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悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


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70/122

第70話指をさしていただきましたもの

 正午の鐘が、丘の下から上ってきた。


 議事堂前の広場には、思っていたよりもずっと大勢の方が集まっていた。荷主の旦那衆、問屋の番頭、魚市場の仲買人。長い石段を上ってきたのだろう、皆、少し息を切らしている。白い石畳の上で、下町の色の着物と前掛けが、ひどく浮いて見えた。

 広場の真ん中に、木の演説台がひとつ。その後ろに、議事堂の白い階段がそびえている。


【コメント】こんにちは

【コメント】人多い

【コメント】下町の人、わざわざ丘まで上ってきてる

【コメント】白い広場に前掛けの集団、絵面が強い

【コメント】お嬢、ほんとに来た

【コメント】隊長、逃げて(二回目)


 演説台に、関谷様が上った。

 衛兵の兜も槍もなく、洗いざらしの羽織だけ。目の下の隈は、詰所の前で見たときよりも、また少し濃くなっていた。


「港の衛兵隊を預かっている、関谷だ。演説というのは、柄じゃない。だから、短く言う」


 議事堂の正面の黒い板に、関谷様の姿が、大きく映し出された。

 どこから写しているのかは分からない。けれど、板の中の関谷様は、台の上の関谷様と寸分違わず、同じ瞬間に、同じ口を動かしていた。板の隅には、小さな画がいくつも並んでいる。広場を、それぞれ別の角度から見下ろした画。柱の上の硝子の目が見ているものなのだろう。


【コメント】でかいモニター

【コメント】生中継だ

【コメント】下町の詰所の板にも同じの映ってるらしい

【コメント】隅の小窓、監視カメラの映像か

【コメント】上層、選挙の演出にまで金かけてる


「港の荒事は、取り締まる。誰であろうと、だ。組の者でも、荷主の身内でも、港を閉めさせる真似をした者は、捕まえる。……それ以上のことは、言えん。できないことは、約束しない」


 広場が、少しざわついた。

 拍手をする方もいた。首をかしげる方もいた。


「それだけか」と、誰かが言った。

「それだけだ」と、関谷様は答えた。


【コメント】ほんとに短い

【コメント】できないことは約束しない

【コメント】政治家に向いてなさすぎる

【コメント】でも、俺は好きだぞこういうの

【コメント】詰所の前の「決まりの味方」から一ミリもぶれてない


 わたくしは、人垣のいちばん後ろで、日傘を傾けて聞いていた。

 なんて、筋の通った方だろう。

 応援の声を上げようとして、詰所の前で黙っていてくれと言われたことを思い出して、やめた。今日は、拍手だけにしておこう。


 手を打ちかけたとき、黒い板の隅の、小さな画のひとつが目に入った。


 演説台の、裏側だった。

 台の背板と、議事堂の階段のあいだの、細い隙間。広場からは、台に隠れて見えない場所。

 そこに、男の方が四人、しゃがみ込んでいた。


 手に、素焼きの壺を抱えている。壺の口から、布の紐が一本、垂れていた。

 一人が、火打ち石を取り出した。


【コメント】ん?

【コメント】隅の画、なんか映ってない?

【コメント】台の裏に誰かいる

【コメント】壺持ってる

【コメント】油壺だ

【コメント】倉庫の夜討ちのときのやつ

【コメント】演説台ごと燃やす気だ

【コメント】誰か気づけ!!


 広場の誰も、板の隅など見ていなかった。

 皆、台の上の関谷様を見ていた。


 ――いいえ。ひとり、見ていた。


 人垣の向こう、議事堂の階段の脇の柱のそばに、白い影が立っていた。

 光の足場の音もなく、いつの間にか、そこにいた。白い装甲に、蛍光の線。胸の真ん中で、星の形の光が、ぼんやりと灯っている。


 スタロ様の兜が、黒い板の隅の画に、まっすぐ向いていた。

 それから、装甲の腕が上がって、その画を、真っ直ぐに指さした。


「――演説台の裏だ! 油壺、四人!」


【コメント】スタロいた!

【コメント】気づいた!

【コメント】指さした

【コメント】走れスタロ!

【コメント】待って

【コメント】指さした、って

【コメント】あ


 指を、さしていただいた。


 わたくしは、黒い板の隅の、小さな画を見つめた。

 乗り場で初めて硝子の目を見たとき、それは、硝子窓越しに誰かの背中を眺めているような心地だった。手を伸ばしても、硝子に触れるだけで、その先には何もない。

 けれど、今は違った。硝子の向こうに、しゃがみ込んだ男の方の背中がある。その中の、いちばん後ろの方。壺を抱えた仲間たちの背中を、肩越しに見下ろしている方。


 硝子越しでも、その目は、ちゃんと柔らかかった。


 ――素焼きの壺。垂れた布の紐。火打ち石を構えた手。三つの背中。


 白。


 広場の空気が、いっぺんに裏返った。

 演説台の背板が、議事堂の階段に向かって吹き飛んだ。台の上の関谷様が、前のめりに、台の縁から広場の石畳へ転げ落ちる。階段の脇の柱が、根元から折れて、天辺の硝子の目ごと、白い石段の上を転がり落ちていった。


 黒い板の隅の、小さな画がひとつ、ふっと暗くなった。


 光の粒が、三つ。

 白い円屋根の上の空へ、ゆっくりと昇っていった。


【コメント】

【コメント】撃った

【コメント】板見てただけなのに、台の裏が吹き飛んだ

【コメント】え、今の、板の中の奴を……?

【コメント】いや偶然だろ、台の裏で油壺に火が入ったんだろ

【コメント】それにしてはタイミングが

【コメント】関谷、台から落ちた!

【コメント】生きてる、起き上がった

【コメント】カメラの柱、折れて階段転がってった

【コメント】上層のカメラ壊したぞ


 広場じゅうが、悲鳴と土ぼこりでいっぱいになっていた。

 前掛けの方々が、石段の方へ我先に逃げていく。仕立ての良い上着の方々が、尻もちをついたまま後ずさっていく。


 白い影が、光の足場を二つ踏んで、演説台の裏へ降り立った。

 しばらく、そこから動かなかった。


 台の裏の隙間には、男の方がひとりだけ、壺を抱えたままへたり込んでいた。いちばん後ろにいた方。壺の口の布の紐は、火のつかないまま、だらりと垂れていた。


 スタロ様は、その男の方の手から、壺を取り上げた。

 それから、ゆっくりと振り返って、人垣のいちばん後ろの、わたくしの方を向いた。


「……お前」

「ごきげんよう、スタロ様。お約束どおりですわ」

「どこがだ!」

「スタロ様が指をさしてくださったら、その方だけを撃つ、というお約束でしたわね。指をさしていただきましたもの」

「俺が指さしたのは、止めに行くって意味だ!」

「まあ。それでしたら、そうおっしゃってくださいませ」


【コメント】wwww

【コメント】約束、成立してた

【コメント】「見分けて指さしたら、そいつだけ撃て」って、確かにスタロが言ってた

【コメント】乗り場の瓦礫の前で約束してたやつだ

【コメント】スタロ、自分の約束に刺された

【コメント】ルールを足すたびに、そのルールで撃たれていく

【コメント】そいつだけ(台ごと)


「そいつだけって言っただろ! 台も! 柱も! 関谷さんも!」

「指をさされた方々だけを、狙いましたわ。台と柱と関谷様は、近くにいらしただけです」

「近くにいらしただけで台から落ちてんだよ!」


 石畳の上で、関谷様が、ゆっくりと身を起こした。

 羽織は土ぼこりで真っ白だった。耳の後ろを押さえて、何度か頭を振る。それから、台の裏の、へたり込んだ男の方と、壺と、スタロ様と、そして、わたくしを、順番に見た。


「……お嬢さん」

「はい」

「応援、だったか」

「ええ。拍手だけにしておこうと、思っておりましたのに」


 関谷様は、何も答えなかった。

 土ぼこりの舞う広場の真ん中で、ただ、長い、長い息を吐いた。


 議事堂の黒い板の上では、暗くなった小さな画の隣で、残りの硝子の目たちが、何事もなかったように、首を振り続けていた。


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