第90話街のお色直し、ですって?
「号外、号外ー! お嬢が撃てば、街が白くなるー!」
歓楽街の入口で、甲高い声が跳ねていた。
瓦版屋のお孫さんだった。墨の匂いのする紙の束を小脇に抱えて、道行く方々の鼻先に、一枚ずつ突きつけている。紙は、飛ぶように売れていた。
わたくしの姿を見つけると、お孫さんは、一瞬だけ固まった。それから、意を決したように駆け寄ってきて、一枚、差し出した。
「……ご、ご本人には、ただで」
「まあ。よろしいの?」
「じいちゃんが、そうしろって。……代わりに、読んだ顔、見せてくれって」
【コメント】こんにちは
【コメント】瓦版の孫ちゃん
【コメント】たくましくなってる
【コメント】本人の反応を記事にする気だ
【コメント】じいちゃん、商売人だな
紙には、大きな字で、こう刷ってあった。
悪辣非道のお嬢様が撃てば、街が白くなる
石段のふもと、倉庫五棟。港の裏、炭問屋。
どちらも、お嬢の撃った翌朝――ではなく、その場で。
次は、どこだ。
その下に、白い倉庫の前で戸を開け閉めして遊ぶ荷車引きの方々と、白い壁に黒い手形をつけた炭問屋のご老人の絵が、なかなか上手に描いてあった。
「まあ」
わたくしは、紙を両手で広げて、しばらく眺めた。
「わたくし、街のお色直しをしておりますのね」
【コメント】お色直し
【コメント】言い方
【コメント】前向きすぎる
【コメント】孫ちゃん、今の台詞メモってる
【コメント】明日の見出し決まったな
お孫さんは、懐から帳面を出して、ものすごい速さで何か書きつけていた。
*
歓楽街の真ん中の賭場の前に、人だかりができていた。
軒先に、大きな板が立てかけてある。板には、白い字で、下町の通りの名前がずらりと並んでいた。坂の上、坂の下、北の長屋、港の大通り、魚河岸、官庁街の石段。それぞれの横に、数字が書き込まれている。
本日の特別枠 次に白くなるのは、どこか
「――はい、どうもー! 新しい賭け、大人気です!」
板の前の木箱の上で、ダブルクロス様が、宙に向かって喋っていた。
「本命は港の大通り、倍率二倍! お嬢様が一番よく撃ってるからね! 対抗は坂の上、三倍! 大穴は北の長屋、十二倍……あそこは、お嬢様もう撃ったからね。でも、何があるか分からないのが賭けだよ!」
【コメント】ダブクロ、もう賭けにしてる
【コメント】仕事が早い
【コメント】北の長屋が大穴なの、なんか嫌だな
【コメント】あそこ、まだ焼け跡なんだぞ
【コメント】白くなったら、母子の家が戻るのでは
【コメント】いや、NPCが燃やしたのは戻らないんだって
【コメント】白くなる、と戻る、は別なのか?
【コメント】知らん
ダブルクロス様が、人垣の中のわたくしに気づいた。
木箱から、ひらりと飛び降りる。
「あ、お嬢様。ちょうどよかった。……次、どこ撃つ予定?」
「予定は、ございませんわ」
「ないの?」
「悪い方がいらっしゃるところですもの。悪い方のご予定は、わたくしには分かりませんわ」
ダブルクロス様は、きょとんとして、それから吹き出した。
「そりゃそうだ。――みんな、聞いた? お嬢様は、悪い奴がいるところを撃つ。つまり、悪い奴が多いところに張れってこと! 港の大通り、さらに人気!」
【コメント】情報を賭けに変換するな
【コメント】お嬢の発言で倍率動いた
【コメント】港の大通りの悪党、今ごろ震えてる
【コメント】いや、悪党も張ってそう
【コメント】自分の縄張りが白くなる方に張る悪党
わたくしが人垣を離れかけたとき、背中の方で、ダブルクロス様の声の調子が、少しだけ変わった。
「――でさ。キミらさぁ、ちょっとお行儀良すぎない?」
振り返ると、ダブルクロス様は、また木箱の上に戻って、宙に向かって首を傾げていた。
「うちの賭場の決まりって、三つだけだよ? 賭け金はちゃんと払う。配当はちゃんと受け取る。微妙な結果のときは、胴元の判定に納得する。……それだけ。荒っぽいことは禁止してないの。してないのに、やる人、ほとんどいないんだよねえ」
金色のサイコロが、指先で、ころりと転がった。
「当てる気、ある?」
人垣が、しんとした。
ダブルクロス様は、肩をすくめて笑った。それから、誰に聞かせるでもない小さな声で、付け足した。
「……ま、壊したからって、白くなるとは限らないけどね」
【コメント】は?
【コメント】今の、煽ってるよな
【コメント】壊せとは言ってない
【コメント】言ってないけど、言ってる
【コメント】禁止してない、の一言で全部伝わる
【コメント】最後のボソッと、何
【コメント】白くならないかもって知ってて、張らせる気か
【コメント】胴元は、どっちに転んでも場代
【コメント】こいつが一番悪い
*
港の裏の路地に、スタロ様がいた。
炭問屋の向かいの、白い壁一枚の前だった。腕を組んで、その壁を、じっと見上げている。壁の前の地面に、空の桶と、使い古したたわしが転がっていた。
「ごきげんよう、スタロ様。お掃除ですの?」
「……落書き、消してたんだよ。この塀、あちこちに字を書かれてたから」
スタロ様は、たわしを拾い上げて、白い壁を顎で示した。
「この板にも、書いてあった。真ん中の一枚」
「まあ。でしたら、もう消えておりますわね」
「消えてる。……白くなったから」
スタロ様は、しばらく黙って、壁を見ていた。
「お前、ここ撃ってないよな」
「ええ。こちらへ伺ったのは、昨日が初めてですわ」
「だよな。……この塀、守る会と狩人が殴り合った夜に、ここで割れたんだ。俺、止めに来てた。誰かが、誰かを塀に叩きつけて、板が一枚、真ん中から割れて。……割れたと思ったら、もう白かった」
スタロ様は、たわしの毛を、指でしごいた。
「暗かったし、止めるので手一杯だった。見間違いだと思ってた。……明るいとこで見たら、見間違いじゃなかった」
【コメント】スタロ、現場にいたのか
【コメント】賭けの初日の夜のやつか
【コメント】三か所で殴り合いがあったって言ってたな
【コメント】じゃあこの壁はお嬢じゃない
【コメント】お嬢じゃないのに白い
スタロ様は、たわしを指で回しながら、言葉を探すように、少しずつ続けた。
「石段の下も、炭屋も、ここも。全部、壊れたとこだ。壊れて、戻るときに、白くなってる。……お前は、一番よく壊すから、一番よく白くする。それだけ、なのかもしれない」
スタロ様は、こちらを向いた。
兜の隙間から、まっすぐに。
「だから、お前のせいじゃないかもしれない」
わたくしは、首を傾げた。
「わたくし、悪いことは何もしておりませんもの。せいも何も、ございませんわ」
「……そういう話を、してるんじゃないんだよ」
スタロ様は、深く息を吐いて、たわしを桶に放り込んだ。
【コメント】w
【コメント】噛み合わない
【コメント】スタロ、いいとこまで行ってた
【コメント】「壊れたとこが白くなる」、これ核心では
【コメント】でも市の屋台は壊れても白くならなかったぞ
【コメント】じゃあ壊れただけじゃダメなのか
【コメント】スタロの話、お嬢には一ミリも届いてない
「それとさ」
スタロ様は、バケツを持ち上げて、路地の入口の方を見た。
表の通りから、さっきの賭場の呼び込みの声が、かすかに聞こえていた。
「壊れたとこが白くなる、って噂が広まったら……わざと壊す奴が出る。白い建物、物珍しいし、賭けもあるし」
「まあ。人様のお家を、わざと壊すなんて」
わたくしは、日傘の柄に、そっと指をかけた。
「それは、悪い方のなさることですわ」
スタロ様は、わたくしの指先を見た。
それから、もう一度、深く息を吐いた。
「……頼むから、そうなったら、まず俺を呼べ」
【コメント】スタロ、先回りしてる
【コメント】嫌な予感しかしない
【コメント】わざと壊す奴、絶対出る
【コメント】もう出てる。掲示板に「試してみた」スレ立ってる
【コメント】は?
*
その夜、拠点の自室に戻って、配信を閉じる少し前、視界の端に、ひとつの書き込みが流れてきた。
【コメント】坂の下で、樽ぶっ壊してみた奴いるらしい。白くならなかったって
【コメント】そりゃそうだろ
【コメント】樽ひとつじゃ足りないんじゃね
【コメント】じゃあ、もっとでかいのを壊せばいいのか
【コメント】やめろ
わたくしは、その書き込みを、しばらく眺めていた。
それから、ティーカップを置いた。
「皆様。本日は、これにて失礼いたしますわ。……明日は、坂の下の方を見回ってまいりますわね」
【コメント】あ
【コメント】坂の下
【コメント】行くのか
【コメント】ダブクロの板、坂の下の倍率が今動いた




