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悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


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80/114

第80話閑話 合ってるとは、言ってない

☆ 紫堂万里花視点 ☆


 カメラの赤いランプがつくと、背筋が勝手に伸びる。

 五年やっていても、そこだけは変わらない。


「ごきげんよう、皆様。今宵も、紫堂万里花のお茶会へようこそ」


 アンティーク調のソファ。紅茶のカップ。窓の外は、とっくに真っ暗だ。

 画面の端を、コメントが流れはじめる。


【コメント】ごきげんよう〜

【コメント】待ってました

【コメント】今日の紅茶なに

【コメント】マリカ様、髪巻いてる日だ


「今宵はアールグレイですわ。……さて、お便りが溜まっておりますの。順にお答えしてまいりましょう」


 手元の板に、質問箱の中身を並べる。

 一通目は、職場の先輩に言い返せない、という相談。二通目は、元カレから三年ぶりに「元気?」と来た、という相談。


「三年ぶりの『元気?』は、お返事の必要がない『元気?』ですわ。お嬢様は、既読の向こうで優雅に紅茶をいただいていればよろしいの」


 一拍置いて、カップを置く。


「……って、お嬢様っぽく言ってみたけどさ。要するに、深夜に来た連絡は朝まで寝かせとけってこと。だいたい、向こうも酔ってるから」


【コメント】出た素

【コメント】これを聞きに来てる

【コメント】三年ぶりの元気?はマジで返さなくていい

【コメント】経験者は語る


 ここまでは、いつもどおりだった。


   *


 三通目を開いて、私は少しだけ黙った。


 ――万里花様の教えを、しっかり実践している人がいたら嬉しいですか?(合ってるとは言ってない)


 読み上げる前に、もう一度、頭から読んだ。

 括弧の中が、引っかかった。合ってるとは言ってない。誰が、何を。


【コメント】ん?

【コメント】括弧なに

【コメント】あっ

【コメント】これ例のお嬢の件では

【コメント】言うな

【コメント】マリカ様には見せるなって言ったのに

【コメント】誰だ投げたの


 コメント欄が、急にざわついた。

 全部ではなかった。それが妙だった。半分は、きょとんとしている。もう半分は、何かを知っていて、それを私に知られまいとしている。


 お便りを読む配信を五年やっていると、こういう空気には鼻が利く。

 何かある。でも、ここで聞き返したら、たぶん、配信が別の話になる。


「……そうですわね」


 私は、カップを両手で包んだ。


「わたくしの言葉を、大切に持っていてくださる方がいらっしゃるなら、もちろん嬉しいですわ。お茶会の甲斐があったというものです」


 それは、本当だった。

 ただ、括弧が、まだ引っかかっていた。


「ただ、ひとつだけ。……教えというのは、半歩ずれて受け取れば、反対側へ歩いていくものですわ」


【コメント】おお

【コメント】名言きた

【コメント】メモった

【コメント】半歩ずれて反対側

【コメント】これ、例の人に届いてほしい

【コメント】だから言うなって


「……って、ちょっと怖い言い方になっちゃったけどさ」


 素に戻って、ソファの背にもたれた。


「別に、ずれちゃだめって話じゃないんだよ。私が答えてるのは、送ってくれた誰かの、その日の相談でしょ。それとまったく同じ場面なんて、聞いてる人の人生には、まず来ない。だから、みんな自分の場面に置き換えて、勝手に使うしかないの。使っていいの、勝手に」


 言いながら、自分で頷いていた。

 これは、ずっと思っていることだ。


「たとえばさ、別れた彼に言われた『君は君のままでいい』を、ずっとお守りにしてる子がいたとするでしょ。彼の方は、もう覚えてないかもしれない。それでも」


 私は、カップを置いて、背筋を伸ばした。


「殿方から贈られた言葉は、贈った殿方のものではございませんの。受け取ったあなたのものですわ」


【コメント】うわ

【コメント】刺さった

【コメント】元カレの言葉、まだ持ってる

【コメント】持っててよかったんだ

【コメント】今日の名言二本目


「……私の言葉も、同じ。言った私より、受け取った人のもの」


「ただ、置き換えるときに、ちょっとだけ意味がずれると、着地点がまるっきり別の場所になることがある。追いかけるな、が、相手のこと考えるな、になっちゃったりね。……だから、半歩ずれたかもって思ったら、一回立ち止まって、自分で考えてほしいなって。私の言った意味が正解なんじゃなくて、考えた答えがその人の正解だから」


 コメント欄を見る。

 きょとんとしていた半分は、うんうん、と流れていた。知っている半分は、妙に静かだった。


【コメント】深い

【コメント】……

【コメント】立ち止まって考える、かあ

【コメント】あの人、立ち止まらないんだよな

【コメント】言うなって

【コメント】すみません


「で、その方は」


 私は、首を傾げてみせた。


「わたくしの教えを、どのように実践していらっしゃるのかしら」


【コメント】知らない方がいい

【コメント】紅茶飲んでて

【コメント】知らなくていい世界もある

【コメント】マリカ様は清らかなままでいて


「……え、なに、怖いんだけど」


【コメント】www

【コメント】素の「怖いんだけど」いただきました


   *


 配信を切ると、部屋が急に静かになった。


 冷めた紅茶を飲み干して、ノートパソコンを開いた。

 検索窓に、少し迷ってから、打ち込む。


 お嬢 教え 実践


 一番上に、切り抜き動画が出てきた。

 サムネイルは、日傘を差した金髪の女の子の後ろ姿だった。その向こうで、建物が、白く光りながら崩れていた。


 見出しには、太い字で、こうあった。


 ――悪辣非道のお嬢様、本日も絶好調。


 私は、しばらく、そのサムネイルを見ていた。

 建物が崩れていた。日傘は、まっすぐだった。


 ノートパソコンを、そっと閉じた。


「……明日にしよ」


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