↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/92

第9話次からは、両隣までにいたしますわ

 鈴村さんは、しばらく屋台の柱に手を添えていた。

 傾いでいた柱が、まっすぐに立っていることを確かめるように。何度も、掌で木目を撫でていた。


「……ありがとうございます、九条院さん」


 やがて顔を上げた鈴村さんは、いつもの穏やかな顔に戻っていた。

 深く、きっちりと、角度まで揃えた一礼。


「これで、もう守り代を払わずに済みます。本当に、助かりました」

「お役に立てたのなら、何よりですわ」

「それで、お礼なんですが。大したことはできませんけど、せめて――」

「お代は、もういただきましたわ」


 わたくしは、屋台の皿に残った串を目で示した。


「とても美味しい串を、一本。それで十分ですの」


【コメント】串一本で角ひとつ

【コメント】レートがおかしい

【コメント】お嬢の報酬体系どうなってんの

【コメント】無欲なのか何なのか


 鈴村さんは、一瞬だけ言葉に詰まった。それから、困ったように笑った。

 角の向こうでは、まだ誰かが名前を呼んでいた。長屋の方々が、瓦礫の中から布団や鍋を引っ張り出している。煙草屋の老人は、同じ場所に座ったままだった。


 鈴村さんは、その景色をしばらく黙って眺めていた。

 そして、わたくしの方へ向き直った。


「九条院さん。ひとつだけ、お願いしてもいいでしょうか」

「なんなりと」

「次に、もし……こういうことがあったら。その、もう少しだけ、小さくしていただけると」


 言いにくそうに、けれどはっきりと。

 責める響きは、どこにもなかった。ただ、ひとつ屋根の下に住む人に、夜中の足音を少しだけ控えてほしいと頼むような、静かな声だった。


「屋台を守っていただいたのは、本当にありがたいんです。でも、この角は、屋台だけでできているわけじゃないので」


【コメント】おっちゃん……

【コメント】言い方が優しすぎる

【コメント】これは効くだろ

【コメント】効かない方に一票


 わたくしは、角の景色を眺めた。

 屋台だけでできているわけではない。


 なるほど、と思った。

 確かに、わたくしは屋台のことしか考えていなかった。ご依頼は屋台を守ることだったから、屋台を守った。それは間違っていない。けれど、鈴村さんにとっては、この角全体が、商売をする場所なのだ。お客様は、向かいの乾物屋や長屋からも来るのだろう。

 ご依頼主のお気持ちを汲むのも、お嬢様の務めだ。


「承知いたしましたわ」


 鈴村さんが、ほっとしたように肩の力を抜いた。


「次からは、屋台と、その両隣までにいたしますわ」


 鈴村さんの肩が、元の高さに戻った。


【コメント】両隣

【コメント】範囲指定の話じゃないんよ

【コメント】守る範囲が広がっただけで爆破範囲は変わってない説

【コメント】でも一応聞き入れてるの珍しくない?

【コメント】お嬢が人の話聞いてるの初めて見た


 鈴村さんは、何か言いかけて、口を閉じた。

 それから、今度こそ本当に諦めたように、小さく笑った。


「……ええ。それだけでも、ずいぶん違います。ありがとうございます」


 わたくしは頷いた。

 伝わったようで、よかった。


 鈴村さんは屋台の中へ戻り、炭の具合を見はじめた。

 火は、まだ生きている。焼き台の縁を布で拭い、串を並べ直す。鐘の前と同じ、少しも乱れのない手つきだった。


「当分は、商売になりませんね。お客さんが通れる道じゃないですから」


 独り言のように、鈴村さんは言った。


「仕入れも、しばらくは坂の上から回してもらわないと。雑貨屋の娘さんが、毎朝うちに炭と塩を届けてくれるんですよ。この辺りの配達は、ほとんどあの子が回ってまして」

「雑貨屋、ですの」

「ええ。坂の中ほどの。小さな店ですけど、気立てのいい子で。……今朝も、角の向こうの乾物屋まで行ってもらったんです。明日からは、道を変えてもらわないといけないな」


 坂の中ほど。

 拠点から毎日下りている、あの坂だ。そういえば、半分ほど下ったあたりに、戸口に鉢植えを並べた小さな店があった気がする。一度も入ったことはない。


【コメント】新キャラの気配

【コメント】配達の子

【コメント】おっちゃん、さりげなく人脈広い


「今夜は、本当にありがとうございました。またいつでも、串を食べに来てください」

「ええ。ぜひ、また」


 わたくしは日傘を開き、暖簾の前で一礼した。

 それから、カメラの方へ向き直る。


「今宵の依頼も、無事に果たせましたわ。皆様、ごきげんよう」


【コメント】無事とは

【コメント】おつかれさまでした

【コメント】古着屋の二階です おつかれさまでした

【コメント】三階です おつかれさまでした

【コメント】被害者の会が礼儀正しい


   *


 ヘッドギアを外して、しばらく天井を見ていた。


 二回目の配信は、一回目より少し長かった。最大の同時視聴は、百を超えていた。登録者は、十二人になっていた。

 昨日は一人だった。


 タブレットを胸の上に載せたまま、ゲームのアカウント画面を開く。

 ログアウトしたときに、画面の隅で所持金の数字が点滅していた気がしたのだ。


 目を疑った。


 所持金の欄の数字が、昨日の朝に見たときより、桁がひとつ増えていた。

 一度閉じて、開き直す。変わらない。エバーポートの通貨は、現実のお金に換えられる。換算表を確かめると、私が記事を三本書いてようやく届くくらいの額だった。


 どうして、と思った。

 それから、すぐに思い当たった。


 投げ銭だ。


 配信中、コメントを目で追うのに精一杯で、ほかの表示まで見ている余裕はなかった。エバーポートでは、投げ銭はリアルの通貨でもゲーム内の通貨でも送れる。きっと、ゲーム内の通貨で送ってくれた人たちがいたのだ。何人も。黙って。

 三階の人かもしれない。古着屋の二階の人かもしれない。最初に「応援してます」と書いてくれた、あの人かもしれない。


 私はタブレットを伏せて、両手で顔を覆った。


 こんなにも、応援してもらえている。

 二回配信しただけの、名前も知られていない新人が。


 次の配信の最初に、ちゃんとお礼を言おう。

 あの世界の言葉で。あの世界の私として。心を込めて。


 顔から手を離して、もう一度だけ画面を点ける。

 配信のアーカイブに、コメントがひとつ増えていた。


【コメント】次は何棟ですか


 私は少し考えて、それから、つい笑ってしまった。

 屋台と、その両隣まで。

 それだけは、ちゃんと守るつもりだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。