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悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


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第94話証人の方は、大切にいたしませんと

 三つ目の鐘が、港の屋根の上を渡っていった。


 港の詰所は、炭問屋の斜め向かい、十数歩ほど先の路地の突き当たりにあった。石積みの低い建物で、戸口の上に、衛兵の紋の入った板が掛かっている。

 わたくしは、問屋の並びの入口の、干物の樽の陰で日傘を差していた。炭問屋の戸口までは十歩ほど。詰所の路地の奥は、積み上がった樽に遮られて、ここからは見えなかった。


 衛兵の方々がヤスさんを戸口へ押し込もうとした、そのときだった。


 路地の両脇の、倉庫の裏手から、人が湧いて出た。


 十人ほど。どの方も、顔の下半分を布で覆っていた。手には、短い棍棒と、刃の欠けた鉈。頭の上には、何も浮かんでいない。


【コメント】来た

【コメント】三つ目の鐘ぴったり

【コメント】NPCのならず者だ

【コメント】頭の上に何もない、NPC

【コメント】ヤス目当てか

【コメント】口封じじゃん

【コメント】紙に書いてあった「三つ目の鐘」って、これのことか


「戸を閉めろ!」


 関谷様の声が、路地に響いた。

 衛兵の方々が、ヤスさんを背中にかばって、槍を構える。けれど、相手の数が多すぎた。棍棒が槍の柄を叩き、鉈が盾の縁を削る。ひとり、またひとりと、衛兵の方々が押し込まれていく。


 倉庫の屋根で見張っていた白い影が、路地の真ん中に降り立った。

 スタロ様は、着地するなり、手近なならず者の方の腕を掴んで、壁に叩きつけた。


「下がれ! そいつに触るな!」


 わたくしは、黙って、数えはじめた。


【コメント】スタロ!

【コメント】素手で行った

【コメント】指はささない気だ

【コメント】自分で全部止めるつもりか

【コメント】十人は無理だって


 スタロ様は、強かった。

 ひとり、ふたりと、ならず者の方々が石畳に転がっていく。けれど、転がした端から、次の方が覆いかぶさってくる。両腕に二人ずつしがみつかれて、蛍光の線が、苦しげに明滅した。


 ならず者のひとりが、衛兵の方の脇をすり抜けた。

 ヤスさんの襟首を掴んで、引きずり出す。倉庫の裏の、暗い路地の方へ。


「やめ、やめろ、俺は何も――!」


 ヤスさんの悲鳴が、路地にこだました。

 引きずっている方の手に、刃の欠けた鉈が光っていた。


【コメント】連れてかれる

【コメント】やばい

【コメント】路地の奥に引き込まれたら終わる

【コメント】鉈持ってる

【コメント】スタロ、動けない

【コメント】お嬢!


 わたくしは、日傘の柄を、そっと握り直した。


「スタロ様」

「撃つな!」


 スタロ様は、しがみつく二人を振りほどきながら、叫んだ。


「撃つなって言っただろ! あいつは証人だ!」

「ええ。存じておりますわ」


 わたくしは、引きずられていくヤスさんを見ていた。

 路地の奥の暗がりまで、あと、十歩もない。


「三十秒、お待ちいたしましたわ。スタロ様は、どなたも指さしてはくださいませんでした」

「だから――」

「それに」


 わたくしは、首を傾げた。


「あちらへ連れていかれてしまったら、証人の方は、悪い方々のものになってしまいますわ。それだけは、いけませんもの」


【コメント】は?

【コメント】待って

【コメント】ヤスごと?

【コメント】渡さないために、自分で吹っ飛ばす気だ

【コメント】証人を大切にするって、そういう意味?

【コメント】理屈は通ってる……のか?

【コメント】通ってない

【コメント】通ってるのが一番こわい

【コメント】スタロ、逃げろ


 炭問屋の戸口に、小夜さんが立っていた。


 空の炭袋を胸に抱えたまま、身を乗り出すようにして、路地の先を見ていた。柔らかい目だった。いつでも、わたくしを拒まない目。


 ――石積みの詰所。槍を構えた衛兵の背中。光の線を明滅させて、もみ合う白い影。暗がりへ引きずられていく若者と、鉈の光。


 白。


 白い影は、跳ばなかった。

 光が詰所の前を呑み込んでいくあいだ、スタロ様は、ヤスさんの方へ腕を伸ばしたまま、一歩も退かなかった。その腕の形のまま、光の中に消えた。


 光が引いたとき、路地には、ほとんど誰も立っていなかった。

 石積みの戸口も、衛兵の紋の板も、倉庫の裏の路地の入口も、もうなかった。ヤスさんの悲鳴も、どこにもなかった。


【コメント】

【コメント】スタロ

【コメント】スタロが跳ばなかった

【コメント】ヤスの方に手伸ばしてた

【コメント】初めてだろ、スタロが巻き込まれたの

【コメント】かばおうとしたのか


 光の粒が、昇っていった。

 ならず者の方々の、粒。衛兵の方々の、いくつかの粒。少し大きな、白く光る粒がひとつ。それから、ヤスさんの、小さな粒。


 気づいたときには、詰所は、もうそこにあった。


 白かった。

 石積みの壁は、継ぎ目のない白い壁に変わっていた。衛兵の紋の板は、青白く光る硝子の板になって、戸口の上に浮かんでいた。路地の石畳も、炭問屋の戸口の、すぐ手前まで、つるりとした白に塗り替えられていた。


【コメント】白くなった

【コメント】詰所が

【コメント】港の詰所まで

【コメント】炭問屋の戸口の前まで白い

【コメント】坂の下のときは、雑貨屋の三軒手前で止まったよな

【コメント】今回は、あの子の足もとまで来てる

【コメント】偶然だろ


 白い石畳の上に、関谷様が、ひとりで立っていた。

 路地の入口の、ぎりぎり端で、槍を杖のようについて。


 それから、炭問屋の戸口に、小夜さんが立っていた。

 炭袋を抱きしめたまま、白くなった路地を、目を見開いて見つめていた。


【コメント】隊長、残ってる

【コメント】雑貨屋の子も無事

【コメント】あの子、一番近くで見てたのに

【コメント】起重機のじいさんのときも、ひとりだけ無事だったよな

【コメント】で、今回は雑貨屋の子か

【コメント】やめろよ、その言い方

【コメント】……


 わたくしは、白い石畳を踏んで、炭問屋の戸口まで歩いていった。

 ドレスの裾が、白の上で、かすかに擦れた。


「小夜さん。お怪我はございませんこと?」

「……うん」


 小夜さんは、わたくしの顔を見なかった。

 白い詰所の、青白く光る板を、じっと見上げていた。


「……あの子。ヤス、って子」

「ええ。悪い方々には、お渡ししませんでしたわ」


 小夜さんは、何も言わなかった。

 炭袋を抱く腕に、少しだけ、力が入った。


 関谷様が、槍を杖についたまま、こちらを振り返った。

 長い息を吐いて、白い詰所の、青白く光る板を見上げた。


「……三つ目の鐘、か」


 関谷様は、それだけ言った。


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