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悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


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85/92

第85話お使いの、お供ですわ

 小夜さんのお店の帳場に、黒塗りの文箱が三つ、積んであった。


「それ、何ですの?」

「鈴村さんの書類。議事堂まで」


 小夜さんは、文箱の紐を結び直しながら、肩をすくめた。


「代表になってから、毎日なんだよ。上へ出す願い書とか、届けとか。旦那は屋台を空けられないし、若い衆に頼むと文箱ごと港に置いてくるし。で、結局うち」

「まあ。小夜さん、すっかり代表様のお使い番ですのね」

「お使い番っていうか、ほぼ通い。お店、ここんとこ午前中しか開けてないもん」


 小夜さんは、帳場の脇の、半分しか品の並んでいない棚を顎で示した。


【コメント】こんにちは

【コメント】小夜ちゃんの店、品薄

【コメント】鈴村さん、小夜ちゃん使いすぎでは

【コメント】代表って言っても、予算とかないんだろうな

【コメント】串屋の代表、人手が小夜ちゃんしかいない


 賭けが締まってから、三回目の配信だった。

 下町は、静かだった。屋根の上から矢を射かけてくる方も、ひらひらのドレスで坂を上ってくる方々も、めっきり減った。守る会は、街の外の原っぱで、狩人の方々と「試合」をしているらしい。スタロ様が立ち会って、決まりを作ったそうだ。


 静かなのは、良いことだ。

 良いことなのだけれど。


「……退屈ですわ」

「平和って言いなよ」


【コメント】言った

【コメント】平和を退屈って言った

【コメント】ヒーローの台詞じゃない

【コメント】この人、事件がないと困る人なんだよな

【コメント】初配信からそうだった


「それにさ」


 小夜さんは、文箱を三つ、胸に抱え上げた。


「平和でもないよ、あんまり。官庁街の石段の下。上へ行く荷車が、今週だけで三回、やられてる」

「やられて?」

「荷を、まるごと。上へ納める香辛料とか、硝子の材料とか。昼日中に、石段のふもとで止められて、荷台ごと空っぽ。引いてたおじいさんは殴られて、傷は次の日に治ったけど、怖くて荷車を引けなくなったって」


【コメント】知ってる、掲示板で見た

【コメント】プレイヤーの三人組らしい

【コメント】顔隠してるけど、動きがプレイヤー

【コメント】盗った荷は、その日のうちに歓楽街で売り飛ばしてるって

【コメント】関谷の衛兵は?

【コメント】それがさ、出てこないんだよ


「衛兵の方々は、何をしていらっしゃるの」

「出てこないの。石段のふもとって、ちょうど境目なんだよ。上の段からは官庁街で、上の衛兵の持ち場。下の道は下町で、関谷さんとこの持ち場。でも、ふもとのあのへんだけ、どっちも『向こうの持ち場だ』って言うの」


 小夜さんは、ため息をついた。


「関谷さん、上に掛け合ってくれてるらしいけど。上の返事が来るまで、ひと月かかるって」


【コメント】縄張りの隙間

【コメント】境目で張ってるのか、頭いいな

【コメント】頭いいっていうか、性格悪い

【コメント】上層のお役所仕事、ひと月

【コメント】ひと月あったら荷車三十台いけるな


 わたくしは、日傘を手に取った。


「小夜さん。その文箱、わたくしもお持ちいたしますわ」

「……え」

「石段の下まで、ご一緒いたします」

「待って。今、退屈って言ったあとだよね?」

「ええ」

「退屈しのぎで、あそこ行くの?」

「お使いのお供ですわ。小夜さんが、そのふもとをお通りになるのでしょう。でしたら、お友達として、お供をいたしませんと」


 小夜さんは、文箱を抱えたまま、しばらくわたくしの顔を見ていた。

 それから、文箱をひとつだけ、わたくしの腕に載せた。


「……一個だけね。三つ持たせたら、たぶん落とす」


【コメント】行くのかよ

【コメント】理由が後から付いてきた

【コメント】お供(爆破)

【コメント】小夜ちゃん、止めるの諦めてる


   *


 坂を上りきると、官庁街へ続く長い石段が見えてきた。


 ふもとの道は、思っていたより広かった。荷車が二台すれ違えるほどの幅がある。道の片側には、古い木造の倉庫が、肩を寄せ合うように五棟並んでいた。板壁は黒ずんで、どこも戸が閉まっている。もう片側は、崖に沿った低い柵だった。

 石段を見上げると、ずっと上の方で、足もとの色が変わっていた。角の欠けた古い石が、ある段から先、継ぎ目のない白に変わる。その白の先に、官庁街の硝子の柱が、小さく並んでいた。


 ふもとには、人がいなかった。

 昼間なのに、誰も。


「……前に来たときは、もっと人がいたんだけどね」


 小夜さんが、声を落とした。


「荷車引きの人たちが、ここで一服してた。今は、みんな、遠回りしてる」


【コメント】静かすぎ

【コメント】倉庫、全部閉まってる

【コメント】あの倉庫、空き倉庫だっけ

【コメント】ほぼ空き 持ち主が上層に移ったって聞いた

【コメント】人がいないと、かえって怖いな


 小夜さんは、わたくしの腕から文箱を取り戻して、三つまとめて胸に抱え直した。


「じゃ、行ってくる。上で受け取りの判子もらって、帰ってくるだけだから。……瑠璃華は、ここで待ってて」

「ええ。お気をつけて」

「それ、こっちの台詞」


 小夜さんは、石段を上っていった。

 文箱を抱えた背中が、一段ごとに小さくなって、白い段の向こうに消えた。


【コメント】小夜ちゃん、ひとりで行かせて大丈夫?

【コメント】上は官庁街だし、衛兵いるから

【コメント】危ないのは、むしろ下のお嬢の方

【コメント】お嬢が危ないんじゃなくて、お嬢の周りが危ないんだよ


 わたくしは、石段の一番下の段に腰を下ろして、日傘を開いた。


 しばらくして、坂の方から、車輪の音が近づいてきた。

 荷車だった。荷台に、上層の焼き印の入った木箱が、三段積んである。引いているのは、日に焼けた、腰の曲がったおじいさんだった。額に、布を巻いている。傷は、もう治っているはずだった。


「……あんた、ここで何してる」

「待ち合わせですの。おじいさまは?」

「上へ、荷だ。遠回りしてたら、日が暮れちまう」


 おじいさんは、倉庫の並びを、ちらりと横目で見た。

 それから、額の布に、そっと手をやった。


「……三日前も、ここだった」


【コメント】おじいさん、殴られた本人か

【コメント】怖くて引けないって言ってたのに

【コメント】引かなきゃ食えないんだろ

【コメント】やめとけじいさん


 おじいさんが、荷車の柄を握り直して、石段の脇の、荷車用の坂道へ車輪を向けた。


 そのとき、倉庫のひとつの戸が、内側から、ほんの少しだけ開いた。


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