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悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


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83/92

第83話お寝坊さんですのね

 九つの鐘が鳴り終わったとき、わたくしは、北の長屋の井戸の前にいた。


 昨夜と同じ刻限だった。

 井戸の縁に、スタロ様が腰かけていた。蛍光の線は、定時の休みを経て、いつもの明るさに戻っている。マントの裾だけが、昨夜よりもう一段、短く焦げていた。


「ごきげんよう、スタロ様。お約束どおり、参りましたわ」

「……ああ」


 スタロ様は、それだけ言って、通りの向こうへ顎を向けた。


【コメント】こんばんは

【コメント】賭け三日目

【コメント】ちょうど丸一日

【コメント】スタロ、先に来て待ってたのか

【コメント】……見ろってことだな


 通りの向こうに、倉庫が建っていた。

 昨夜、わたくしが縁を空へ飛ばした屋根は、きれいに瓦がそろっていた。一枚の欠けもない。いつ戻ったのか、誰も見ていなかったけれど、戻っていた。


 その手前に、長屋があった。


 まん中の三軒は、黒い柱が何本か、夜空に突き立っているだけだった。足もとの灰は、昼のあいだに雨でも吸ったのか、重たく沈んでいる。焦げた戸板が一枚、井戸の脇に立てかけてあった。

 端の二軒の屋根も、半分黒いままだった。


 焼け跡の前に、昨夜の女の方が、子どもと並んでしゃがんでいた。

 灰の中から、何か拾っている。茶碗のかけら。煮しめたような色の手ぬぐい。子どもの、片方だけの下駄。


【コメント】……

【コメント】倉庫の屋根は戻ってる

【コメント】長屋は戻ってない

【コメント】同じ通りで、くっきり分かれてる

【コメント】これを見せたかったのか、スタロ

【コメント】下駄、前に来たとき戸口の前にあったやつ……


「まあ」


 わたくしは、日傘を閉じた。


「倉庫の方は、もうお片付けが済んでおりますのに。燃えてしまったものは、戻るのに、お時間がかかるのですわね」


【コメント】かからない

【コメント】戻らないんだよ

【コメント】スタロ、言えよ

【コメント】言ったらどうなると思う?

【コメント】「でしたら、燃える前に、わたくしが全部」って言い出す

【コメント】……言えねえな

【コメント】吹っ飛ばされた方がマシ、って結論になっちゃうもんな

【コメント】それ、みんな分かってて、誰も言わないやつ


 スタロ様は、何も言わなかった。

 兜の奥で、長い息をひとつ吐いただけだった。


「お寝坊さんですのね」


 わたくしは、焼け跡に向かって、小さく膝を折った。

 女の方が、灰の中から顔を上げて、わたくしを見た。それから、何も言わずに、また下を向いた。


   *


「――おーい、まだやってんのか、ここ」


 倉庫の路地から、笑い声が出てきた。


 男が三人。昨夜、倉庫の屋根の縁にしゃがんでいた方々だった。

 酒の瓶を回し飲みしながら、焼け跡を眺めて、ひとりが口笛を吹いた。


「よく燃えたもんだ」


【コメント】は?

【コメント】放火犯、戻ってる

【コメント】お嬢に吹っ飛ばされたから、丸一日で戻ったのか

【コメント】家は戻らないのに、燃やした奴は戻る

【コメント】一番胸くそ悪い非対称

【コメント】お嬢、日傘

【コメント】スタロ、指!


 わたくしは、日傘の柄に指をかけた。

 スタロ様が、井戸の縁から立ち上がった。指は、まだ、さしていなかった。


 その前に、呼子笛が鳴った。


 路地の反対側から、角灯がいくつも駆け込んできた。灰色の外套の衛兵の方々が、三人を囲む。その後ろから、関谷様が、ゆっくりと歩いてきた。


「昨夜、倉庫の屋根から、火のついたつぼを投げた三人だな。見ていた者が、十人いる」

「お、俺たちゃ頼まれただけだ!」

「誰にだ」

「サイコロの布を巻いた連中だよ! 銭をもらった! それだけだ!」


 関谷様は、ひとつ頷いた。


「頼んだ者は、頼んだ者で調べる。火を付けたのは、お前たちだ。――誰であろうと、だ」


 衛兵の方々が、三人の腕を縛り上げた。


【コメント】隊長!

【コメント】誰であろうと、だ

【コメント】お嬢が撃つ前に、法で捕まえた

【コメント】スタロ、指ささずに済んだ

【コメント】今回は、牢なら戻ってこないもんな

【コメント】サイコロの布の連中、って言ったぞ


「――あー、それ、うちのお客さんかな」


 焼け跡の端から、明るい声がした。


 ダブルクロス様だった。

 いつの間に来ていたのか、焦げた柱の一本にもたれて、金色のサイコロを指で転がしていた。自分の配信には、何も喋っていなかった。


【コメント】ダブクロ

【コメント】あいつの枠、今オフラインだぞ

【コメント】配信切って来てる

【コメント】でもお嬢の配信には映ってる

【コメント】気にしてないのか


「お嬢様、こんばんは。あ、映ってる? いいよ、別に。俺、何もしてないし」


 スタロ様が、ダブルクロス様の前に立った。


「……お前が貸した奴らが、火を付けさせた」

「うん、そうみたいだね。ひどい話だよ」

「お前が、頼んだんだろ」

「俺?」


 ダブルクロス様は、サイコロを宙に弾いて、掴んだ。


「俺は場を開いてるだけ。張るのも借りるのも、みんなの自由。火をつけたのは、そこのNPC。頼んだのは――」


 指の上で転がっていたサイコロが、ほんの一瞬、止まった。


「誰だろうね」


 それから、また転がりはじめた。顔は、ずっと、いつもの笑顔のままだった。


【コメント】……

【コメント】今、サイコロ止まらなかった?

【コメント】一瞬だけ

【コメント】気のせいだろ

【コメント】いや、止まった

【コメント】「誰だろうね」がいちばんこわい


 スタロ様は、拳を握った。

 握ったまま、振り上げなかった。


「……分かった。お前には、何も言わない」


 スタロ様は、通りの方へ向き直った。通りの両端に、いつの間にか、ドレスの方々と、サイコロの布の方々が集まって、こちらを窺っていた。


「お前らに言う。――守る会も、狩人も。今日から、賭けが締まるまで、下町の中での殴り合いはなしだ。こいつを狙うのは勝手にしろ。でも、街の中でやるな。人の家の前でやるな」


 通りが、しんとした。

 桃色の方が、すすの落ちきらないドレスの裾を握って、最初に頷いた。サイコロの布の方々の何人かが、焼け跡から目を逸らしたまま、頷いた。


「立会人は、俺が務める」


 関谷様が、短く言った。


「この約束は、港の決まりとして預かる」

「――私も、立ち会わせていただけますか」


 通りの角に、洗いざらしの着物の方が立っていた。

 鈴村さんだった。手に、炭の匂いのする包みを提げている。


「炊き出しを、少し持って参りました。……それと、代表として、ひとつ。プレイヤーの皆さんのあいだの争いを、話し合いで調える場を、上に願い出てみようと思います。今夜のようなことが、二度とないように」


【コメント】鈴村さん

【コメント】炊き出し持ってきた

【コメント】プレイヤー同士の争いを、話し合いで調える場

【コメント】串屋の代表、仕事が早い

【コメント】ダブクロ、「いいね、それ」って拍手してる

【コメント】あいつ、何が決まっても損しないんだよな


「わたくしは、どなたとも争っておりませんけれど」

「お前のは、争いじゃない。一方的だ」

「まあ」


【コメント】w

【コメント】正確

【コメント】争いじゃなくて一方的


   *


 それから四回の配信のあいだ、北の長屋に、火を持ってくる者はいなかった。

 守る会と狩人は、街の外の原っぱで、ときどき殴り合ったらしい。原っぱでわたくしを待ち伏せなさる方々も、ときどきいらした。皆様、きちんとお片付けした。


 七回目の配信の夜、ダブルクロス様の板の「負ける」の欄に、黒い線が一本、引かれた。


【コメント】締まった

【コメント】お嬢、無敗

【コメント】七回の配信、一回も負けず

【コメント】借金組、配当なしか……

【コメント】利子ちょっとだけなんだろ? なら何とかなるって

【コメント】ダブクロ、場代でほくほく


 その夜も、わたくしは、北の長屋の前を通った。

 焼け跡には、焦げた柱の代わりに、粗末な板を立てかけた小屋がひとつ、できていた。鈴村さんの炊き出しの包みが、その戸口に置いてある。


 わたくしは、日傘を傾けて、その前を通り過ぎた。

 小屋の方は、見なかった。


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