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悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


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90/122

第90話街のお色直し、ですって?

「号外、号外ー! お嬢が撃てば、街が白くなるー!」


 歓楽街の入口で、甲高い声が跳ねていた。


 瓦版屋のお孫さんだった。墨の匂いのする紙の束を小脇に抱えて、道行く方々の鼻先に、一枚ずつ突きつけている。紙は、飛ぶように売れていた。

 わたくしの姿を見つけると、お孫さんは、一瞬だけ固まった。それから、意を決したように駆け寄ってきて、一枚、差し出した。


「……ご、ご本人には、ただで」

「まあ。よろしいの?」

「じいちゃんが、そうしろって。……代わりに、読んだ顔、見せてくれって」


【コメント】こんにちは

【コメント】瓦版の孫ちゃん

【コメント】たくましくなってる

【コメント】本人の反応を記事にする気だ

【コメント】じいちゃん、商売人だな


 紙には、大きな字で、こう刷ってあった。


  悪辣非道のお嬢様が撃てば、街が白くなる

  石段のふもと、倉庫五棟。港の裏、炭問屋。

  どちらも、お嬢の撃った翌朝――ではなく、その場で。

  次は、どこだ。


 その下に、白い倉庫の前で戸を開け閉めして遊ぶ荷車引きの方々と、白い壁に黒い手形をつけた炭問屋のご老人の絵が、なかなか上手に描いてあった。


「まあ」


 わたくしは、紙を両手で広げて、しばらく眺めた。


「わたくし、街のお色直しをしておりますのね」


【コメント】お色直し

【コメント】言い方

【コメント】前向きすぎる

【コメント】孫ちゃん、今の台詞メモってる

【コメント】明日の見出し決まったな


 お孫さんは、懐から帳面を出して、ものすごい速さで何か書きつけていた。


   *


 歓楽街の真ん中の賭場の前に、人だかりができていた。


 軒先に、大きな板が立てかけてある。板には、白い字で、下町の通りの名前がずらりと並んでいた。坂の上、坂の下、北の長屋、港の大通り、魚河岸、官庁街の石段。それぞれの横に、数字が書き込まれている。


  本日の特別枠 次に白くなるのは、どこか


「――はい、どうもー! 新しい賭け、大人気です!」


 板の前の木箱の上で、ダブルクロス様が、宙に向かって喋っていた。


「本命は港の大通り、倍率二倍! お嬢様が一番よく撃ってるからね! 対抗は坂の上、三倍! 大穴は北の長屋、十二倍……あそこは、お嬢様もう撃ったからね。でも、何があるか分からないのが賭けだよ!」


【コメント】ダブクロ、もう賭けにしてる

【コメント】仕事が早い

【コメント】北の長屋が大穴なの、なんか嫌だな

【コメント】あそこ、まだ焼け跡なんだぞ

【コメント】白くなったら、母子の家が戻るのでは

【コメント】いや、NPCが燃やしたのは戻らないんだって

【コメント】白くなる、と戻る、は別なのか?

【コメント】知らん


 ダブルクロス様が、人垣の中のわたくしに気づいた。

 木箱から、ひらりと飛び降りる。


「あ、お嬢様。ちょうどよかった。……次、どこ撃つ予定?」

「予定は、ございませんわ」

「ないの?」

「悪い方がいらっしゃるところですもの。悪い方のご予定は、わたくしには分かりませんわ」


 ダブルクロス様は、きょとんとして、それから吹き出した。


「そりゃそうだ。――みんな、聞いた? お嬢様は、悪い奴がいるところを撃つ。つまり、悪い奴が多いところに張れってこと! 港の大通り、さらに人気!」


【コメント】情報を賭けに変換するな

【コメント】お嬢の発言で倍率動いた

【コメント】港の大通りの悪党、今ごろ震えてる

【コメント】いや、悪党も張ってそう

【コメント】自分の縄張りが白くなる方に張る悪党


 わたくしが人垣を離れかけたとき、背中の方で、ダブルクロス様の声の調子が、少しだけ変わった。


「――でさ。キミらさぁ、ちょっとお行儀良すぎない?」


 振り返ると、ダブルクロス様は、また木箱の上に戻って、宙に向かって首を傾げていた。


「うちの賭場の決まりって、三つだけだよ? 賭け金はちゃんと払う。配当はちゃんと受け取る。微妙な結果のときは、胴元の判定に納得する。……それだけ。荒っぽいことは禁止してないの。してないのに、やる人、ほとんどいないんだよねえ」


 金色のサイコロが、指先で、ころりと転がった。


「当てる気、ある?」


 人垣が、しんとした。

 ダブルクロス様は、肩をすくめて笑った。それから、誰に聞かせるでもない小さな声で、付け足した。


「……ま、壊したからって、白くなるとは限らないけどね」


【コメント】は?

【コメント】今の、煽ってるよな

【コメント】壊せとは言ってない

【コメント】言ってないけど、言ってる

【コメント】禁止してない、の一言で全部伝わる

【コメント】最後のボソッと、何

【コメント】白くならないかもって知ってて、張らせる気か

【コメント】胴元は、どっちに転んでも場代

【コメント】こいつが一番悪い


   *


 港の裏の路地に、スタロ様がいた。


 炭問屋の向かいの、白い壁一枚の前だった。腕を組んで、その壁を、じっと見上げている。壁の前の地面に、空の桶と、使い古したたわしが転がっていた。


「ごきげんよう、スタロ様。お掃除ですの?」

「……落書き、消してたんだよ。この塀、あちこちに字を書かれてたから」


 スタロ様は、たわしを拾い上げて、白い壁を顎で示した。


「この板にも、書いてあった。真ん中の一枚」

「まあ。でしたら、もう消えておりますわね」

「消えてる。……白くなったから」


 スタロ様は、しばらく黙って、壁を見ていた。


「お前、ここ撃ってないよな」

「ええ。こちらへ伺ったのは、昨日が初めてですわ」

「だよな。……この塀、守る会と狩人が殴り合った夜に、ここで割れたんだ。俺、止めに来てた。誰かが、誰かを塀に叩きつけて、板が一枚、真ん中から割れて。……割れたと思ったら、もう白かった」


 スタロ様は、たわしの毛を、指でしごいた。


「暗かったし、止めるので手一杯だった。見間違いだと思ってた。……明るいとこで見たら、見間違いじゃなかった」


【コメント】スタロ、現場にいたのか

【コメント】賭けの初日の夜のやつか

【コメント】三か所で殴り合いがあったって言ってたな

【コメント】じゃあこの壁はお嬢じゃない

【コメント】お嬢じゃないのに白い


 スタロ様は、たわしを指で回しながら、言葉を探すように、少しずつ続けた。


「石段の下も、炭屋も、ここも。全部、壊れたとこだ。壊れて、戻るときに、白くなってる。……お前は、一番よく壊すから、一番よく白くする。それだけ、なのかもしれない」


 スタロ様は、こちらを向いた。

 兜の隙間から、まっすぐに。


「だから、お前のせいじゃないかもしれない」


 わたくしは、首を傾げた。


「わたくし、悪いことは何もしておりませんもの。せいも何も、ございませんわ」

「……そういう話を、してるんじゃないんだよ」


 スタロ様は、深く息を吐いて、たわしを桶に放り込んだ。


【コメント】w

【コメント】噛み合わない

【コメント】スタロ、いいとこまで行ってた

【コメント】「壊れたとこが白くなる」、これ核心では

【コメント】でも市の屋台は壊れても白くならなかったぞ

【コメント】じゃあ壊れただけじゃダメなのか

【コメント】スタロの話、お嬢には一ミリも届いてない


「それとさ」


 スタロ様は、バケツを持ち上げて、路地の入口の方を見た。

 表の通りから、さっきの賭場の呼び込みの声が、かすかに聞こえていた。


「壊れたとこが白くなる、って噂が広まったら……わざと壊す奴が出る。白い建物、物珍しいし、賭けもあるし」

「まあ。人様のお家を、わざと壊すなんて」


 わたくしは、日傘の柄に、そっと指をかけた。


「それは、悪い方のなさることですわ」


 スタロ様は、わたくしの指先を見た。

 それから、もう一度、深く息を吐いた。


「……頼むから、そうなったら、まず俺を呼べ」


【コメント】スタロ、先回りしてる

【コメント】嫌な予感しかしない

【コメント】わざと壊す奴、絶対出る

【コメント】もう出てる。掲示板に「試してみた」スレ立ってる

【コメント】は?


   *


 その夜、拠点の自室に戻って、配信を閉じる少し前、視界の端に、ひとつの書き込みが流れてきた。


【コメント】坂の下で、樽ぶっ壊してみた奴いるらしい。白くならなかったって

【コメント】そりゃそうだろ

【コメント】樽ひとつじゃ足りないんじゃね

【コメント】じゃあ、もっとでかいのを壊せばいいのか

【コメント】やめろ


 わたくしは、その書き込みを、しばらく眺めていた。

 それから、ティーカップを置いた。


「皆様。本日は、これにて失礼いたしますわ。……明日は、坂の下の方を見回ってまいりますわね」


【コメント】あ

【コメント】坂の下

【コメント】行くのか

【コメント】ダブクロの板、坂の下の倍率が今動いた


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