第96話閑話 最後の一行
☆ 露店の薬売り視点 ☆
灯台の丘の石段の下は、日が落ちると、急に寒くなる。
売れ残った瓶を木箱に戻して、日よけの布を畳んだ。それから、台の端に配信の窓を小さく開いた。今日の港の切り抜きが、もう出回っていた。
白い光。昇っていく粒。白くなった詰所。
炭問屋の戸口で、雑貨屋の子が、炭袋を抱きしめて立っていた。
わたしは、その一コマで、窓を止めた。
ペンを持った手が、帳面の上で、止まっていた。
*
帳面を、何枚も戻した。
――演説の日。正午の鐘のすこしあと。串屋の屋台、だれもいない。雑貨屋の子、港の方から。炭の袋。走ってた。
――鐘楼に仮面が出たのも、正午のすこしあと。
その先の頁は、ほとんど配信を見ながら書いたものだ。
――石段のふもと。倉庫が白くなる。そのあと、石段の上から雑貨屋の子が下りてくる。空の文箱。串屋の旦那の書類を、毎日持って上っているらしい。
――港の裏、炭問屋。白くなる。串屋の炭は、ここのもの。向かいの板塀が一枚だけ、前から白い。
――坂の下手。白は、雑貨屋の三軒手前で止まる。雑貨屋の子、戸口にいた。
それから、今日の頁。
――仮面の人の投げ文。「三つ目の鐘。炭問屋。」
――三つ目の鐘。雑貨屋の子、炭問屋の戸口。
――白、炭問屋の戸口の手前まで。雑貨屋の子、無事。
並べてみて、それでも、まだ、ただの頁だった。
少し前に、掲示板で、誰かが白くなったものを一つずつ数えていた。建物も、塀も、手すりも、一つは一つ。数えると、八割はお嬢様が撃った場所だった。決まりだろ、と誰かが書いて、お嬢様は一回がでかいだけだ、と別の誰かが返した。
それから、誰かが聞いていた。お嬢様が撃った場所を抜いた、残りの二割は何なのか。守る会と狩人が殴り合って壊した板塀一枚と、酔っ払いのプレイヤーが転げ落ちて折った、石段の脇の手すり一本。壊し屋があれだけ壊しても白くならなかったのに、その二つだけは白くなった。何が違うのか。
運、と誰かが答えて、場所、と誰かが答えて、話はそのまま流れていった。
手すりは、官庁街へ上がる石段の途中にあった。
雑貨屋の子が、毎日、書類を抱えて上る石段だ。
板塀は、炭問屋の向かいにあった。
雑貨屋の子が、串屋の炭を受け取りに通う店の、向かいだ。
ペンの先から、インクが一滴、頁に落ちた。
*
帳面を、もう一枚だけ戻した。
――雑貨屋の子。裏まで、読んでくれた。
字、きれいだね、と言われた日の頁だ。
わたしは、しばらく、その一行を見ていた。
書かなくてもいい、と思った。
誰かに頼まれたわけではない。ただの露店の薬売りが、帳面の端に書きためたことだ。
でも、あの掲示板の問いには、まだ誰も答えていなかった。
答えを知っていて、黙っているのは、書かずにいるのと同じだ。気になったことは、書いておく。
名前は、出さなかった。
演説の日の頁だけは、写さなかった。
あとは、いつもの値札の裏と同じように、順番に、全部書いた。
*
314:名無しのエバー民
前のスレで、白くなった場所の残りの二割は何なのか、という話がありました。
気になったことがあるので、書いておきます。
・官庁街の石段の手すり
坂の上の雑貨屋の子が、串屋の代表の書類を持って毎日上っている石段です。
・港の裏の板塀
炭問屋の向かいです。串屋の炭はこの炭問屋のもので、雑貨屋の子が受け取りに通っています。
お嬢様が撃った場所も、並べると、
石段のふもと(このあと雑貨屋の子が石段を下りてきた)、
炭問屋(串屋の炭の店)、
坂の下手(雑貨屋の三軒手前で止まった)、
今日の港の詰所(雑貨屋の子が炭問屋の戸口にいた。白は戸口の手前まで)。
白くなった場所は、全部、雑貨屋の子の通り道の上にあります。
それから、今日の投げ文の行き先も、炭問屋でした。
場所が重なっている、というだけです。
誰かを疑っているわけではありません。
315:名無しのエバー民
長っ
316:名無しのエバー民
>>314
……待て、ほんとだ
317:名無しのエバー民
地図に雑貨屋の子の動き重ねたら、全部乗る
手すりまで乗る
318:名無しのエバー民
偶然だろ
下町の人間なんだから、下町じゅう歩いてて当たり前
319:名無しのエバー民
>>318
壊し屋が自分で壊した場所は、一個も白くなってないぞ
320:名無しのエバー民
今日も、一番近くにいたのあの子だよな
で、無事
321:名無しのエバー民
「今回は雑貨屋の子か」ってコメント、今日流れてたな
322:名無しのエバー民
やめろ
あの子、坂の下のあと、黙って店の前の鉢植え直してたんだぞ
323:名無しのエバー民
>>314の
「このあと雑貨屋の子が石段を下りてきた」
「雑貨屋の子が炭問屋の戸口にいた」
「投げ文の行き先も、炭問屋」
ここ、並べるとさ
324:名無しのエバー民
雑貨屋の子が仮面の男の使い走り説
325:名無しのエバー民
飛躍しすぎ
使い走りなら、今日捕まった日雇いの子がそうだろ
326:名無しのエバー民
>>325
その日雇いの子の行き先が、炭問屋なんだよ
327:名無しのエバー民
……
328:名無しのエバー民
ダブクロの板に「雑貨屋の子」枠できたら張る
329:名無しのエバー民
>>328
人の子で賭けんな
330:名無しのエバー民
三行でまとめといた、本スレに貼ってくる
・白くなった場所、全部、雑貨屋の子の通り道
・今日も一番近くにいて、無事
・投げ文の行き先も、あの子が通う炭問屋
331:名無しのエバー民
本スレでもやってるぞ、これ
「一番近くにいた子」って
*
窓を、閉じた。
閉じても、何も変わらなかった。
閉じる前に、三百十四番は、もう三つのスレッドに貼られていた。
消そうか、と思った。
消しても、貼られた先までは消えない。それに、書いたことは、消さない。そうしてきたのは、わたしだった。
夜の丘を、灯台の灯がひと回りした。
木箱の蓋を閉めて、背負子に括った。紐の結び目が、うまく締まらなかった。
裏まで読んでくれる人は、少ない。
今夜は、みんな、最後まで読んでいた。
最後の一行だけ、誰も読んでいなかった。




