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悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


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92/126

第92話閑話 問屋さんは、お店のことですわ

☆ 紫堂万里花視点 ☆


 「明日にしよ」は、結局、三日続いた。


 見なかったわけではない。毎晩、配信のあとにノートパソコンを開いて、検索窓に打ち込んで、日傘の後ろ姿のサムネイルを見て、閉じた。

 見たら、何か言わなきゃいけなくなる気がした。


 その三日のあいだに、質問箱には、同じ趣旨のお便りが二十通、届いていた。


「――『この前の、実践してるけど合ってるか微妙なやつ、まだ見てないんですか』。……はい。まだ見ておりませんわ」


【コメント】正直

【コメント】三日放置

【コメント】マリカ様、逃げてる

【コメント】見よう

【コメント】一緒に見よう

【コメント】初期のやつが一番分かりやすいよ

【コメント】切り抜き貼っていい?


「……わかりました。わたくしも、逃げ回るのはお嬢様らしくございませんもの。皆様と一緒に、拝見いたしますわ」


 紅茶をひと口飲んで、画面を半分に割った。

 片側に、自分。もう片側に、送られてきた切り抜き。


   *


 運河沿いの道だった。

 金髪を左右で縦に巻いた女の子が、日傘を差して歩いている。隣に、背負子を背負った、小柄な女の子。


『尊敬するお方がいらっしゃいますの。そのお方の教えを、実践しているのですわ』

『教え?』

『ええ。たとえば、欲しいものほど、自ら追いかけてはいけない。人を動かしてこそ、お嬢様。人との縁こそ、最大の財産』


 指を折りながら、ひとつずつ。


 私の言葉だった。

 ほとんど、そのままだった。違うのは言い方だけだった。私が言うときより、ずっと背筋が伸びていて、ずっと真剣だった。


【コメント】マリカ様の三大名言

【コメント】完コピ

【コメント】本人より丁寧に言ってる

【コメント】マリカ様、顔


『……それ、恋愛相談の話じゃないの?』


 隣の女の子が、首を傾げた。


「そうなの」


 思わず、素で言っていた。


「そう、恋愛相談なの。追いLINEの話なの」


【コメント】www

【コメント】マリカ様が画面にツッコんでる

【コメント】小夜ちゃんと意見が一致した

【コメント】この子、小夜ちゃんっていうの

【コメント】常識枠


 画面の中で、金髪の女の子は、日傘の柄を握り直した。


『教えというものは、どんな場面にも通じるものですわ。殿方を追いかけない者は、悪党も追いかけない。人を動かせる者は、街も動かせる。本物の言葉というのは、そういうものですの』


 私は、笑うのをやめた。


 特定の場面にしか使えない言葉は、いい言葉じゃない。

 それは、私がいつも思っていることだった。配信で口にしたことは、たぶん、ない。


【コメント】ん

【コメント】マリカ様、止まった

【コメント】今の、ちょっといいこと言ってなかった?

【コメント】騙されるな、この後だぞ


   *


 切り抜きは、そのまま倉庫の前の場面に続いた。


 倉庫の前だった。閉じた鉄扉の前で、小柄な女の子が、日傘の子の袖を引いていた。


『待って。ほんとに待って。……大黒屋のおじさんもいるかもしれないし』


 鉄扉が、細く開く。奥に、柄の悪い男たちが何人もいた。帳場の椅子には、額から血を流した初老の男の人が座らされている。


【コメント】ここ

【コメント】この子、少し前に「問屋さんごと吹き飛ばさないでね」って念押ししてたの

【コメント】ここからだぞ

【コメント】マリカ様、紅茶置いて

【コメント】置いて


 紅茶を置いた。


 画面が、白くなった。

 音が少し遅れて、スピーカーが割れた。


【コメント】ぎゃー

【コメント】知ってても声出る

【コメント】倉庫が

【コメント】倉庫がない

【コメント】マリカ様、固まった


 煙が晴れると、倉庫があった場所には、何もなかった。

 真ん中に、帳場の机がひとつ。その前の椅子に、初老の男の人が、ひとりだけ、座ったままだった。


『問屋さんは、ご無事ですわ』


 日傘の子は、ほっとしたように言った。

 小柄な子が、口を押さえたまま、長いこと黙って、それから絞り出した。


『……問屋さんって、お店のことだよ』


 切り抜きが、終わった。


   *


 しばらく、何も言えなかった。


【コメント】マリカ様?

【コメント】生きてる?

【コメント】放心

【コメント】これが「合ってるとは言ってない」の意味です

【コメント】師匠の顔が見たかった

【コメント】今見てる


「……半歩、ずれてるね」


 やっと出てきたのが、それだった。


「半歩っていうか。……これ、どういう理解なの? 追いかけないから、待つ。そこまでは分かる。人を動かす。うん。……で、なんで倉庫がなくなるの?」


【コメント】それはみんな思ってる

【コメント】師匠にも分からないなら誰にも分からない

【コメント】本人は分かってるんだよ

【コメント】本人の中でだけ、全部つながってる


 本人の中でだけ、全部つながってる。

 そのコメントを、私はしばらく眺めていた。


 あの子は、私の言葉を、ほとんどそのまま覚えていた。

 覚えた上で、私が想像もしなかった場所へ、持っていった。追いLINEの夜からも、職場の先輩からも、ずっと遠い、運河沿いの倉庫の前まで。そこで、自分の頭で考えて、使った。


 考えた答えが、その人の正解。

 三日前、自分でそう言った。


「……まあ」


 私は、紅茶を持ち上げた。もう、ぬるくなっていた。


「わたくしの言葉を、ご自分の場面に置いて、ご自分で考えて、使ってくださった。それは、お茶会の主としては、嬉しいことですわ」


【コメント】嬉しいの!?

【コメント】懐が深い

【コメント】倉庫消えてるんだぞ

【コメント】マリカ様、それでいいのか


「……まあ、ゲームの中だしね」


 素に戻って、付け足した。


「現実で倉庫消したら、それはもう普通に警察だから。みんなは、真似しないように」


【コメント】しないよ

【コメント】できないよ

【コメント】真似できる人がいたら怖い


「ただ、ひとつだけ。この子に伝えられるなら」


 私は、カメラの方に向き直った。

 背筋を伸ばして、いつもの声に戻した。


「問屋さんは、お店のことですわ」


【コメント】wwww

【コメント】そこ!?

【コメント】小夜ちゃん側についた

【コメント】師匠からの最初の指導がそれ

【コメント】でも一番大事なとこではある


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