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悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


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93/145

第93話鐘の刻のお手紙ですわね

 港の荷揚げ場は、朝から騒がしかった。


 起重機が首を振り、桟橋の船から木箱が吊り上げられていく。その下で、荷を受ける番の方々が声を掛け合っていた。黒い羽織の若い衆が三人、灰色の上着の方々が三人。帳面を片手に、木箱の焼き印を一つずつ読み上げては、交互に印をつけていく。

 以前は、入口で睨み合っていた方々だった。


【コメント】おはよう

【コメント】港、普通に動いてる

【コメント】黒鴉組とカルティエが並んで荷を数えてる

【コメント】組、番に戻ってきてる

【コメント】仮面が見つかるまで下りる、って話じゃなかったっけ

【コメント】串屋の旦那が、両方に頭下げたらしい

【コメント】殴り合いの火種、仲良く並べ直しただけでは

【コメント】あれだけ殴り合ってたのに

【コメント】仲良くはなってない。顔見てみ、目は合わせてない


 確かに、黒い羽織の方と灰色の上着の方は、帳面の端と端を持ったまま、互いの顔を一度も見ていなかった。

 それでも、木箱は、きちんと数えられていた。


「まあ。皆様、お仕事熱心ですこと」


【コメント】お嬢が褒めた

【コメント】嫌な予感はしない、たぶん

【コメント】港の連中、今の聞いて肩が跳ねてたぞ


   *


 倉庫街の方で、呼子笛が短く鳴った。


 角を曲がると、灰色の外套の衛兵の方が二人、若い男の方の両腕を押さえていた。

 日に焼けた、痩せた若者だった。港の日雇いの方々と同じ、すり切れた前掛けをしている。押さえられた腕の袖口から、折りたたんだ紙が一枚、はみ出していた。


 衛兵の方々の後ろに、関谷様が立っていた。

 その隣に、白い影がひとつ。


「……ごきげんよう、スタロ様。こちらにいらしたのですね」

「ああ」


 スタロ様は、こちらを見て、短く頷いただけだった。

 蛍光の線が、いつもより静かに灯っていた。


【コメント】スタロだ

【コメント】坂の下のあと、配信してなかったよな

【コメント】隊長の手伝いしてたのか

【コメント】声、低い

【コメント】まだ引きずってる


 関谷様が、若者の袖から、紙を抜き取った。

 広げる。それから、わたくしにも見えるように、少しだけ傾けた。


  三つ目の鐘。炭問屋。


 それだけだった。

 小さく、几帳面な字だった。


「まあ」


 わたくしは、その字を覗き込んだ。


「鐘の刻のお手紙ですわね。……カンパネッロ様の」


 関谷様の眉が、わずかに動いた。


「知っているのか」

「以前、港で、ラクロワ様に教えていただきましたの。どのお手紙にも、鐘の刻が書いてあると。素敵なお名前ですわよね」

「……素敵かどうかは知らん」


【コメント】カンパネッロ

【コメント】久しぶりに聞いた名前

【コメント】仮面の男の投げ文か

【コメント】お嬢、相変わらず名前だけ褒めてる

【コメント】炭問屋って、この前お嬢が白くしたとこだろ

【コメント】三つ目の鐘、今日の?


 関谷様は、紙を折りたたんで、自分の懐にしまった。

 それから、押さえられたままの若者の前に、しゃがみ込んだ。


「名前は」

「……ヤス」

「ヤス。この紙は、誰から受け取った」


 若者――ヤスさんは、唇を噛んで、黙っていた。

 関谷様は、急かさなかった。しゃがんだまま、じっと待っていた。


「……知らない」


 ようやく、ヤスさんが言った。


「荷揚げのあと、倉庫の裏で、銭と一緒に置いてあるんだ。紙と、銭。紙を、書いてある場所の、戸の隙間に差し込めば、それでいい。誰が置いたかなんて、見たこともない」

「何度目だ」

「……数えてない。ひと月くらい、ずっと」


【コメント】ひと月

【コメント】運び屋か

【コメント】顔も見たことない相手の使い走り

【コメント】日雇いの日当より、そっちの方がいいんだろうな

【コメント】この子、捕まったら終わりじゃん


 関谷様は、しばらくヤスさんの顔を見ていた。

 それから、立ち上がって、衛兵の方々に顎で示した。


「詰所へ連れていけ。乱暴にはするな。……こいつは、運んだだけだ。頼んだ者は、頼んだ者で調べる」


 衛兵の方々が、ヤスさんを立たせた。

 ヤスさんは、引かれるまま、よろよろと歩き出した。一度だけ、振り返った。倉庫の裏の方を。怯えた目だった。


【コメント】隊長、ちゃんと筋通すな

【コメント】頼んだ者は頼んだ者で、前にも言ってた

【コメント】長屋の火事のときの

【コメント】振り返ったぞ、今

【コメント】誰か見てる? 倉庫の裏


 わたくしも、倉庫の裏の方を見た。

 積み上げた空の木箱と、薄暗い路地。誰もいなかった。


 スタロ様が、わたくしの隣に並んだ。

 ヤスさんの背中を見送ったまま、低い声で言った。


「……今日は、撃つなよ」

「まあ。わたくし、まだ何も」

「あいつは証人だ。あいつが喋れば、仮面のやつに届くかもしれない。……頼むから、今日は」


 スタロ様は、そこで言葉を切った。

 何かを言い足そうとして、結局、言わなかった。


【コメント】スタロ、先に釘刺した

【コメント】撃つなよ、のトーンが前と違う

【コメント】坂の下のあとだからな

【コメント】お嬢、撃つ気あったのか

【コメント】あるだろ、いつでも


「承りましたわ。証人の方は、大切にいたしませんと」


 わたくしは、日傘の先で、石畳を軽くつついた。

 スタロ様は、わたくしの顔を、少しだけ長く見ていた。


   *


 詰所へ向かう衛兵の方々の後ろを、少し離れて歩いた。


 倉庫街を抜けると、港の裏の路地に出る。干物、縄、樽の問屋。その一番奥に、白い店先が見えた。継ぎ目のない白い壁に、黒い手形が、いくつもいくつも重なっていた。

 炭問屋だった。


 白い店先の前に、見覚えのある背中があった。

 空の炭袋を小脇に抱えて、炭問屋のご老人と、何か話している。


「……小夜さん?」


【コメント】小夜ちゃんいる

【コメント】炭問屋に

【コメント】お使いか

【コメント】串屋の炭、ここのだって言ってたもんな

【コメント】朝の炭の受け取りかな

【コメント】三つ目の鐘、炭問屋


 小夜さんが、振り返った。

 わたくしに気づいて、炭袋を持った手を、小さく振った。


 港の鐘楼の方から、二つ目の鐘が渡ってきた。


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