↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
82/88

第82話明日には、元通りですわ

 倉庫街の屋根の向こうが、橙色に明るかった。


 夜の港を、日傘を差して歩いていたところだった。灯台の光の束が、ゆっくりと頭の上を回っていく。その光とは別の色が、倉庫と倉庫のすき間から、低く滲んでいた。

 焦げた木の匂いが、潮風に混じって流れてきた。


【コメント】夜まで配信してる

【コメント】火事?

【コメント】あっち、北の長屋の方だろ

【コメント】守る会の拠点があるとこだ

【コメント】空き部屋、まとめて借りてたもんな


 わたくしは、日傘を閉じて、倉庫街の路地へ入った。


   *


 北の長屋は、燃えていた。


 六軒並んだ板葺きの屋根の、まん中の三軒から、火が噴き上がっていた。乾いた板が、ぱちぱちとはぜている。火の粉が、潮風にあおられて、隣の屋根へ、そのまた隣へと降っていく。

 通りを挟んだ井戸の前に、人の列ができていた。前掛けのおかみさん、寝間着の老人、港の人足の方々。おけからおけへ、手渡しで水が運ばれていく。その列のなかほどに、すすで灰色になった桃色のドレスが混じっていた。


「お、お嬢様!」


 桃色の方が、水のおけを抱えたまま、こちらに気づいた。巻き髪が、片方、ほどけていた。


「わ、わたくしたちの拠点が……さっき、屋根の上から、何か投げ込まれて……」


 桃色の方は、通りの向こうの、倉庫の屋根を振り返った。


 倉庫の屋根の縁に、男が三人、しゃがんでいた。

 足もとに、つぼが並んでいる。ひとりが、つぼの口に火を移して、長屋の屋根へ放った。板の上で割れて、新しい火の手が、ぼっと上がった。


【コメント】放火じゃねえか

【コメント】屋根から投げてる

【コメント】あいつら、港の裏の路地にいるならず者だ

【コメント】プレイヤーじゃない、NPCだぞあれ

【コメント】倉庫の下の路地、見て

【コメント】腕にサイコロの布巻いた奴が二人、見上げてる

【コメント】金払って、やらせてるのか

【コメント】借金組だ……


「中に、まだいるんだよ!」


 井戸の列の先頭で、おかみさんが叫んだ。


「まん中の家! あの子と、おっかさんが! 戸が、開かないんだ!」


 まん中の家。

 以前、押しかけた方々の松明と、わたくしのお片付けとで、軒をなくしてしまったお宅だった。軒も戸口も、次の日には元に戻っていた。その戸口が、今は、火の向こうで黒く口を閉じていた。


 わたくしが日傘の柄に指をかけるより先に、白い影が、通りに落ちてきた。


 スタロ様だった。

 蛍光の線が、ひどく弱く明滅していた。光の足場が、着地のたびに、いつもより早く砕けた。


「どいてろ!」


 スタロ様は、井戸の列を突っ切って、まん中の家の戸口に肩から当たった。

 戸が、内側へ倒れた。火の粉が、ぶわりと外へ噴き出した。白い背中が、その中へ消えた。


【コメント】スタロ!

【コメント】入った

【コメント】線、消えかけてない?

【コメント】昨日の夜から休んでないって

【コメント】定時の休み、あと何分だよ

【コメント】戻ってこい


 ひとつ、ふたつ、数えるほどの間だった。

 焼けた柱が、戸口の上で、めきりと鳴った。


 白い背中が、後ろ向きに飛び出してきた。

 両腕に、女の方と、小さな子どもを、まとめて抱えていた。マントの裾に、火が移っていた。


 スタロ様は、通りの真ん中に膝をついて、女の方を石畳に下ろした。女の方が、激しく咳き込みながら、スタロ様の腕の中の子どもに手を伸ばした。子どもは、スタロ様の首にしがみついて、泣いていた。大きな声で。

 桃色の方が、おけの水を、スタロ様のマントにぶちまけた。


【コメント】出てきた!

【コメント】二人とも!

【コメント】子ども、泣いてる、生きてる

【コメント】桃色さん、ナイス

【コメント】スタロのマント、じゅって鳴った


 倉庫の屋根の上で、ひとりが、また新しいつぼに火を移していた。

 狙っているのは、まだ火の回っていない、端の一軒だった。井戸の列の、すぐ後ろ。


「スタロ様」


 わたくしは、日傘の柄を握った。


「どなたですの」


 スタロ様は、両腕がふさがっていた。片手で咳き込む女の方の背を支え、もう片方の腕には、泣いている子どもがしがみついたまま。

 兜が、ぐいと屋根の方へ振られた。


「――あそこだ! 屋根の上の、三人!」


【コメント】顎でさした

【コメント】指の代わりに顎

【コメント】両手ふさがってるもんな

【コメント】約束、顎でも有効なのか

【コメント】有効だろ、見分けて示したんだから


「承りましたわ」


 路地の荷箱の上に、港の人足の方がひとり、よじ登っていた。

 倉庫の屋根を、真下から睨み上げている。拳を振り上げて、何か怒鳴っていた。

 柔らかい目だった。


 ――屋根の縁。並んだつぼ。火を抱えた、三つの影。


 白。


 倉庫の屋根の縁が、夜空へめくれ上がった。

 つぼも、火も、男の方々も、同じ白の中に散って、灯台の光の束を横切っていく。


 光の粒が、三つ。


 長屋の屋根は、一枚も動かなかった。

 白は、倉庫の上から、まっすぐ空へ抜けていた。


【コメント】屋根の上だけ

【コメント】長屋、巻き込んでない

【コメント】珍しく範囲が上品

【コメント】倉庫の屋根は持ってかれたけどな

【コメント】サイコロの布の奴ら、逃げた!

【コメント】路地の奥へ走ってった

【コメント】あいつらは示されてないから、撃たないのか

【コメント】約束、律儀だな……


   *


 火は、それからしばらく燃えて、井戸の列が消し止めた。


 それでも、まん中の三軒は、柱だけを残して焼け落ちた。端の二軒の屋根も、半分が黒くなった。

 女の方は、石畳に座ったまま、子どもを膝に抱いて、焼け跡を見ていた。


 わたくしは、そのそばに膝をついた。ドレスの裾に、すすがついた。


「ご無事で、何よりでしたわ」


 女の方は、答えなかった。

 焼け跡から、目を離さなかった。


「お家のことは、ご心配には及びませんわ。前のときも、そうでしたでしょう。明日には、元通りですもの」


【コメント】あ

【コメント】……

【コメント】お嬢、それ

【コメント】前のは、お嬢が吹っ飛ばしたやつだから戻ったんだよ

【コメント】これ、NPCが火つけたやつだぞ

【コメント】戻らない

【コメント】え、戻らないの?

【コメント】戻らない。掲示板に検証あった

【コメント】誰か言ってやれ

【コメント】言えるか? この空気で


 女の方は、やはり何も言わなかった。

 ただ、膝の上の子どもを、少しだけ強く抱き直した。


 スタロ様が、すぐ後ろに立っていた。

 蛍光の線が、またたくたびに、少しずつ暗くなっていく。輪郭の端が、夜気に溶けるように、薄く透けはじめていた。定時の休みの時間らしかった。


 スタロ様は、焼け跡と、女の方と、わたくしとを、順番に見た。

 何か言いかけて、兜の奥で、それを飲み込んだようだった。


「……明日、火が出たのと同じ刻限に。ここに来い」


 それだけ言って、スタロ様は、光の足場を蹴った。拠点へ戻るのだろう。足場の音が、屋根の向こうへ遠ざかっていった。


【コメント】スタロ、言わなかった

【コメント】同じ刻限、って

【コメント】丸一日たったら、ってことだろ

【コメント】自分の目で見せる気だ

【コメント】ダブクロ、今夜は九つの鐘で配信切ってたよな

【コメント】自分は帰ってから、火がつくのか

【コメント】今夜も盛り上がるよ、って

【コメント】盛り上がってねえよ


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。