第10話閑話 被害者の会、第一回定例会
閑話 被害者の会、第一回定例会
☆ 古着屋の二階視点 ☆
待ち合わせの酒場は、港の外れにあった。
指定されたのは、奥の丸テーブル。行ってみると、先に男がひとり座っていた。革の胴着に、左耳だけ銀の耳飾り。ジョッキを片手に、僕に気づくと空いている方の手をひらひらと振った。
「古着屋の二階の人?」
「……三階の人ですか」
「そう。三階の人」
配信のコメント欄で「ようこそ」と書かれた、その相手だった。
昨夜の配信が終わったあと、向こうから個人宛のメッセージが届いたのだ。一度、話しませんか。被害者同士で。
僕は向かいの椅子を引いた。
こういうの、普通は断る。知らない相手と、ゲームの中で飲む趣味はない。ただ昨夜は、あまりにも腹が立っていて、誰かに聞いてもらわないとログアウトしても眠れそうになかった。
「で、そっちは何してたの。古着屋の二階で」
「……試着してました」
「試着」
「アバターの服です。春物の、新しい外套が入ったって聞いて。姿見の前で、裾の長さを見てたら」
窓の外が、白くなった。
次に気がついたときには、拠点の寝台の上だった。外套は、会計前だった。
「うわあ」
三階の人は、心の底から気の毒そうな顔をした。それから、ジョッキを置いて身を乗り出した。
「で、どれくらい持ってかれた?」
「HP、ほぼ全損です。回復薬も、持ってたぶんは全部割れました。……先週、給料日だったんで、HPまとめ買いしたばっかりだったんですよ」
「まとめ買い直後はきつい」
「きついです」
この世界では、体力も魔力も買うものだ。
満タンにしておくにも、減ったぶんを戻すにも金がかかる。そのかわり、誰かに削られたHPは、購入額の一部が削った相手に入る。狩りで稼ぐ連中は、そこで元を取っている。
つまり、昨夜の僕のHPの一部は、今ごろあのお嬢様の財布の中にある。
「三階さんは?」
「俺は二回目だからね。一回目のビルで全損。今回は、配信で鐘を待ってる間に現地まで見物に行ってさ。ちょっと掠った」
「見物に行ったんですか」
「行くでしょ。あれは行く」
三階の人は、なぜか少し誇らしげだった。
「ちなみに、三階で何してたんですか。あのビルの」
「賭場」
即答だった。
「三階が小さい賭場でさ。札遊びやってたの。いい手が来てたんだよ、あのとき。相手の手札も見えてたし」
「見えてた?」
「視点共有。知らない? 初期スキルの。一秒だけ、他人の目を借りられるやつ」
知っている。キャラを作るとき、選択肢の中にあった。
僕は選ばなかった。一秒で何ができるのか、分からなかったからだ。
「あれ、賭場だとけっこう使えるのよ。相手が手札を覗き込んだ瞬間に借りれば、一秒で十分見える。NPC相手ならね。プレイヤー相手だと抵抗されて、まず借りられない。まあ、賭場の方も分かってるから、手札は伏せたまま見ろって決まりになってるとこが多いけど。三階はその辺ゆるくてさ」
「……それ、イカサマじゃないんですか」
「バレなきゃ技術」
悪びれない人だった。
僕は少しだけ、昨夜ビルの下敷きになったこの人の手札のことを考えて、同情するのをやめた。
「で、本題なんだけど」
三階の人は、声を落とした。
「おかしいと思わない? あのお嬢。なんで賞金首になってないの」
それは、僕もずっと引っかかっていた。
ビル一棟。角ひとつ。プレイヤーの被害が出れば、普通は加害者に賞金がかかる。NPCの被害だって、それなりの数になれば衛兵が動く。僕の知り合いは、酔って露店をひとつ燃やしただけで、三日間賞金首になっていた。
「配信でもみんな言ってたよな。表示出ないって。俺、今朝ちゃんと手配書の掲示板も見に行ったんだけど、載ってなかった」
「バグ、ですかね」
「運営が甘くしてる説もある。配信者優遇とか」
「そんなこと、あります?」
「分かんない。分かんないから気持ち悪い」
三階の人は、ジョッキの残りを一息にあおった。
「もうひとつ気持ち悪いのがさ。あのお嬢、狙ってる素振りがないんだよ。二回とも。傘も構えないし、手も上げないし、詠唱も聞こえない。ただ立ってるか、座ってるだけ。なのに、ドン」
「何か、特殊な固有スキルとか」
「エバーポートにそういうのあったっけ?」
「……聞いたことないです」
「だよね」
僕は、何となく思いついたことを口にしてみた。
「さっきの、視点共有って。あれで遠くを見て、とかは」
三階の人は、一瞬きょとんとして、それから笑った。
「無理無理。一秒だよ? 一秒で相手の位置見て、そっから魔法組んで、撃って。間に合わないって。手札を盗み見るのが精一杯のスキルだよ、あれ。戦闘で使ってる奴なんて見たことない」
「ですよね」
「そんな一秒があるなら、横に一歩動いた方がよっぽど強い」
それは、確かにそうだった。
僕は自分の思いつきを、そのまま引っ込めた。
しばらく、二人とも黙った。
酒場の奥で、誰かが下手な弦楽器を鳴らしている。隣のテーブルでは、昨夜の角の話で盛り上がっている声がした。屋台だけ残ってたらしいぞ。串屋の親父、無傷だったって。
「……あ、そうだ」
三階の人が、思い出したように懐から財布を出した。
中身を確かめて、小さく吹き出す。
「入ってる」
「何がですか」
「見舞金。自分の財布、見てみ」
言われるまま、僕も所持金の欄を開いた。
昨夜の入出金の履歴に、一行だけ、見覚えのない入金があった。
ほんの小銭だった。串焼きが、一本買えるかどうか。
「魔法で攻撃された側には、相手が使った魔力の代金の、ほんのちょっぴりが入るんだよ。攻撃で使った分の、お裾分けみたいなもん。……あれだけの爆発で、これだけ」
「僕のHP代、これの何十倍もしたんですけど」
「俺はもっとしたよ。二回分だから」
三階の人は、財布をしまいながら、妙に楽しそうに言った。
「なあ。これ、会にしない?」
「会?」
「被害者の会。コメント欄でもそう呼ばれてたし。次にあのお嬢に吹っ飛ばされた奴、見つけたら誘おうぜ。情報交換っていうか、傷の舐め合いっていうか」
「……それ、何の意味があるんですか」
「ないよ。でも、次の配信は見るでしょ?」
僕は答えなかった。
答えなかったけれど、実はもう、チャンネル登録は済ませていた。昨夜、拠点の寝台の上で目を覚ましたあと、まず最初にやったのがそれだった。
腹が立ちすぎて、どういう人間なのか、見届けないと気が済まなかったのだ。
「見ます」
「だよね」
三階の人は、空になったジョッキを掲げた。
僕は、まだ半分残っている自分のジョッキを、仕方なくそこへ打ち合わせた。
「被害者の会、第一回定例会。これにて閉会」
「会員二名ですけどね」
「すぐ増えるって」
三階の人は、確信に満ちた顔で笑った。
その予言が当たることを、このときの僕は、なんとなくもう分かっていた。




