第88話閑話 戻るって、何に
☆ 考察配信視点 ☆
「はい、どうも。港の目利き、クマです。……同時視聴、二千四百」
「しじみです。倍になったね」
「倍になったな。俺は何もしてないのに」
薄暗い部屋に、机がひとつ。映像の窓が、今夜は三つ浮かんでいる。
くたびれた外套の中年男と、髪を短く刈った若い女。顔の前には、いつもの熊と蜆の札。
「今夜は一本だけ。石段のふもとの、白い倉庫。……先に言っとくぞ」
「全部、憶測だから」
「しじみ、だから先に言うな」
【コメント】待ってた
【コメント】二千四百
【コメント】今いちばん熱い話題
【コメント】掲示板、白い倉庫のスレだけで六本立ってる
【コメント】おっさんなら何か分かると思って来た
「最初に断っとく。何か分かると思って来た奴、すまん。分からん。分からんことを、分からんまま並べる回だ」
男は、窓のひとつを引き寄せた。
お嬢様の配信の切り抜き。石段の下の道と、黒ずんだ板壁の倉庫が五棟。日傘の後ろ姿。
「まず、爆発。ここはいつも通り。倉庫五棟、荷車ごと。光の粒が三つ」
「いつも通りって言えちゃうのが、もう嫌だよね」
「で、問題はここから。コマ送りにする」
窓の中の映像が、一コマずつ進んでいく。
えぐれた土。ちぎれた柵。日傘を閉じかける手。
次のコマで、白い箱が五つ、並んでいた。
【コメント】ここ
【コメント】何回見ても気持ち悪い
【コメント】一コマで変わってる
【コメント】あいだのコマは?
「あいだのコマは、ない」
男は、二つのコマを、左右に並べた。
「普通、何かが建つときは、途中がある。壁が下から積み上がるとか、光が集まって形になるとか。ゲームなんだから、演出のひとつくらいあってもいい。……それが、ない。土のコマの次が、もう建物のコマだ」
「建てたんじゃなくて、差し替えたみたい」
「そう見える。見えるだけだぞ」
【コメント】差し替え
【コメント】画像の差し替えみたいってことか
【コメント】怖い言い方するなよ
【コメント】でもそうとしか見えない
「で、説が三つ出てる。掲示板から拾ってきた。順番にいく」
女が、二つ目の窓を引き寄せた。
白い文字で、箇条書きが三行。
一、運営のアップデート
二、お嬢の爆破のせい
三、上層が下町を買い取った
「一つ目。運営のアップデート」
「問い合わせた人の答えが、『仕様です』」
「仕様、って言われたら、そりゃ仕様なんだろう。ただ、アップデートのお知らせは出てない。いつもなら、細かい修正でも出る」
「出てないね。私も見た」
【コメント】仕様です、は何も言ってないのと同じ
【コメント】運営イベントの前触れでは
【コメント】お知らせ出さないイベント、怪しすぎる
「二つ目。お嬢のせい」
男は、三つ目の窓を引き寄せた。
歓楽街の市。吊るされた日傘が、白の中で花びらのように舞う。
「次の日。お嬢は、歓楽街の市でも撃ってる。屋台三つ。……こっちは、白くならなかった。普通に、えぐれて、普通に、次の日に戻った」
「同じ人の、同じ爆発で、片方だけ」
「だから、爆発のせい、とは言い切れない。少なくとも、爆発だけのせいじゃない」
「場所だよね」
「たぶんな。……たぶんだぞ」
【コメント】日傘の舞い方、きれいだった
【コメント】そこじゃない
【コメント】やっぱお嬢の新技じゃないのか
【コメント】新技なら市でも出るだろ
【コメント】お嬢がいなきゃ、そもそも壊れてないけどな
【コメント】それは、そう
「三つ目。上層の買い取り」
「これは、もう答えが出てる」
女が、窓をひとつ閉じた。
「下町の代表の、串屋の旦那が、その晩のうちに上と話をつけてきた。境目は元のまま。白いところも、下町」
「一晩で、な」
「一晩で。関谷さんが掛け合って、ひと月って言われてたやつ」
「……代表ってのは、そういうもんなんだろう。上と話す窓口ができた。それだけの話だ。褒める話だ、これは」
【コメント】串屋、有能
【コメント】あの人が代表でよかった
【コメント】ありがたいことです、の切り抜き見た?
【コメント】見た 白い壁に手当ててた
【コメント】あの人、本当に下町が好きなんだな
「で。三つとも、決め手がない」
「ないね」
「ないから、別の方から見る。……しじみ、行ってきたんだろ」
女が、こくりと頷いた。
「行ってきた。昨日の夜と、今朝。中にも入った」
「どうだった」
「なんにもない。ほんとに、なんにもない。真っ白な部屋。窓が光ってて、戸に触ると横に開く。上層の官庁街の建物と、手触りまで同じ」
「上と、同じ」
「同じ。……でもね、ひとつだけ、気になったのがあって」
女は、少しだけ声を落とした。
「荷車引きのおじいさんの、浮く台。あれも見せてもらった。あれ、荷車だったときと、荷台の幅が同じなの。積んであった木箱の数も、並べ方も、同じ。おじいさんが言うには、木箱の中身も、そのまま」
「……つまり」
「壊れる前のものが、なくなったわけじゃないんだよ。ちゃんと、戻ってきてる。戻ってきてるんだけど」
女は、言葉を探すように、宙を見た。
「戻るって、何に戻るんだろうね」
【コメント】……
【コメント】ぞわっとした
【コメント】戻ってきてるけど、元の形じゃない
【コメント】リセットって、元に戻ることだと思ってた
【コメント】いや、元に戻ることだろ普通
【コメント】普通は、な
男は、しばらく何も言わなかった。
二つ並べたコマを、黙って見ていた。黒い土のコマと、白い箱のコマを。
「――はい。今夜はここまで」
「え、締めるの?」
「締める。これ以上は、言ったら全部、憶測になる」
【コメント】おっさん、今日いちばん踏み込まなかった
【コメント】踏み込めないんだろ、分からなすぎて
【コメント】うちの近所の路地も、一か所白くなってたんだけど
【コメント】え、どこ
【コメント】港の裏。壁一枚だけ
【コメント】見間違いじゃね
「見間違いかもしれん。見間違いじゃないかもしれん。……確かめてから言え。確かめたら、教えてくれ」
男は、熊の札の位置を直した。
「いつもの締めだ。憶測、信じるな」
「おやすみなさい」
窓が、ひとつずつ閉じていった。
最後まで残ったのは、黒い土のコマだった。




