↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
71/92

第71話串屋の旦那の、お話ですわ

 翌日の正午も、議事堂前の広場は人でいっぱいだった。


 昨日よりも、多いくらいだった。前掛けのおかみさん方、港の日雇いの方々、杖をついたお爺さん。北の長屋のあの女の方も、子どもを抱いて来ていた。白い石段を、皆で手を引き合って上ってきたのだろう。

 吹き飛んだ演説台の背板も、折れた柱も、もう元通りになっていた。柱の天辺の硝子の目も、何事もなかったように首を振っている。昨日の土ぼこりの名残は、白い石畳のどこにも見当たらなかった。


【コメント】こんにちは

【コメント】今日は串屋の番

【コメント】昨日より人多くない?

【コメント】柱も台も、もう戻ってる

【コメント】一日経てば、何もなかったことになるんだよな

【コメント】油壺の三人も、そろそろ戻るころか


 小夜さんは、来ていなかった。

 今朝、坂の屋台に寄ったら、小夜さんが前掛けを締めて、焼き台の前に立っていた。演説のあいだ、屋台の番を頼まれたのだという。「串、焦がしたら怒られるかな」と、心細そうに団扇を握っていた。


 人垣の中ほどで、北の長屋の女の方が、隣のおかみさんと小声で話しているのが聞こえた。


「……昨日の油壺の子ら、うちの並びの子らなんだよ」

「ほんとかい」

「関谷の旦那が勝ったら、長屋ごと潰されるって。どこで聞いてきたんだか、そんな噂。それで怖くなって、あんな真似を」


 女の方は、腕の中の子どもを抱き直した。


「串屋の旦那がね、ゆうべ、一軒ずつ回ってくれたんだよ。うちにも来た。それから、その足で関谷の旦那のとこにも串を持ってったって。今朝は朝いちばんで、ここの役人さんに頭下げに来たらしいよ。和解派の人間がやったことだから、って」


【コメント】油壺、和解派側だったのか

【コメント】長屋の若い衆か……

【コメント】関谷はそんなこと一言も言ってないのにな

【コメント】噂って、誰が流したんだ

【コメント】鈴村さん、夜は長屋を回って、関谷に串持ってって、朝は上層に頭下げに行ったの?

【コメント】働きすぎでは

【コメント】この人、いつ寝てるんだ


 石段の上の方に、灰色の制服の方が立っていた。

 あの、背の高い女の方だった。硝子の板を胸に抱えて、広場を見下ろしている。その少し下の段で、前掛けをした鈴村さんが、深々と頭を下げていた。


 女の方の声は、ここまでは届かなかった。

 ただ、唇の形だけが見えた。以上です、と言ったように見えた。


 鈴村さんは、頭を上げなかった。

 女の方が踵を返して、議事堂の中へ消えていくまで、ずっと、そのままだった。


【コメント】上層の人に頭下げてる

【コメント】「以上です」で終わらされてる

【コメント】それでも頭上げないの、すごいな

【コメント】自分がやったわけでもないのに


 正午の鐘が、丘の下から上ってきた。

 鈴村さんは、前掛けを外して、きちんと畳んで、台の脇に置いた。それから、ゆっくりと台に上った。


 議事堂の黒い板に、鈴村さんの姿が大きく映った。


「坂の角で、串屋をやっております、鈴村です」


 いつもの、穏やかな声だった。屋台の向こうで、炭をあおぎながら話すときと、少しも変わらない。


「まず、お詫びを申し上げます。昨日、この広場で、関谷さんのお話を壊したのは、私たちの側の若い者でした。和解だ、共存だと言っている私たちの側から、ああいうことをする者が出た。……私の、力不足です」


 鈴村さんは、台の上で、もう一度頭を下げた。

 広場の最前列に、羽織姿の関谷様が座っていた。まだ時々、耳の後ろを気にするように手をやっている。関谷様は、黙って、台の上の鈴村さんを見上げていた。


【コメント】最前列に関谷いる

【コメント】対立候補の演説、聞きに来てるのか

【コメント】鈴村さん、最初に謝った

【コメント】自分の陣営の不始末を、自分から

【コメント】これはずるい、好感度上がるやつ

【コメント】ずるいって言うな、たぶん本気だぞ


「長屋の若い者たちは、怖かったのだと思います。家を追われるかもしれない、と。怖がった人間は、刃物を抜きます。油壺も持ちます。……それは、組の若い衆も、同じです」


 広場が、しんとなった。


「私は、怖がらせない街にしたい。組の人間も、荷主の旦那衆も、長屋の子どもも、同じ港で荷を担いで、同じ屋台で串を食べる。それだけの街です。大それたことは、申し上げられません。串屋ですので」


 鈴村さんは、少しだけ笑った。

 広場のあちこちから、くすりと笑い声が漏れた。


 わたくしは、日傘の柄を握ったまま、台の上の鈴村さんを見ていた。

 なんて、良いお話だろう。


 関谷様の「できないことは約束しない」も、素敵だった。鈴村さんの「怖がらせない街」も、素敵だった。どちらがよいのか、わたくしには、やはり決められそうになかった。


【コメント】いい演説だ

【コメント】大それたことは申し上げられません、串屋ですので

【コメント】昨日の関谷と、言ってること真逆なのに、どっちも刺さる

【コメント】おい、それより

【コメント】港!

【コメント】港の鐘楼の上

【コメント】仮面いるって

【コメント】考察配信のクマのおっさんが、今、港から生で映してる

【コメント】カンパネッロだ


 人垣の後ろの方で、誰かが、宙を見つめたまま声を上げた。


「おい、港の鐘楼に、仮面のやつが出てるってよ。考察配信のおっさんが、生で映してる」


 何人かが、振り返った。


【コメント】ほんとだ、鐘楼のてっぺんに立ってる

【コメント】黒い外套、のっぺりした仮面

【コメント】おっさん「憶測じゃなくて、今そこにいる」って震え声

【コメント】鐘の人が、鐘楼に

【コメント】洒落てんのか

【コメント】何しに出てきたんだ、今

【コメント】選挙の日に港で何か起こす気か

【コメント】お嬢、港!港!


 わたくしは、首を傾げた。

 港の鐘楼は、ここからは見えない。丘の上の広場からは、白い建物と、硝子の柱と、その向こうの空しか見えなかった。


 そして、台の上では、鈴村さんのお話が、まだ続いていた。


「――ですから、もし私に、皆さんの代わりに上へ物を言う役目をいただけるなら」


「まあ」


 わたくしは、振り返った方々から目を離して、台の上に向き直った。


「鈴村さんのお話の最中ですのに。無粋な方ですわね」


【コメント】無粋で片付けた

【コメント】カンパネッロより演説優先

【コメント】お嬢、鈴村さんの話はちゃんと聞くんだよな

【コメント】あ、引っ込んだ

【コメント】鐘楼の中に降りたっぽい

【コメント】おっさん「……中に入った。ここからじゃ見えん。誰か近くにいないか」

【コメント】港の人足が何人か駆け上がったけど、鐘楼の中、もう空っぽだって

【コメント】裏の階段から路地に抜けたんだろ

【コメント】あの辺、昼は人足だらけだぞ 紛れたら分からん

【コメント】何もせずに帰った?

【コメント】ほんとに何しに出てきたんだ


「――私は、精一杯、串を焼くように、務めさせていただきます」


 鈴村さんは、そう言って、台の上で深く一礼した。


 拍手が起こった。

 最初は、最前列の方から。前掛けのおかみさん方が、長屋の女の方が、それから、仕立ての良い上着の旦那衆の何人かまでが、手を叩いていた。


 最前列の関谷様も、手を叩いていた。

 大きくはない、けれど、一度も止まらない拍手だった。


【コメント】関谷も拍手してる

【コメント】対立候補に拍手する対立候補

【コメント】この選挙、候補者が二人とも人格者なの何なんだ

【コメント】治安派の旦那衆まで拍手してる

【コメント】これ、串屋勝つんじゃないか


 わたくしも、日傘を小脇に抱えて、手を叩いた。


 小夜さんにも、聞かせて差し上げたかった。

 坂へ戻ったら、焦げた串がいくつあったか、伺うついでに、今日のお話を、一から十までお伝えしよう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。