第77話同志の方々が、増えましたのね
【コメント】おはよう
【コメント】賭け一日目
【コメント】ダブクロの板、見た?
【コメント】「負ける」二倍八分、「負けない」一倍六分
【コメント】負けない方が人気なのか
【コメント】そりゃ今まで負けたことないしな
【コメント】でも負ける方に張ってるの、被害者の会だけで三百人いるらしい
朝の坂は、いつもと同じ匂いがした。
炭と、しょうゆと、焦げた脂。角の屋台では、鈴村さんが、いつもと同じ前掛けで、いつもと同じように串を返していた。
「おはようございます、九条院様」
「ごきげんよう、鈴村さん。……いえ、代表様、とお呼びした方がよろしいのかしら」
「串屋で結構ですよ。上へ物を申すのは、昼からですので」
鈴村さんは、つくねを一本、わたくしの皿に載せた。
隣の丸椅子で、小夜さんが、串を握ったまま、通りの屋根の上をちらちらと見上げていた。
「……いるよね、あれ」
「何がですの?」
「屋根の上。さっきから三人。こっち見てる」
【コメント】いる
【コメント】狩人だ
【コメント】朝から張り込んでるのか
【コメント】でも降りてこないな
【コメント】様子見だろ いきなり行ったら吹っ飛ばされるの分かってる
【コメント】ゲイリーは来ないの?
【コメント】ゲイリー、酒場で誘われて断ってたって 「俺は賞金首しか狩らねえ。お嬢ちゃんは賞金首じゃねえ」って
【コメント】ゲイリー……
【コメント】主義が一貫しすぎてて泣ける
わたくしは、つくねを齧りながら、屋根の上を見上げた。
確かに、瓦の陰に、三つほど頭が覗いていた。目が合うと、さっと引っ込む。しばらくすると、また覗く。
「まあ。恥ずかしがり屋の方々ですのね」
「狩りに来てるんだよ、あなたを」
「でしたら、降りていらっしゃればよろしいのに」
小夜さんは、黙って串を噛んだ。
*
そのとき、坂の下の方から、妙な声が聞こえてきた。
「ご、ごきげんようですわ!」
「ごきげんようですわー!」
わたくしは、つくねを皿に戻して振り返った。
坂を、三人のご婦人が上ってきていた。
三人とも、ひらひらとしたひだの多いドレスを着ていた。色は、それぞれ違う。桃色と、水色と、たぶん、元は白かったのだろう黄ばんだ生成り。日傘を差している方もいれば、物干しざおに布を張っただけのものを掲げている方もいる。
髪は、三人とも、左右に巻いてあった。巻き方は、それぞれずいぶん独創的だった。
【コメント】は?
【コメント】お嬢が増えた
【コメント】お嬢のコスプレ勢だ
【コメント】ドレス、古着屋で買ったやつじゃね
【コメント】縦ロールが巻ききれてない
【コメント】一人、日傘じゃなくて物干しざお
【コメント】ごきげんようですわ、は日本語として二重
桃色のドレスの方が、わたくしの前で立ち止まって、裾をつまんだ。
膝を折ろうとして、少しよろけた。
「お、お初にお目にかかりますわ! わたくしたち、『お嬢様をお守りする会』ですのよ!」
「お守りする、会」
「負けない方に、張りましたの! ですから、七日間、お嬢様が負けないように、わたくしたちが、お嬢様をお守りいたしますわ!」
水色の方と、生成りの方が、後ろで力強く頷いた。
生成りの方の物干しざおが、屋台の暖簾に引っかかった。
【コメント】負けない派だ
【コメント】張った金を守りに来た
【コメント】お嬢の護衛を、お嬢の真似をした人たちがやる
【コメント】語尾が全部「ですわ」なのに、中身が完全にネットの人
【コメント】物干しざお、暖簾に引っかかってる
わたくしは、三人のご婦人を、順番に見た。
ひらひらのドレス。巻いた髪。日傘。それから、懸命に使っていらっしゃる、わたくしと同じ言葉遣い。
胸の奥が、じんと温かくなった。
「……まあ」
わたくしは、日傘を胸の前に立てて、深く膝を折った。
「皆様も、あの方の教えに憧れていらっしゃるのですね」
「……え?」
「お嬢様とは、生き方そのもの。わたくしも、ある方のお言葉に導かれて、こうしておりますの。まさか、同じ道を志す同志の方々に、こんなところでお会いできるなんて」
桃色の方が、水色の方を振り返った。
水色の方が、生成りの方を振り返った。
生成りの方は、物干しざおを暖簾から外すのに忙しかった。
「……あの方って、どなたですの?」
「それは、わたくしの胸の内に、大切にしまっておりますの」
【コメント】噛み合ってない
【コメント】お嬢、自分の真似だと思ってない
【コメント】同じ憧れの人がいる同志だと思ってる
【コメント】いや、お前の真似だよ
【コメント】あの方って誰
【コメント】お嬢の憧れの人、謎すぎる
小夜さんが、串を持ったまま、わたくしの袖を引いた。
「……あれ、あなたの真似してるだけだと思うよ」
「わたくしの? まさか」
わたくしは、小さく笑った。
「わたくしの真似をなさっても、仕方ございませんでしょう。わたくしなど、まだまだ、あの方の足もとにも及びませんもの」
小夜さんは、何か言いかけて、串と一緒に飲み込んだ。
【コメント】小夜ちゃん、正解言ってるのに
【コメント】まさか、で終わった
【コメント】この人、一生気づかないやつだ
*
「――おい、ですわの三人組」
屋根の上から、声が降ってきた。
瓦の陰から、さっきの三人が身を乗り出していた。革鎧に、短弓。ひとりは、腰に縄を巻いている。
「邪魔だ。どけ。そいつの首には、懸賞がかかってんだよ」
「ど、どきませんわ! お嬢様は、わたくしたちがお守りいたしますの!」
「……お前ら、負けない方に張ったクチか」
「そ、そうですわ! あなた方こそ、負ける方に張ったのでしょう!」
「張った。それと、借金もしてる」
屋根の上の男の方は、ひどく疲れた声で言った。
「七日のうちに、あの女を一回でも負かさなきゃ、配当が入らねえ。配当がなきゃ、借りた分が返せねえんだよ。だから、どけ」
【コメント】借金
【コメント】ダブクロに借りたのか
【コメント】借金してまで張ったのかよ
【コメント】ゲームの借金も現実の借金扱いだぞ、分かってんのか
【コメント】利子ちょっとだけなら、配当で返せる計算なんだろ
【コメント】狩人の方が追い詰められてるの、なんかきつい
短弓が、引き絞られた。
桃色の方が、生成りの方から物干しざおをひったくって、屋根に向かって構えた。水色の方は、日傘を盾のように開いた。
「お、お嬢様には、指一本触れさせませんわ!」
「指じゃねえよ、矢だよ!」
矢が飛んだ。
物干しざおが、それを叩き落とした。思いのほか、見事なさおさばきだった。
屋根の上から、二人目が飛び降りてきた。水色の方が、開いた日傘で受け止めて、二人して石畳に転がった。三人目が縄を投げる。生成りの方の足に絡まる。桃色の方が、さおの先でその縄を断ち切ろうとして、屋台の暖簾をまた引っかけた。
わたくしは、丸椅子に座ったまま、つくねを一口齧った。
「まあ。朝から、賑やかですこと」
【コメント】プレイヤー同士で殴り合い始まった
【コメント】お嬢の目の前で
【コメント】お嬢、つくね食べてる
【コメント】守られる側が一番くつろいでる
【コメント】物干しざお、意外と強い
【コメント】暖簾、二回目
【コメント】鈴村さん、黙って串返し続けてる
【コメント】動じなさすぎでは、この串屋
ほどなくして、呼子笛の音が坂を上ってきた。
屋根の上の三人は、舌打ちをひとつ残して、瓦の向こうへ逃げていった。ですわの三人は、石畳の上に座り込んで、肩で息をしていた。桃色の方の巻き髪が、ひとつ、ほどけていた。
「……お、お守り、いたしましたわ」
桃色の方が、息を切らしながら言った。
わたくしは、つくねの串を皿に置いて、立ち上がった。
「ありがとうございます。皆様のお気持ち、とても嬉しく思いますわ」
それから、坂の下と、屋根の上とを、ぐるりと見渡した。
屋根の上には、まだ、別の頭がいくつか覗いていた。坂の下の路地にも、こちらを窺う影がある。ですわの三人は、明日もきっと来るのだろう。屋根の上の方々も、きっと。
七日間、毎朝、こうして。
「……七日も、皆様をお待たせするのは、お気の毒ですわね」
「え?」
小夜さんが、嫌な予感のする顔をした。
「わたくしを倒したい方々も、わたくしを守りたい方々も。それぞれ、ばらばらにいらっしゃるから、こうして朝からお疲れになるのですわ」
わたくしは、日傘を開いた。
「でしたら、皆様、まとめてお招きいたしましょう。お茶会ですわ」
【コメント】あ
【コメント】招待状
【コメント】二回目の招待状
【コメント】噴水広場の悪夢再び
【コメント】ですわの三人も招かれるの?
【コメント】守る会も狩る側も、まとめて
【コメント】小夜ちゃんの顔
【コメント】鈴村さん、炭足してる




