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悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


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75/92

第75話お招きの手間が、省けますわ

 日が傾くころ、議事堂前の広場は、もう一度、人で埋まっていた。


 演説会の二日間に見た顔ぶれだった。前掛けのおかみさん方、港の日雇いの方々、仕立ての良い上着の旦那衆。皆、議事堂の正面の黒い板を見上げている。板はまだ、何も映していなかった。

 隣で、小夜さんが、竹籠の持ち手をぎゅっと握っていた。


「……緊張する」

「小夜さんが出ていらっしゃるわけではございませんのに」

「わかってるよ。でも、一票入れたんだもん。自分のが、ちゃんと数えられてるのか、気になるでしょ」


 小夜さんは、竹籠を胸に抱え直した。

 どちらに入れたのかは、聞かなかった。小夜さんも、言わなかった。


【コメント】こんばんは

【コメント】開票きた

【コメント】小夜ちゃん、自分の一票を大事にしてるのいいな

【コメント】お嬢には一票もない

【コメント】ございませんの


 石段の上に、灰色の制服の方々が並んだ。

 先頭は、あの背の高い女の方だった。硝子の板を、黒い板にかざす。


 白い光の文字が、ゆっくりと組み上がっていった。


 ――下町区域代表選、開票結果。

 ――鈴村。千九百四十二票。

 ――関谷。七百十八票。

 ――下町区域代表に、鈴村を選出する。


「以上です」


【コメント】鈴村さん!!

【コメント】圧勝

【コメント】千九百

【コメント】関谷も七百は入ってる

【コメント】「以上です」

【コメント】この人、最後まで「以上です」だった


 広場が、一拍遅れて、沸いた。


 前掛けのおかみさん方が、手を取り合って跳ねている。港の日雇いの方々が、帽子を宙に放り投げている。北の長屋の女の方が、腕の中の子どもの手を取って、小さく振らせていた。

 小夜さんは、竹籠を抱えたまま、ほうっと長い息を吐いた。


「……よかった」


 それだけ言って、少しだけ笑った。


   *


 演説台に、鈴村さんが上った。

 前掛けは、していなかった。ただ、いつもの洗いざらしの着物の袖を、きちんと整えていた。


「ありがとうございます。……大それたことは、やはり、申し上げられません。明日の朝も、串を焼きます」


 広場のあちこちで、笑い声が上がった。


「ただ、串を焼く合間に、上へ物を申しに参ります。皆さんの代わりに。それが、今日いただいたお役目だと思っております」


 鈴村さんが頭を下げると、もう一度、拍手が起こった。


【コメント】明日の朝も串を焼きます

【コメント】代表になっても串屋

【コメント】この人ほんとにぶれないな

【コメント】上へ物を申す串屋


 その拍手の中を、羽織姿の方がひとり、まっすぐ台の方へ歩いていった。

 関谷様だった。


 関谷様は、台の下で足を止めて、鈴村さんを見上げた。広場の拍手が、少しずつ止んでいく。

 皆、息を詰めて、二人を見ていた。


「おめでとう」


 関谷様は、それだけ言った。

 それから、少しだけ間を置いて、続けた。


「……俺の名前で、票を買ってた連中がいたと聞いた。俺は知らなかった。だが、俺の名前だ。すまなかった」


 関谷様は、深く頭を下げた。

 鈴村さんは、台の上から降りて、関谷様と同じ高さに立った。


「関谷さんのせいでは、ありませんよ」

「俺の名前だ」

「……では、ひとつ、お願いがあります」


 鈴村さんは、関谷様の手を取った。


「これからも、港の荒事を、取り締まっていただけませんか。誰であろうと。……私には、それはできませんので」


 関谷様は、しばらく黙って、鈴村さんの顔を見ていた。

 それから、短く、頷いた。


【コメント】泣いた

【コメント】対立候補を、そのまま港の守りに

【コメント】「誰であろうと」を、鈴村さんが言った

【コメント】関谷の口癖を、そのまま頼むの、ずるい

【コメント】この二人で港回したら、最強では

【コメント】いい選挙だった……


 なんて、素敵な方々なのだろう。

 わたくしは、日傘を小脇に抱えて、手を叩いた。どちらの方も、やはり、素敵だった。


   *


 広場の拍手が、ようやく収まりかけたころだった。


「――はい、どうもー! みんな、見てた? 見てたよね!」


 広場の端の、硝子の柱の下から、明るい声が響いた。


 ダブルクロス様だった。

 金色のサイコロを指先で弾きながら、人垣の端に立って、宙のどこかに向かって喋っている。広場の何人かが、怪訝そうに振り返った。


「串屋の旦那、おめでとう! いやー、いい演説だった。俺、隊長に全額張ってたんだけどね。見事に全部、溶けました」


 ダブルクロス様は、両手をひらひらと振った。

 笑っていた。目が糸のように細くなる、昼間と同じ笑い方だった。


「で、なんで溶けたかって言うと――」


 ダブルクロス様の顔が、人垣越しに、まっすぐこちらを向いた。


「お嬢様。港の裏の路地、見事だったよ。俺の仕込み、帳面ごと紙吹雪。猫しか残ってなかったって? 最高。切り抜き、もう三本上がってる」


【コメント】来た

【コメント】ダブクロ

【コメント】大損したのに笑ってる

【コメント】自分から仕込みバラしてる

【コメント】票買ってたの、やっぱこいつか

【コメント】関谷の前で言うのか、それ


 関谷様が、ゆっくりと、ダブルクロス様の方を向いた。

 ダブルクロス様は、それにも、ひらりと手を振った。


「あ、隊長さん。ごめんね、名前借りちゃって。でも俺、プレイヤーだから。住民の選挙のことで捕まえられる決まり、まだないっしょ? ……それより、お嬢様」


 ダブルクロス様は、サイコロを指で弾いて、宙で掴んだ。


「お嬢様ってさ、賞金かかんないじゃん。何やっても。ずるいよね。だから、思ったんだ。かかんないなら、こっちでかければいいって」


 広場が、少しだけ、ざわついた。


「新しい賭け、開きます。『悪辣非道のお嬢様は、七日のうちに負けるか』。負ける方に張るか、負けない方に張るか。二つにひとつ」


 ダブルクロス様は、指を二本立てて、宙に向かって振ってみせた。


「で、ここからが目玉。負ける方に張られた金の一割は、お嬢様を負かした人に、懸賞としてまるごと上乗せ。張るのは誰でもいい。負かすのも、誰でもいい。――お嬢様に吹っ飛ばされたこと、ある人。自分じゃ勝てなくても、負ける方に張っときゃ、誰かが仇を取ってくれたときに儲かるよ。……あ、それと。お嬢様が配信しなかった日は、数えないから。七回配信してもらうあいだに、負けるかどうか。逃げても、締め切りが延びるだけだよ。……張るお金がない? 大丈夫、俺が貸すよ。利子は、ちょっとだけ。この指、とーまれ」


【コメント】は?

【コメント】お嬢が負けるかどうかの賭け

【コメント】負ける方に張られるほど、懸賞が膨らむのか

【コメント】懸賞目当ての狩人が集まる→負ける方に張るやつが増える→懸賞がもっと膨らむ

【コメント】よくできてんな、腹立つけど

【コメント】被害者の会、全員「負ける」に張るぞこれ

【コメント】自分で戦わなくても、仇が取れて儲かるんだもんな

【コメント】俺は「負けない」に張る 七日で負けるわけない

【コメント】それはそれで、お嬢が吹っ飛ばすたびに儲かるのか

【コメント】ログインしなきゃ負けない、の抜け道もふさいだ

【コメント】金まで貸すのかよ

【コメント】「ちょっとだけ」が一番信用ならん

【コメント】どっちに転んでも、場代はダブクロに入るんだよな

【コメント】配当は賭け札で出て、港の交換所で現金に替えるやつな

【コメント】交換所はダブクロとは関係ありません、って建前の

【コメント】名前どおり、両方から取るのか

【コメント】これ、プレイヤー同士の戦争になるやつでは


 小夜さんが、わたくしの袖を、強く引いた。


「……瑠璃華」

「なんですの」

「今の、分かってる? あなたを倒したら、懸賞がもらえるって。七日のうちに、街じゅうのプレイヤーが、あなたを狙いに来るってことだよ」


 わたくしは、日傘を開いた。

 広場の端で、ダブルクロス様が、こちらに向かって片目をつむってみせた。


「まあ。わたくしを倒しにいらっしゃる方々を、あの方が集めてくださるのですね」

「……は?」

「以前、わたくし、招待状をお出ししたことがございますでしょう。悪党の皆様へ、と。あれは、刷り代が三倍でしたのよ」


 わたくしは、ダブルクロス様に向かって、軽く膝を折った。


「お招きの手間が、省けますわ。ありがとうございます、ダブルクロス様」


 ダブルクロス様は、一瞬だけ、きょとんとした顔をした。

 それから、腹を抱えて笑い出した。


「最高! やっぱお嬢様、最高だわ! ――みんな、今の切り抜いて!」


【コメント】お礼言った

【コメント】懸賞金かけられて、お礼言った

【コメント】お招きの手間が省けますわ

【コメント】噴水広場のお茶会の再来か

【コメント】ダブクロ、爆笑してる

【コメント】この二人、絶対混ぜたらダメなやつ

【コメント】小夜ちゃん、頭抱えてる


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