↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
81/88

第81話皆様、お元気ですわね

 ヘッドギアを外すと、部屋の中は真っ暗だった。


 枕元の時計は、日付が変わる少し前を指していた。私は、しばらく天井を見上げたまま、自分の呼吸の音を聞いていた。さっきまで、灯台の丘の夜風の中にいた。芝生の匂いと、こぼれたお茶の甘い香り。それが、少しずつ遠ざかっていく。

 代わりに、部屋の空気の、乾いた匂いが戻ってきた。


 両腕で体を起こす。ベッドの縁まで体をずらして、脇に寄せてある車椅子のブレーキを確かめてから、乗り移る。いつもの手順だ。考えなくても、腕が覚えている。

 あの芝生を、自分の足で踏んでいた感触が、まだ足の裏に残っている気がする。気がするだけだ。


 台所で、お湯を沸かした。

 インスタントのコーヒーを、マグカップに一杯。向こうでは小夜さんの店の茶葉でお茶ばかりいただいているのに、こちらでは、いつもこれだ。それでも、湯気の匂いを吸い込むと、少しだけ落ち着いた。


   *


 机の上でタブレットを開くと、配信サイトの通知が、いくつも溜まっていた。


 さっきまでの配信の、最大同時視聴。四千を超えていた。

 切り抜きも、もう何本も上がっていた。


 ――【お茶会】立ち見の席はございません

 ――ドレスに染みをつけた結果

 ――桃色さん、ひとりでお茶を飲む


 思わず、少し笑ってしまった。

 桃色の方、ひとりで「美味しいですわ」と言ってくださった方。あの方には、もう一度、ちゃんとしたお茶を淹れて差し上げたい。今度は、出がらしではなく。


 コメント欄を、少しだけ読んだ。

 面白かった、という声。こわかった、という声。見物していただけなのに、という声もあった。


 見物していただけ。

 私は、マグカップを両手で包んだまま、その一行を、しばらく眺めていた。


 お茶会の招待状には、どなたもお越しください、と書いた。見物の方も、ご自分の意思で、あの丘にいらしたのだ。お気の毒なことでは、あったけれど。


 それから、次の行へ指を動かした。


   *


 おすすめ欄の端に、ニュースの見出しが一本、流れてきた。


 ――仮想空間内の貸し借り、差し押さえ件数が過去最多に。「ゲームの借金も現実の借金」判決から五年。


 私は、見出しだけ読んで、指で払った。

 借金は、していない。換金も、配信の投げ銭を、たまに生活費の足しにするくらいだ。私には、関係のない話だった。


 原稿の締め切りが、明後日に迫っていた。今度は、雷が光ってから音が届くまでの、時間差の話。

 画面を切り替えて、書きかけの原稿を開く。三行書いて、消して、また書いた。


 寝る前に、明日の予定を確かめた。

 朝、原稿の続き。お昼を食べて、それから、ログイン。


   *


 目を開けると、拠点の部屋の、見慣れた天井があった。


 狭い部屋だ。窓際に小さな卓と椅子。壁に、ドレスを掛けておく釘。昨夜の染みは、もうきれいに消えていた。ゲームの中の汚れは、ひと晩で落ちる。現実のマグカップの底に残る、コーヒーの輪とは、大違いだった。


 わたくしは、日傘を手に取って、部屋を出た。


「ごきげんよう、皆様。九条院瑠璃華ですわ」


【コメント】おはよう

【コメント】賭け二日目

【コメント】昨日、配信終わったあとが大変だったんだぞ

【コメント】夜のうちに、守る会の生き残りと狩人が三か所で殴り合い

【コメント】守る会、桃色さん以外も拠点から戻ってきて、人数また増えてる

【コメント】狩人も、借金組が目の色変えてる

【コメント】お嬢、坂の様子見てみ


 坂は、少しだけ、いつもと違っていた。


 乾物屋の雨戸が、一枚、外れて道に倒れていた。煙草屋の軒先の縁台が、真ん中から折れている。長屋の板塀には、墨で大きく、何か書いてあった。片方には「ですわ女は帰れ」。その隣に、別の筆で「借金取りの犬」。

 坂の途中の、焼き芋の屋台が、横倒しになっていた。屋台の主のお爺さんが、散らばった芋を、ひとつずつ拾い集めていた。


【コメント】うわ

【コメント】流れ弾だ

【コメント】プレイヤー同士の殴り合いで、NPCの店がやられてる

【コメント】焼き芋のじいさん……

【コメント】雨戸とか屋台は、明日には戻るけどな

【コメント】戻るからいいって問題か?

【コメント】板塀の落書きは、プレイヤーが書いたんだから戻るだろ

【コメント】じいさんが今日、芋を売れないのは戻らないんだよ


「まあ」


 わたくしは、横倒しの屋台の前で、足を止めた。

 お爺さんは、こちらを見上げて、それから、黙って芋拾いに戻った。


「皆様、お元気ですわね」


【コメント】お元気

【コメント】元気の方向性が違う

【コメント】自分の茶会が火種とは一ミリも思ってない

【コメント】お嬢、芋拾い手伝え

【コメント】お嬢が拾うと芋が吹っ飛ぶ


 坂の上の方から、怒鳴り声が聞こえた。

 見ると、四つ辻のところで、ドレスの方々と、腕に金のサイコロの布を巻いた方々が、もみ合っていた。その真ん中に、白い影が割り込んでいる。


「やめろって言ってんだろ! ここ、店の前だぞ!」


 スタロ様だった。

 両腕を広げて、両方の胸ぐらを押し返している。蛍光の線が、疲れたように鈍く明滅していた。


 ドレスの方と、サイコロの布の方が、舌打ちをして、それぞれ反対の路地へ散っていった。

 スタロ様は、肩で大きく息をついて、それから、こちらに気づいた。


「……お前」

「ごきげんよう、スタロ様。今朝も、お忙しそうですわね」

「誰のせいだと思ってる」

「ダブルクロス様の賭けのせいではございませんの?」

「お前の茶会のせいもあるんだよ!」


 スタロ様は、それだけ言って、また別の怒鳴り声の方へ、光の足場を蹴った。

 昨夜から、休んでいらっしゃらないのかもしれなかった。


【コメント】スタロ、目の下にクマできてそう(メットで見えないけど)

【コメント】昨日の夜から仲裁して回ってるらしい

【コメント】定時の休みもぎりぎりまで粘ってるって

【コメント】お嬢の茶会のせいもある、正論

【コメント】お嬢、たぶん今のも聞いてない


   *


 坂を下りきったところの、乾物屋の二階の窓が、開いていた。

 窓枠に腰かけて、金色のサイコロを指で転がしながら、ダブルクロス様が、自分の配信に向かって喋っていた。


「――はい、どうもー! 賭け二日目、大盛況です! お嬢様は今日も元気、無敗継続中! で、新しい枠、出しました。『本日の対戦カード』。守る会と狩人、今日どっちが多く相手を拠点送りにするか。小口で張れるよ、気軽にどうぞ!」


 それから、窓の下のわたくしに気づいて、片目をつむってみせた。


「あ、お嬢様。おはよう。昨日はありがとね、特別枠、すっごい盛り上がった」

「ごきげんよう。お役に立てて、何よりですわ」

「うん。……今夜も、たぶん、盛り上がるよ」


 ダブルクロス様は、そう言って、目を糸のように細くして笑った。


【コメント】守る会vs狩人にまで賭け立ててる

【コメント】争いを煽って、その争いでまた稼いでる

【コメント】今夜も盛り上がるって何

【コメント】嫌な言い方

【コメント】あいつ、何か知ってるだろ

【コメント】お嬢、「何より」じゃないんだよ


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。