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悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


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78/107

第78話お茶が、こぼれてしまいましたわ

「……また、あんたか」


 歓楽街の瓦版屋のご老人は、わたくしの差し出した紙を、受け取る前から眼鏡をずらしていた。

 店の奥で、お孫さんが、墨つぼを抱えたまま固まっている。


「ごきげんよう。こちらを、一枚刷っていただけるかしら。できるだけ大きく」

「刷り代は、この前、四倍と言ったな」

「ええ。覚えておりますわ」

「今度は――」


 ご老人は、紙の一行目に目を落として、それから、天井を仰いだ。


「五倍だ」


【コメント】こんにちは

【コメント】瓦版屋のじいちゃん!

【コメント】五倍に値上がりしてる

【コメント】前回の広場の件、じいちゃんの店まで噂きてたんだろうな

【コメント】お孫さん、固まってる


 紙には、こう書いてあった。


  わたくしを倒したい皆様、

  わたくしを守りたい皆様へ


  今宵、九つの鐘の頃、灯台の丘にて、

  九条院瑠璃華がお待ち申し上げております。


  七日もお待たせするのは、お気の毒ですもの。

  どなた様も、まとめてお越しくださいませ。


  お茶のご用意もございます。


 ご老人が筆を取ろうとしたとき、店先の暖簾が、勢いよくめくれ上がった。


「――それ、俺に広めさせてよ、お嬢様」


 金色のサイコロが、指先で、ころりと転がった。

 ダブルクロス様だった。今日も、自分の配信の向こう側に向かって、楽しそうに笑っている。


「みんな聞いた? お嬢様、自分から懸賞首の大舞台、開いてくれるってさ! 灯台の丘、今夜九つ! ――特別枠、出します。『今夜のお茶会で、お嬢様は負けるか』。一晩限りの勝負。張った張った!」


【コメント】ダブクロ来た

【コメント】乗っかってきた

【コメント】お嬢の招待状を、自分の賭けの宣伝に使ってる

【コメント】一晩限りの特別枠

【コメント】瓦版より拡散力が強い男

【コメント】お嬢主催、胴元ダブクロ


「まあ。広めてくださるの?」

「もちろん。俺、お嬢様のファンだから」


 ダブルクロス様は、目を糸のように細くして笑った。


「お嬢様が勝っても負けても、場代は入るしね」


 ご老人が、筆を置いた。

 それから、紙を一枚、わたくしの方へ押し戻した。


「……刷り代は、いらん。そっちの兄ちゃんが広めるなら、わしの瓦版は要らんだろう」


 ご老人は、店の奥のお孫さんに向かって、手を振った。


「今夜は、店を閉めるぞ。灯台の丘の方には、絶対に行くな」


【コメント】じいちゃん、商売より孫の命を取った

【コメント】正しい

【コメント】前回の広場、孫が瓦版配りに走ってたもんな

【コメント】五倍って言ったのに結局タダ


   *


 灯台の丘は、夕暮れの光の中にあった。


 石段を上りきった先に、白い灯台が立っている。以前、わたくしがお片付けしたときには、北の崖の方へ倒れていったけれど、今はもう、何事もなかったように空へ伸びていた。灯台の足もとの芝生に、卓をひとつ据える。椅子を二脚。小夜さんの店の茶杯を、ひとつ。

 石段の下には、赤い瓶を並べた露店が、いつの間にか出ていた。手書きの値札が、夕風にかすかに揺れている。


 小夜さんは、来ていなかった。「絶対に行かないからね」と、坂の上の店先で、三回言われた。


 九つの鐘まで、まだ、ずいぶん間があった。

 それなのに、丘は、もう人で埋まりはじめていた。


【コメント】灯台、直ってる

【コメント】前回ゲイリーの件で倒れたやつだよな

【コメント】石段の下に薬屋さんいる

【コメント】あの人、元の場所に戻ってきてる

【コメント】今日は完全に売る気で来てるだろ


 丘の東側に、ひらひらのドレスの方々が集まっていた。

 今朝は三人だった。それが、二十人を越えていた。桃色、水色、若草色、藤色。縦ロールの巻き方は、相変わらず、皆さまそれぞれ独創的だった。先頭に、今朝の桃色の方が、物干しざおを旗のように掲げて立っている。


「お、お嬢様! お守りする会、総員、参りましたわ!」


 丘の西側には、革鎧や外套の方々が固まっていた。

 短弓、縄、棍棒、鎖鎌。目つきの鋭い方もいれば、ひどく疲れた顔の方もいる。何人かは、腕に同じ印の布を巻いていた。金色の、小さなサイコロの絵。


【コメント】守る会、増えすぎ

【コメント】二十人ドレスは圧がすごい

【コメント】西の狩人勢、サイコロの布巻いてる

【コメント】あれ、ダブクロに借金してる組の目印だろ

【コメント】自分で借金の印つけさせてるのか

【コメント】疲れた顔の人、借金組だな……


 東と西のあいだに、細い芝生の隙間が一本、残っていた。

 その真ん中に、白い影が、たん、と降り立った。


 スタロ様だった。

 蛍光の線が、夕暮れの中で、いつもより強く光っている。胸の星が、ゆっくりと明滅していた。


「――お前ら、全員、止まれ! ここで殴り合ったら、誰が巻き込まれるか分かってんのか!」


 東も、西も、一瞬だけ静かになった。

 スタロ様は、それから、くるりとこちらを向いた。


 両手を、背中に回していた。


「それと、お前」

「ごきげんよう、スタロ様」

「今日は、指はささない。絶対にささないからな」


【コメント】wwww

【コメント】両手、背中に隠してる

【コメント】学習したスタロ

【コメント】指さしたら撃っていい合図にされたもんな

【コメント】今度は指ささないことで止める作戦

【コメント】それ、止まる保証になってないのでは


「まあ。それは残念ですわ」

「残念がるな!」


   *


 九つの鐘が、丘の下から、ゆっくりと上ってきた。


 わたくしは、茶杯に湯を注いだ。

 ほんのひとつまみの茶葉が開いて、甘い香りが、芝生の上に広がった。


「皆様。本日は、ようこそお越しくださいました」


 日傘を畳んで腕に預け、裾をつまんで一礼する。

 丘じゅうの視線が、一斉にこちらを向いた。


「お招きしておきながら、お席がひとつしかございませんの。どなたか代表の方に、お茶を一杯差し上げたいのですけれど」


 向かいの空いた椅子を、手で示した。


 東から、桃色の方が、真っ先に飛び出してきた。

 物干しざおを芝生に突き立てて、向かいの椅子に、ちょこんと腰を下ろす。頬が、真っ赤だった。


「わ、わたくしが、いただきますわ!」


【コメント】座った!

【コメント】ファンが真っ先に座った

【コメント】噴水広場のときは誰も座らなかったのに

【コメント】桃色さん、夢が叶った顔してる


「――ふざけんな!」


 西から、怒鳴り声が上がった。

 今朝、屋根の上から矢を放った方だった。


「お前らが守るから、俺らはいつまでも負かせねえんだよ! こっちは借金して張ってんだ! 負かさなきゃ、配当が入らねえんだよ!」

「し、知りませんわ! 借金なさったのは、そちらでしょう!」

「黙れ、ですわ女!」


 短弓が、卓の桃色の方へ向けて、引き絞られた。

 スタロ様が、東と西のあいだで、両腕を広げた。


「よせ!」


 矢は、スタロ様の頭の上を越えた。

 越えて、卓の上へ落ちてきた。


 茶杯が、倒れた。

 甘い香りの琥珀色が、白い卓布の上に広がって、卓の縁から、わたくしのドレスの裾へ、ぽたりと落ちた。


 丘が、しんと静まり返った。


 東の守る会の方々も。西の狩人の方々も。両腕を広げたままのスタロ様も。石段の下の、赤い瓶の露店の方も。

 皆、わたくしのドレスの裾の、小さな染みを見ていた。


 わたくしは、倒れた茶杯を、そっと起こした。

 中は、空だった。


「……お茶が、こぼれてしまいましたわ」


【コメント】あ

【コメント】あ

【コメント】終わった

【コメント】茶杯、倒した

【コメント】ドレスに染み

【コメント】噴水広場のとき「冷めてしまいますわ」だったのが

【コメント】今回は「こぼれてしまいましたわ」

【コメント】スタロ、両手広げたまま固まってる

【コメント】誰か、逃げろって言ってやれ


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