 お湯を沸かして、コーヒーを淹れた。

 いつものインスタントだけれど、マグカップは、いちばん好きなものを出した。それから、机に戻って、窓を叩いた。


 画面が、半分に割れていた。片側に、万里花様。もう片側に、見覚えのある運河沿いの道。日傘を差して歩く、金髪の女の子の背中。

 私だった。


『欲しいものほど、自ら追いかけてはいけない』


 画面の中の私が、指を折っていた。それを万里花様が見ていた。


 倉庫が白く光って、音が割れて、万里花様が固まった。

 私は、マグカップを持ったまま、息をするのを忘れていた。


『……半歩、ずれてるね』


 万里花様は、そう言った。

 困ったように、笑っていた。


『これ、どういう理解なの?』


 分かっている。

 あの人が話していたのは、追いLINEの夜のことだ。運河沿いの倉庫のことではない。それは、最初から分かっていた。恋愛相談の話じゃないの、と小夜さんにも首を傾げられた。


 画面の中で、万里花様は、しばらく黙っていた。

 それから、紅茶を持ち上げて、こう言った。


『わたくしの言葉を、ご自分の場面に置いて、ご自分で考えて、使ってくださった。それは、お茶会の主としては、嬉しいことですわ』


 マグカップを、机に置いた。

 置いたつもりが、少しだけ、コーヒーがこぼれた。


   *


 四日前の配信を、見逃していた。

 締め切りを抱えたまま、ゲームの中のお茶会に出ていた夜だった。アーカイブの一覧を遡って、その夜の窓を開いた。


 三通目のお便りを、万里花様は、読み上げる前に、一度黙った。

 ――万里花様の教えを、しっかり実践している人がいたら嬉しいですか?(合ってるとは言ってない)


『教えというのは、半歩ずれて受け取れば、反対側へ歩いていくものですわ』


 それから、素の声に戻って、続けた。

 自分の場面に置き換えて、勝手に使っていいの、と。たとえばさ、と言って、別れた彼の言葉をお守りにしている子の話をした。


『殿方から贈られた言葉は、贈った殿方のものではございませんの。受け取ったあなたのものですわ』


 画面が、滲んだ。


 私は、恋愛の話をされているのではなかった。それは分かっていた。

 分かっていて、それでも、あの夜と同じだった。初めて、夜中に、あの人の配信を開いたときと。


 ――言った私より、受け取った人のもの。


 手の甲で、目を拭った。

 四日前の万里花様と、ゆうべの万里花様が、同じことを言っていた。ゆうべのあの人は、私の受け取り方を知った上で、それでいいと言ってくれた。


 ゆうべの配信の最後で、万里花様は、カメラの方を向いていた。

 背筋を伸ばして、いつもの声で。


『問屋さんは、お店のことですわ』


 笑ってしまった。

 泣きながら、笑った。問屋さんはお店のことだよ、と、小夜さんにも言われたのだった。


   *


 机の引き出しを開けて、ノートを出した。


 最初のページから、あの人の言葉が並んでいる。欲しいものほど、自ら追いかけてはいけない。人を動かしてこそ、お嬢様。人との縁こそ、最大の財産。

 いちばん新しいページに、書き足した。


 殿方から贈られた言葉は、贈った殿方のものではない。受け取った者のもの。


 その下に、もう一行。


 教えというのは、半歩ずれて受け取れば、反対側へ歩いていくもの。


 ペンを止めて、少し考えた。

 それから、その一行の横に、小さく書き添えた。


 ――ここぞという場面で。


 タブレットに戻って、万里花様の質問箱を開いた。

 入力欄に、指を置く。


 いつも見ています。ゆうべの配信の、あの切り抜きの


 そこまで打って、指が止まった。

 しばらく、点滅する線を見ていた。


 一文字ずつ、消した。

 質問箱を閉じて、ノートを引き出しに戻した。


   *


 目を開けると、拠点の部屋の天井があった。


 わたくしは、窓を開けた。坂の下から、炭の匂いが上ってくる。

 それから、窓際の小さな椅子に、腰を下ろした。


「ごきげんよう、皆様。九条院瑠璃華ですわ」


 配信を始めると、視界の端の文字は、わたくしの挨拶よりも先に、ひとつの話題で埋まっていた。


【コメント】おはよう

【コメント】お嬢、見た?

【コメント】見たよな?

【コメント】マリカ様の配信

【コメント】本人に届いてたぞ

【コメント】問屋さんの件

【コメント】今日は画面の端に消えてない

【コメント】これは、見たな


「……皆様、もうご存じなのですね。アーカイブに、たくさん教えていただきましたもの」


 わたくしは、膝の上で、両手を重ねた。


「わたくし、尊敬するお方から、お言葉を賜りましたの」


【コメント】知ってる

【コメント】リアタイしてた

【コメント】やっぱり

【コメント】マリカ様な

【コメント】名前言っていいんだぞ、お嬢


「お名前は、申し上げませんわ」


 わたくしは、首を、小さく横に振った。


「わたくしの配信で、あの方のお名前をお出しするのは、あの方のご迷惑になりますもの」


【コメント】律儀

【コメント】もうみんな知ってるけどな

【コメント】お嬢がちゃんと気をつかってる

【コメント】自分が火種だって分かってるのか?

【コメント】師匠に迷惑かけたくないなら、まず倉庫を

【コメント】それはそう


「あの方は、わたくしの言葉を、ご覧になって」


 声が、少しだけ揺れた。

 一度、息を整えた。


「ご自分の場面に置いて、ご自分で考えて、使ってくださった、と。それは嬉しいことだ、と、おっしゃってくださいましたの。……言葉というものは、贈った方ではなく、受け取った者のものなのですって」


【コメント】よかったな

【コメント】ほんとによかった

【コメント】半歩ずれてるね、も言われてたけどな

【コメント】そこは聞こえなかったことに

【コメント】いや、たぶん全部聞いてる

【コメント】全部聞いた上で、この顔なんだよ

【コメント】目、ちょっと赤くない?

【コメント】アバターの目は赤くならんだろ

【コメント】じゃあ中の人が泣いてきたんだよ


「それから、もうひとつ」


 わたくしは、背筋を伸ばした。

 あの方が、カメラの方を向いて、そうなさったように。


「問屋さんは、お店のことですわ」


【コメント】www

【コメント】師匠直伝

【コメント】本人が言うと重みが違う

【コメント】小夜ちゃんにも言われてたやつ


「わたくし、二人がかりで教わってしまいましたの」


 口もとが、勝手にほどけた。

 窓の外で、坂を上ってくる荷車の音がした。わたくしは、日傘を手に取って、立ち上がった。


   *


 坂の角の屋台では、鈴村さんが、炭をおこしていた。


「おはようございます、九条院様。今朝は、ずいぶんとご機嫌がよろしいようで」

「ええ。とても良いことが、ございましたの」

「それは、何よりです」


 鈴村さんは、湯呑を置いてくださった。


「私の方も、ひとつ。上の会合の日取りが、決まりました。五日後です。向こうには、五日ほどの予定で」


 隣の丸椅子で、小夜さんが、串を持ったまま、顔を上げた。


「……五日後」

「ええ。それまでに、お店の方を、少し片付けておいていただけますか」


 小夜さんは、頷いた。

 それから、わたくしの顔を、じっと見た。


「瑠璃華、なんか、顔がうるさい」

「まあ。お嬢様の顔は、うるさくなどございませんわ」


【コメント】顔がうるさい

【コメント】小夜ちゃん、的確

【コメント】ずっとにこにこしてる

【コメント】師匠に認知された日のお嬢


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。