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悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


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87/92

第87話本物は、もう少し丈夫ですのよ

【コメント】こんにちは

【コメント】昨日の白い倉庫、見た?

【コメント】見てきた。朝になっても白いまま

【コメント】中、何もない。家具も棚もない。真っ白な部屋が五つ

【コメント】運営に問い合わせた奴いる?

【コメント】「仕様です」だって

【コメント】お嬢、あそこ行かないの?


「行きませんわよ。昨日、行きましたもの」


 わたくしは、歓楽街の市の通りを歩いていた。


 昼すぎの市は、人でいっぱいだった。焼き菓子の甘い匂い、香の煙、呼び込みの声。屋台の軒が、通りの両側から、ほとんど触れ合うほどに張り出している。


【コメント】行ったから、もういいのか

【コメント】この人、終わったことに一ミリも興味ないからな


 通りの角で、子どもが泣いていた。


 五つか六つくらいの、女の子だった。片手に、日傘を握っている。正確には、日傘だったもの。柄の先で、骨が三本、あらぬ方向に折れ曲がって、薄い布が、ぺろりと垂れていた。

 そばで、母親らしい女の方が、困った顔で背中をさすっていた。


「……開いたら、こわれた」


 女の子は、しゃくり上げながら、折れた日傘を、わたくしの方へ突き出した。

 わたくしの日傘を、見上げていた。


「おねえさんのと、おなじの、って言ったのに」


【コメント】あ

【コメント】お嬢の日傘の真似っこか

【コメント】「同じの」って誰が言ったんだ


 女の子の母親が、通りの先を、小さく指さした。


 通りの、ほんの十歩ほど先に、ひときわ派手な屋台が出ていた。

 軒先に、日傘が、ずらりと吊るしてある。白、桃色、水色。どれも、縁にひらひらのひだがついていた。屋台の上に掲げた板には、大きな字でこう書いてあった。


  悪辣非道のお嬢様 ご公認

  お嬢様と同じ日傘 本日限り


 屋台の前で、ひらひらのドレスを着た女の方が、高い声で呼び込みをしていた。

 縦ロールは、ちゃんと巻けていた。守る会の方々より、ずっと上手に。


「さあさあ、ご覧になって! 九条院瑠璃華様が、直々にお認めになった日傘ですわ! これを差せば、あなたも今日からお嬢様! お値段、たったの銀貨一枚ですわ!」


【コメント】ご公認

【コメント】公認してないだろ

【コメント】これ、プレイヤーだな NPCの屋台にしては商売が下品すぎる

【コメント】守る会の掲示板、「うちとは無関係です」って声明出してる


「……公認」


 わたくしは、屋台の板を見上げた。


 ご公認。

 わたくしは、何ひとつ、お認めした覚えがない。


 それから、もう一度、女の子の手の中の、骨の折れた日傘を見た。

 あの屋台の方は、わたくしの名前を使って、お嬢様に憧れる方々に、すぐに壊れる日傘を、銀貨一枚で売っている。


 ――悪い方の、なさることだ。


【コメント】あ

【コメント】子どものため? 名前を勝手に使われたから?

【コメント】いや、たぶん両方


 呼び込みの女の方が、こちらに気づいた。

 一瞬だけ、扇を持つ手が止まった。それから、いっそう高い声を張り上げた。


「――まあ! 皆様、ご覧になって! ご本人様ですわ! ご本人様が、わたくしの日傘を見にいらしてくださいましたわ! これ以上のご公認の証はございませんことよ!」


 通りの人たちが、いっせいに、わたくしと屋台とを見比べた。


「わたくし、どなたにも、何もお認めしておりませんわ」

「聞こえませんわー!」


 女の方は、扇で口もとを隠して笑うと、銀貨を差し出していた若い娘さんに、日傘を一本、手渡した。

 ひらひらのドレスを着た、まだ巻き方の下手な縦ロールの娘さんだった。


【コメント】聞こえませんわー!

【コメント】本人の前で売った

【コメント】スタロ待ちの三十秒、もうとっくに過ぎてるぞ

【コメント】スタロは原っぱの試合の立ち会い

【コメント】屋台のねーちゃん、逃げろ

【コメント】まわりの屋台も逃げろ


 女の子は、もう泣き止んでいた。

 折れた日傘を胸に抱えたまま、通りの先の、日傘の吊るされた屋台を、恨めしそうにじっと見ていた。


 ――吊るされた日傘の列。ひらひらのドレス。銀貨を受け取る、白い手袋。


 白。


 市の真ん中が、屋台三つぶん、空へめくれ上がった。

 吊るされた日傘が、花びらのように宙に舞って、同じ白の中に消えた。隣の焼き菓子の屋台の軒も、向かいの香の屋台の煙も、いっしょに。


 光の粒が、いくつか、ゆっくりと昇っていった。

 そのまわりで、ひらひらの布の切れ端が、遅れて舞い落ちてきた。


【コメント】

【コメント】日傘屋

【コメント】と、隣と向かい

【コメント】買ったばっかりの子も……

【コメント】古着屋の二階です 一本向こうの通りにいました。今回は近くなかった。よかった

【コメント】三階です 焼き菓子屋で並んでました。拠点です

【コメント】並んでただけなのに


 市が、しんと静まり返った。

 それから、屋台の主たちが、おそるおそる、自分の軒先を確かめはじめた。


 わたくしは、えぐれた石畳の前まで歩いていった。

 足もとに、日傘の柄が一本、転がっていた。骨は全部、根元からなくなっていた。


【コメント】……白くならないな

【コメント】昨日のは、石段の下だったからか?

【コメント】お嬢の爆破の新しい効果じゃなかったのか

【コメント】条件があるんだよ、たぶん

【コメント】とりあえず、ここは明日戻る。焼き菓子屋も明日戻る


 女の子の母親が、女の子を抱き上げて、こちらを見ていた。

 何か言おうとして、言葉を探しているような顔だった。


 わたくしは、女の子の前で、軽く膝を折った。

 折れた日傘を、女の子の手から、そっと受け取る。


「こちらは、偽物ですわ。わたくしは、どなたにも、何もお認めしておりませんの」


 女の子は、きょとんとした顔をした。


「本物は、もう少し丈夫ですのよ」


 わたくしは、自分の日傘を、ぱちんと開いてみせた。

 骨が十二本、きれいに張った。


【コメント】そこ?

【コメント】丈夫さ自慢

【コメント】女の子、目キラキラさせてる

【コメント】母ちゃん、たぶん「お礼を言うべきか」で迷ってる


   *


 市からの帰り道に、官庁街へ続く石段のふもとを通った。


 白い倉庫の前に、人だかりができていた。

 荷車引きの方々が、十人ほど。皆、昨日のおじいさんの、浮く台を取り囲んでいる。おじいさんは、台の輪を握ったまま、得意げに何か話していた。


「――わしのは、壊れたら、こうなったんだ」

「なら、俺のも壊れたら」

「やめとけ。壊れたら、普通は直るのに一日かかる」

「でも、ここで壊れたら」


 荷車引きの方々が、いっせいに、白い倉庫の方を見た。


【コメント】おい

【コメント】やめろ

【コメント】自分の荷車をここで壊す気か

【コメント】昨日の今日で、もう便利さの方に目が行ってる


「――それは、ご勘弁ください」


 穏やかな声がした。

 荷車引きの方々が、振り返った。


 鈴村さんだった。前掛けを外して、洗いざらしの着物の袖を整えている。その後ろに、羽織姿の関谷様が、腕を組んで立っていた。


「壊れたものが、どう戻るのか。まだ、誰にも分かりませんから。……分かるまでは、どうか、大事な荷車を、わざと壊したりなさらないでください」


 荷車引きの方々が、ばつの悪そうな顔で、首をすくめた。


【コメント】鈴村さん

【コメント】代表、もう現場に来てる

【コメント】「わざと壊すな」、正論


「旦那。ここ、どうなるんだい」


 荷車引きのひとりが、白い壁を指さした。


「上の連中の建物みたいになっちまった。上の持ち物になるのかい。この下の道も」

「いいえ」


 鈴村さんは、静かに首を振った。


「昨夜のうちに、上へ伺ってまいりました。境目は、元のままだそうです。石段の一段目から下は、これまでどおり、下町。この白い建物も、この道も」


 荷車引きの方々が、顔を見合わせた。

 それから、ほっと息を吐いた。


「ついでに、このふもとの持ち場も、はっきりさせていただきました。今日からは、関谷さんのところで見ていただけます」


 関谷様が、腕を組んだまま、白い壁を見上げた。


「……俺が掛け合って、ひと月かかると言われた返事だ」


 それだけ言って、短く息を吐いた。


【コメント】一晩で

【コメント】上の返事、一晩で取ってきた

【コメント】串屋の代表、仕事が早すぎる

【コメント】隊長、ちょっと複雑そう

【コメント】代表になると、上への伝手ができるんだな


「まあ」


 わたくしは、白い壁と、鈴村さんとを、順番に見た。


「境目のお掃除をいたしましたら、代表様のお仕事を、増やしてしまいましたわね」

「いえ」


 鈴村さんは、白い壁に、そっと手のひらを当てた。

 継ぎ目のない壁は、昼の光を受けて、かすかに青く光っていた。


「ありがたいことです」


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