第72話閑話 憶測は、しないことにする
☆ 考察配信視点 ☆
「はい、どうも。港の目利き、クマです。……同時視聴、千二百。過去いちばん」
「しじみです。クマさん、昨日ずっと港で張ってたもんね。鐘楼の生配信、切り抜き回ってるよ」
「回ってるな。俺の震え声が」
薄暗い部屋に、机がひとつ。映像の窓が、今夜は四つ浮かんでいる。
くたびれた外套の中年男と、髪を短く刈った若い女。顔の前には、いつもの熊と蜆の札。
「明日は投票日だ。だから今夜は、この数日の港と丘の上のまとめ。お嬢の件、選挙の件、それから鐘楼の件。……先に言っとくぞ」
「全部、憶測だから信じるな」
「しじみ、先に言うな」
【コメント】待ってた
【コメント】千二百はすごい
【コメント】予防線を先に言われるおっさん
【コメント】鐘楼のやつ、俺も生で見てた
「まず、丘の上の演説会。一日目、関谷の旦那の方」
女が、窓のひとつを引き寄せた。
白い広場と、木の演説台。議事堂の黒い板に、台の上の男が大きく映っている。
「ここ。板の隅の小窓に、台の裏の四人が映った。で、スターライトロードが気づいて、指をさす」
「叫んだのが、ここ。演説台の裏だ、油壺、四人」
「で、爆発まで、一秒ない」
男は、別の窓を引き寄せた。広場のいちばん後ろから、誰かが撮っていた映像。人垣の頭越しに、日傘の後ろ姿が小さく映っている。
「この時、お嬢がどこを見てたか。……板だ。台じゃない。台は人垣で見えてない。板の隅の、小窓を見てる」
「見てたね」
「で、見てた小窓の中の場所が、吹っ飛んだ」
【コメント】それ
【コメント】俺もそこ気になってた
【コメント】板見てただけで台の裏がやられた
【コメント】画面越しに撃てるってこと?
【コメント】そんな魔法ある?
「……あるのかもしれんし、ないのかもしれん」
男は、腕を組んだ。
「台の裏の油壺に、たまたま火が入った。それと、お嬢がたまたま板を見てた。それが重なっただけ、って言われたら、否定はできん。お嬢は、撃つ前も撃った後も、何もしてないからな」
「でも、クマさんはそう思ってないでしょ」
「思ってない。思ってないが、確かめようがない。確かめようがないことを、それっぽく言うのは、俺の仕事じゃない」
【コメント】おっさん、そこで止めるのか
【コメント】この人のこういうとこ信用できる
【コメント】いや、もうちょい踏み込んでくれ
【コメント】踏み込まないから信用されてるんだよ
「じゃあ、次?」
「ただ、ひとつだけ、確かめようのあることがある」
「なに?」
「金だ」
男は、指を一本立てた。
「魔法ってのは、撃つたびに財布が減る。MPは買い物だからな。しかも射程は十メートルそこそこ。人に撃てば、撃たれた側に見舞金まで入る。……だから俺らは、魔法をケチる。普段は弓か短剣だ。いざってときに、一発だけ」
「わたしも、ここ一か月で撃ったの、三回くらいかな」
「お嬢は、あの規模を、ほぼ毎日撃ってる」
「でもさ、被害者の会の人たち、見舞金、串一本ぶんだったって言ってたよ。あんな爆発で」
「そこだ。……噂の範囲だがな。使う魔力の量は、腕で変わるって話がある。上手い奴ほど、同じ魔法を少ない魔力で撃てる。だから、上手く使えば、言うほど金はかからんらしい」
「じゃあ、お嬢は、すごく上手いってこと?」
「詠唱も所作もなしで、あれだ。下手ってことはないだろう」
男は、立てていた指を、ゆっくりと下ろした。
「とは言え、だ。あの規模を、ほぼ毎日。どれだけ上手くたって、ただってことはない。投げ銭と賞金で回してるんだろうが、俺なら胃に穴が開く。……はい次」
【コメント】それな、魔法高いんだよ
【コメント】だからみんな弓なんだよな
【コメント】回復薬も高いし
【コメント】腕で魔力の量が変わる、って噂な
【コメント】あれ、ほんとなのか?
【コメント】検証勢が、上手い人ほど減りが遅いって言ってた
【コメント】じゃあ串一本も納得……するか?
【コメント】お嬢の財布、どうなってんの
「次。お嬢と、スタロの約束」
「これはもう、笑うしかないよね」
女が、窓の中の映像を少し進めた。
白い装甲の男が、演説台の裏から振り返っている。音はない。けれど、身振りだけで、何を叫んでいるのかは分かった。
「指をさしたら、そいつだけ撃て。それまで待て。……スタロの側からすりゃ、止めるための約束だった」
「お嬢の側からすると、撃っていい合図の約束になってた」
「スタロが約束を足すたびに、お嬢がその約束どおりに撃つ。三十秒もそうだった。これ、たぶん、まだ続くぞ」
「次はどんな約束するんだろうね」
「知らん。俺はスタロの胃が心配だ」
【コメント】スタロの胃
【コメント】約束を足すたびに撃たれる男
【コメント】次は「撃つな」って約束すればいいのでは
【コメント】それだと「撃つな」の範囲外を撃つぞあの人
【コメント】ありそう
「で。二日目。串屋の旦那の演説」
「これは、正直、いい演説だったよね」
「いい演説だった。最初に詫びた。自分の側の不始末を、自分から。あれで、治安派の旦那衆も何人か拍手した」
「関谷さんも拍手してたし」
「この選挙、候補者が二人ともまっとうなんだよ。珍しい」
「クマさん、どっちに入れるの?」
「俺はプレイヤーだ。下町の住民の投票には入れん。……入れられても、言わん」
【コメント】プレイヤーは投票できないのか
【コメント】住民の選挙だからな
【コメント】言わんのがおっさんらしい
【コメント】串屋が勝つに一票(入れられないけど)
「――で、その演説の最中に、鐘楼だ」
男の声が、少しだけ低くなった。
四つ目の窓が、引き寄せられる。港の、古い鐘楼。そのてっぺんの、狭い屋根の上に、黒い外套の人影が立っている。
「昨日の正午すぎ。俺は、港の倉庫街の端にいた。カメラを港の方に向けてたら、たまたま、こいつが映った」
「たまたま?」
「たまたまだ。正直に言うと、鐘楼なんか見てなかった。丘の上の演説の方を、板越しに見ようとしてた」
窓の中の人影は、動かなかった。
港を見下ろすでもなく、丘の方を見上げるでもなく、ただ、そこに立っていた。
「……何もしてないね」
「何もしてない。前に倉庫街の屋根に出たときは、お嬢の方を見た。今回は、誰の方も見てない。ただ、立ってるだけ」
「で、鐘楼の中に引っ込んで」
「人足が三人、駆け上がった。俺も、下まで走った。上は空っぽだった。裏の階段は路地に抜けてて、昼の路地は人足だらけだ。……追えなかった」
【コメント】おっさん、走ってたのか
【コメント】配信者が現場に突っ込むの珍しい
【コメント】何もしないで、立って、帰った
【コメント】何がしたかったんだ
【コメント】鐘の人が鐘楼の上に立つの、出来すぎてる
「クマさん」
「なんだ」
「さっきから、ずっとその窓、止めて見てるよね」
「……ああ」
男は、窓の中の人影を、指で少しだけ大きくした。
粗い映像だった。遠くて、細部は潰れている。
「前の、倉庫街の屋根のときの映像と、並べてみた。……並べてみたんだが」
「だが?」
「いや。いい」
男は、窓を元の大きさに戻した。
「遠いし、粗い。気のせいの範囲だ。こういうのを、それっぽく言い出すと、ろくなことにならん」
「言いかけてやめるの、ずるくない?」
「ずるくない。言わないのが、俺の仕事だ」
【コメント】気になる
【コメント】何に気づいたんだ
【コメント】おっさんがここまで言い淀むの初めて見た
【コメント】背の高さが違うとか?
【コメント】いや同じに見えるけど
【コメント】肩のあたり?
【コメント】やめろ、憶測で憶測を重ねるな
【コメント】おっさんの口癖が視聴者にうつってる
女が、肩をすくめた。
それから、窓をひとつずつ閉じていった。台の裏の小窓、演説台、日傘の後ろ姿。最後に、鐘楼の上の人影。
「じゃ、まとめ。お嬢は板を見てた。スタロは胃が痛い。串屋はいい演説をした。仮面は、鐘楼に立って、帰った」
「それだけだ。それ以上は、分からん」
「明日の投票、結果出たらまたやる?」
「やる。……やるが」
男は、外套の襟を、少しだけ立てた。
「この街、ここのところ、分からんことが増える速さの方が、分かることより早い。それだけは、憶測じゃない」




