↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
89/92

第89話三十秒で、お済みになりましたの?

 石段のふもとの白い倉庫は、すっかり荷置き場になっていた。


 石段のふもとを通りかかったとき、ちらりと覗いた。白い壁の前に、荷車が六台、行儀よく並んでいる。戸に触れると横に開くのが面白いのか、荷車引きの方々が、用もないのに何度も開け閉めしていた。そのたびに、昨日のおじいさんが「壊れる、壊れる」と怒鳴っていた。


【コメント】こんにちは

【コメント】倉庫、もう普通に使われてる

【コメント】NPCの順応力

【コメント】戸の開け閉めで遊ぶじいさんたち

【コメント】壊れるって言ってるじいさんが一番使い倒してる

【コメント】港の裏の白い壁、見に行った奴いる?

【コメント】行った。ほんとに壁一枚だけ白い。隣の壁は普通の板

【コメント】気持ち悪いな、それ


「本日は、港の方を見回ってまいりますわ」


 わたくしは、白い倉庫の前を通り過ぎた。

 坂を下りて、港へ。


   *


 港の裏の路地は、炭の匂いがした。


 倉庫街の一本裏。荷揚げ場の喧騒が遠く聞こえる、細い道だった。両側に、軒の低い問屋が並んでいる。干物、縄、樽。その一番奥に、黒々とした炭俵を軒先まで積み上げた店があった。

 その向かいに、白い壁が一枚、立っていた。


 古い板塀の続きの、ちょうど真ん中。そこだけ、継ぎ目のない白だった。左右の黒ずんだ板に挟まれて、まるで誰かが白い紙を一枚、貼りつけたように見えた。


【コメント】あれだ

【コメント】ほんとに一枚だけ

【コメント】しかも何も壊れた形跡ないのに

【コメント】いや、前にここでプレイヤーが殴り合ってたらしい

【コメント】守る会と狩人がやり合った夜だろ

【コメント】じゃあ、そのときに壊れたのが白く戻ったのか


 炭問屋の軒先で、小柄なおじいさんが、炭俵を数えていた。

 前掛けも顔も、炭で真っ黒だった。わたくしに気づくと、眉をひそめた。


「……あんた、あの、お嬢さんか」

「ごきげんよう。こちらは、炭のお店ですの?」

「見りゃ分かるだろう。下町の炭は、半分はうちのだ。串屋の旦那も、この頃はうちから取ってる。前は運河の向こうから引いてたらしいがな」


 おじいさんは、炭俵を叩いた。

 それから、向かいの白い壁を、気味悪そうに顎で示した。


「あれが生えてから、客がひとつ減った。気味が悪いってな。……あんたが撃ったのかい」

「いいえ。わたくし、こちらへ伺うのは初めてですわ」

「そうかい」


 おじいさんは、信じたのか信じていないのか分からない顔で、また炭俵を数えはじめた。


【コメント】串屋の炭、ここのなのか

【コメント】お嬢、珍しく濡れ衣

【コメント】いや、これは本当に撃ってない

【コメント】撃ってないのに疑われるの、新鮮

【コメント】日頃の行い


 そのときだった。


 路地の入口の方から、足音が四つ、駆け込んできた。

 革の外套に、目元を隠す布。手には、短剣と、空の麻袋。四人は、炭問屋の前で足を止めた。

 四つの頭の上に、赤い札が、揃って浮かんでいた。


 先頭の男が、こちらを見た。

 わたくしの顔と、日傘とを。それから、にやりと笑った。


「――おっと。お嬢様が、いらっしゃる」


 男は、懐から、小さな砂時計を取り出した。

 手のひらに乗るほどの、硝子の砂時計。それを、炭俵の上に、とん、と置いた。


「知ってるぜ。お嬢様は、三十秒、待ってくださるんだろ? スターライトロードが来るまで。……スタロは今、北の原っぱで試合の立ち会い中。三十秒じゃ、絶対に来れねえ」


 砂が、落ちはじめた。


「三十秒あれば、十分だ。――やれ!」


【コメント】は?

【コメント】砂時計!?

【コメント】三十秒ルール、悪用された

【コメント】頭いいな!?

【コメント】お嬢の約束を逆手に取ってる

【コメント】配信で何回も見てるもんな、三十秒

【コメント】スタロの居場所まで調べてきてる

【コメント】計画的犯行すぎる

【コメント】こいつら、賞金首ランキング一位の倉庫破りじゃね?

【コメント】石段の下でお嬢に吹っ飛ばされた三人もこいつらだろ、一人増えてる

【コメント】懲りてねえ


 三人が、炭問屋の中へなだれ込んだ。

 おじいさんが、短剣を突きつけられて、帳場の奥へ押し込まれる。銭箱がこじ開けられる音。炭俵が蹴倒されて、黒い粉が軒先に舞い上がった。


 わたくしは、日傘を開いた。

 砂時計の砂が、細く、細く、落ちていく。


「まあ」


 思わず、声が出た。


「わたくしのお約束を、そこまでご存じでいらっしゃるなんて」

「有名だからなぁ!」


 男は、砂時計の脇に立って、腕を組んだ。


「三十秒、待ってもらうぜ。お嬢様は、約束は破らねえんだろ?」

「ええ。破りませんわ」


【コメント】破らないって言った

【コメント】ほんとに待つのか

【コメント】いやでも、三十秒経ったら撃つぞこの人

【コメント】三十秒で逃げ切れる計算なんだろ

【コメント】路地、長いぞ。三十秒で抜けられるか?


 店の中から、麻袋が放り出された。

 ひとつ。ふたつ。銭の詰まった重い音。外の男が、それを肩に担ぐ。


 砂が、半分を切った。


 店の中の三人が、飛び出してきた。

 炭の粉で、頭から真っ黒になっている。麻袋を担いだ四人が、そろって路地の奥へ走り出した。入口ではなく、奥。荷揚げ場へ抜ける細い抜け道の方へ。


「じゃあな、お嬢様! 約束どおり、三十秒!」


 男は、走りながら振り返って、手を振った。

 砂時計は、炭俵の上に置いたままだった。


 抜け道の入口には、空の樽が、両側から迫り出すように積まれていた。

 人ひとりが、横向きにやっと通れるほどの隙間。銭の詰まった麻袋を担いだ四人が、そこへ一度に押しかけて、肩と袋をぶつけ合った。


「押すな!」

「袋が引っかかってんだよ!」


【コメント】逃げた

【コメント】詰まってる

【コメント】麻袋、でかすぎ

【コメント】強盗の計画、出口の幅まで計算してなかった

【コメント】砂、あと少し


 帳場の奥から、おじいさんがよろめき出てきた。

 顔の炭の上に、汗の筋が流れている。おじいさんは、軒先の柱にすがって、十歩ほど先の抜け道の入口を、まっすぐに睨みつけていた。


 砂が、落ちきった。


 ――積まれた樽の隙間。そこで押し合う、炭で真っ黒の四つの背中。肩の上の麻袋。


 白。


 路地の奥が、ごっそりと、なくなった。


 抜け道も、樽も、両脇の問屋の軒も。麻袋の口から零れた銭が、白の中でちらちらと光って、そのまま一緒に昇っていった。

 炭問屋の店先も、半分ほど。蹴倒された炭俵の山も。


 光の粒が、四つ。


【コメント】

【コメント】三十秒ちょうど

【コメント】約束は守った

【コメント】守ったうえで撃った

【コメント】三十秒で逃げ切れる距離じゃなかった

【コメント】砂時計、置いてったのが運の尽き

【コメント】炭問屋も半分いった


「三十秒で、お済みになりましたの?」


 わたくしは、炭俵の上の砂時計を、指先でそっとひっくり返した。

 砂が、また落ちはじめた。


「お済みになったのでしたら、よろしゅうございましたわ」


【コメント】ひっくり返すな

【コメント】二周目始めるな

【コメント】こわ

【コメント】あの砂時計、誰が片付けるんだ

【コメント】約束の使い方、上級者すぎる


 炭の粉が、ゆっくりと晴れていく。


 えぐれた路地の向こうに、もう、炭問屋の店先が建っていた。


 白かった。

 黒々とした軒も、炭で煤けた柱もない。継ぎ目のない白い壁と、硝子の戸口。戸口の脇に、蹴倒されたはずの炭俵が、きちんと積み直されて並んでいた。

 抜け道の奥の問屋の軒も、二軒ぶん、同じ白に変わっていた。


【コメント】白くなった

【コメント】また

【コメント】二か所目

【コメント】いや三か所目か、壁も入れたら

【コメント】炭問屋が白い

【コメント】炭俵は戻ってる

【コメント】お嬢が撃つと白くなる、確定では


 おじいさんが、柱にすがったまま、自分の店を見上げていた。

 それから、白い壁に、真っ黒な手のひらを、そっと当てた。


 手を離すと、白い壁に、くっきりと黒い手形が残った。


「……炭屋の壁が、白くてどうするんだ」


【コメント】www

【コメント】それはそう

【コメント】炭屋に一番向いてない壁

【コメント】手形くっきり

【コメント】じいさん、明日から毎日拭くのか


 わたくしは、日傘を差し直して、路地の出口へ足を向けた。

 炭俵の上では、砂時計の砂が、まだ落ち続けていた。


 おじいさんは、黒い手形と、わたくしの背中とを、順番に見た。

 何も言わなかった。


 ただ、ずいぶん長いあいだ、向かいの白い壁一枚と、自分の白い店とを、見比べていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。