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悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


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88/92

第88話閑話 戻るって、何に

☆ 考察配信視点 ☆


「はい、どうも。港の目利き、クマです。……同時視聴、二千四百」

「しじみです。倍になったね」

「倍になったな。俺は何もしてないのに」


 薄暗い部屋に、机がひとつ。映像の窓が、今夜は三つ浮かんでいる。

 くたびれた外套の中年男と、髪を短く刈った若い女。顔の前には、いつもの熊と蜆の札。


「今夜は一本だけ。石段のふもとの、白い倉庫。……先に言っとくぞ」

「全部、憶測だから」

「しじみ、だから先に言うな」


【コメント】待ってた

【コメント】二千四百

【コメント】今いちばん熱い話題

【コメント】掲示板、白い倉庫のスレだけで六本立ってる

【コメント】おっさんなら何か分かると思って来た


「最初に断っとく。何か分かると思って来た奴、すまん。分からん。分からんことを、分からんまま並べる回だ」


 男は、窓のひとつを引き寄せた。

 お嬢様の配信の切り抜き。石段の下の道と、黒ずんだ板壁の倉庫が五棟。日傘の後ろ姿。


「まず、爆発。ここはいつも通り。倉庫五棟、荷車ごと。光の粒が三つ」

「いつも通りって言えちゃうのが、もう嫌だよね」

「で、問題はここから。コマ送りにする」


 窓の中の映像が、一コマずつ進んでいく。

 えぐれた土。ちぎれた柵。日傘を閉じかける手。


 次のコマで、白い箱が五つ、並んでいた。


【コメント】ここ

【コメント】何回見ても気持ち悪い

【コメント】一コマで変わってる

【コメント】あいだのコマは?


「あいだのコマは、ない」


 男は、二つのコマを、左右に並べた。


「普通、何かが建つときは、途中がある。壁が下から積み上がるとか、光が集まって形になるとか。ゲームなんだから、演出のひとつくらいあってもいい。……それが、ない。土のコマの次が、もう建物のコマだ」

「建てたんじゃなくて、差し替えたみたい」

「そう見える。見えるだけだぞ」


【コメント】差し替え

【コメント】画像の差し替えみたいってことか

【コメント】怖い言い方するなよ

【コメント】でもそうとしか見えない


「で、説が三つ出てる。掲示板から拾ってきた。順番にいく」


 女が、二つ目の窓を引き寄せた。

 白い文字で、箇条書きが三行。


  一、運営のアップデート

  二、お嬢の爆破のせい

  三、上層が下町を買い取った


「一つ目。運営のアップデート」

「問い合わせた人の答えが、『仕様です』」

「仕様、って言われたら、そりゃ仕様なんだろう。ただ、アップデートのお知らせは出てない。いつもなら、細かい修正でも出る」

「出てないね。私も見た」


【コメント】仕様です、は何も言ってないのと同じ

【コメント】運営イベントの前触れでは

【コメント】お知らせ出さないイベント、怪しすぎる


「二つ目。お嬢のせい」


 男は、三つ目の窓を引き寄せた。

 歓楽街の市。吊るされた日傘が、白の中で花びらのように舞う。


「次の日。お嬢は、歓楽街の市でも撃ってる。屋台三つ。……こっちは、白くならなかった。普通に、えぐれて、普通に、次の日に戻った」

「同じ人の、同じ爆発で、片方だけ」

「だから、爆発のせい、とは言い切れない。少なくとも、爆発だけのせいじゃない」

「場所だよね」

「たぶんな。……たぶんだぞ」


【コメント】日傘の舞い方、きれいだった

【コメント】そこじゃない

【コメント】やっぱお嬢の新技じゃないのか

【コメント】新技なら市でも出るだろ

【コメント】お嬢がいなきゃ、そもそも壊れてないけどな

【コメント】それは、そう


「三つ目。上層の買い取り」

「これは、もう答えが出てる」


 女が、窓をひとつ閉じた。


「下町の代表の、串屋の旦那が、その晩のうちに上と話をつけてきた。境目は元のまま。白いところも、下町」

「一晩で、な」

「一晩で。関谷さんが掛け合って、ひと月って言われてたやつ」


「……代表ってのは、そういうもんなんだろう。上と話す窓口ができた。それだけの話だ。褒める話だ、これは」


【コメント】串屋、有能

【コメント】あの人が代表でよかった

【コメント】ありがたいことです、の切り抜き見た?

【コメント】見た 白い壁に手当ててた

【コメント】あの人、本当に下町が好きなんだな


「で。三つとも、決め手がない」

「ないね」

「ないから、別の方から見る。……しじみ、行ってきたんだろ」


 女が、こくりと頷いた。


「行ってきた。昨日の夜と、今朝。中にも入った」

「どうだった」

「なんにもない。ほんとに、なんにもない。真っ白な部屋。窓が光ってて、戸に触ると横に開く。上層の官庁街の建物と、手触りまで同じ」

「上と、同じ」

「同じ。……でもね、ひとつだけ、気になったのがあって」


 女は、少しだけ声を落とした。


「荷車引きのおじいさんの、浮く台。あれも見せてもらった。あれ、荷車だったときと、荷台の幅が同じなの。積んであった木箱の数も、並べ方も、同じ。おじいさんが言うには、木箱の中身も、そのまま」

「……つまり」

「壊れる前のものが、なくなったわけじゃないんだよ。ちゃんと、戻ってきてる。戻ってきてるんだけど」


 女は、言葉を探すように、宙を見た。


「戻るって、何に戻るんだろうね」


【コメント】……

【コメント】ぞわっとした

【コメント】戻ってきてるけど、元の形じゃない

【コメント】リセットって、元に戻ることだと思ってた

【コメント】いや、元に戻ることだろ普通

【コメント】普通は、な


 男は、しばらく何も言わなかった。

 二つ並べたコマを、黙って見ていた。黒い土のコマと、白い箱のコマを。


「――はい。今夜はここまで」

「え、締めるの?」

「締める。これ以上は、言ったら全部、憶測になる」


【コメント】おっさん、今日いちばん踏み込まなかった

【コメント】踏み込めないんだろ、分からなすぎて

【コメント】うちの近所の路地も、一か所白くなってたんだけど

【コメント】え、どこ

【コメント】港の裏。壁一枚だけ

【コメント】見間違いじゃね


「見間違いかもしれん。見間違いじゃないかもしれん。……確かめてから言え。確かめたら、教えてくれ」


 男は、熊の札の位置を直した。


「いつもの締めだ。憶測、信じるな」

「おやすみなさい」


 窓が、ひとつずつ閉じていった。

 最後まで残ったのは、黒い土のコマだった。


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