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悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


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62/92

第62話どちらの方でも、と申し上げましたわ

 袖から抜かれたのは、指ほどの長さの、細い刃だった。


 黒い羽織の若い方は、卓の向こうのラクロワ様へ。灰色の外套の方は、卓のこちらの鴉山様へ。二つの刃が、同時に、卓を挟んで走り出した。


 白い影が、それより速かった。


 起重機の脚から、光の足場が二枚、続けざまに灯った。スタロ様は、卓の上を跳び越えざまに、黒い羽織の方の手首を蹴り上げた。着地と同時に、灰色の外套の方の襟を掴んで、石畳に引き倒す。刃が二本、からからと転がっていった。


「――抜くなって、言われてただろうが!」


【コメント】スタロ!

【コメント】速っ

【コメント】二人まとめて

【コメント】卓の上、跳び越えた

【コメント】茶碗は無事


 鴉山様は、椅子から腰を浮かしもしなかった。

 ラクロワ様は、茶碗を持ったままだった。


 その代わり、二人とも、同じ方を見ていた。荷揚げ場の両脇の、倉庫の扉を。


 鴉の紋の倉庫の扉が、内側から開いた。

 黒い羽織が、三人、飛び出してきた。手に、長脇差。


 金の飾り文字の倉庫の扉も、開いた。

 灰色の上着が、四人。手に、鉤と棍棒。


「親父を守れ! カルティエが親父を討つ気だ!」

「ムッシュ・ラクロワをお守りしろ! 黒鴉組が討ちに来る!」


【コメント】倉庫から増えた

【コメント】隠れてた

【コメント】両方の倉庫に、両方の若い衆

【コメント】どっちも「親父を守れ」

【コメント】どっちも、相手が裏切ると思ってる

【コメント】同じ紙、読まされてるんだ

【コメント】三十秒!


 わたくしは、日傘を開いた。


「スタロ様。三十秒、お待ちいたしますわ」

「待て、撃つな!」


 スタロ様は、石畳に押さえつけた二人の上に膝をついたまま、顔だけを上げた。

 指は、さされなかった。


 鴉山様が、椅子に座ったまま、声を張った。


「止まれ!」


 しわがれた声だった。それなのに、荷揚げ場の端から端まで、まっすぐに通った。

 ほとんど同時に、ラクロワ様が、手袋の両手を、ぱん、と打った。


 黒い羽織の三人が、つんのめるように足を止めた。

 灰色の上着の四人も。


 倉庫の扉を出て、ほんの数歩のところだった。卓までは、まだ三十歩以上あった。左右から、互いの得物を、卓越しに睨み合ったまま。


【コメント】止まった

【コメント】親父の一声

【コメント】エドモンの手拍子

【コメント】港で殴り込みのときも、これで止めてた

【コメント】頭が二人とも、ちゃんと止めた

【コメント】十


「止まった! もう止まってる!」


 スタロ様が、叫んだ。


「お嬢、聞こえてるだろ! 止まったんだ、撃つな!」

「ええ。止まっていらっしゃいますわね」


 わたくしは、左右の得物の光を、順番に見た。

 長脇差。鉤。棍棒。どれも、まだ、下ろされていなかった。


「けれど、抜いていらっしゃいますわ」


【コメント】あ

【コメント】宣言

【コメント】「刃物を抜いた方は、どちらの方でも」

【コメント】止まっても関係ないのか

【コメント】二十

【コメント】下ろせ、得物を下ろせ

【コメント】聞こえてないよな、配信のコメントだし


 黒い羽織の一人が、得物を下ろしかけた。

 その目が、向かいの灰色の上着の鉤を見て、また止まった。向こうが下ろさないなら、こちらも下ろせない。灰色の上着の方も、同じ目をしていた。


 二十五。


「――おい!」


 スタロ様の声が、裏返った。


 三十。


 卓の右手、ラクロワ様の後ろに、灰色の外套のお付きの方が、ひとり立っていた。その方は、左で長脇差を構えたままの黒い羽織を、睨みつけていた。

 卓の左手、鴉山様の後ろでは、番頭様が、右で鉤を振り上げたままの灰色の上着を、同じ目で見ていた。


 ――左。長脇差を構えた、三つの影。

 ――右。振り上げた鉤と棍棒の、四つの影。


 白。

 白。


 左右の倉庫の前が、ほとんど同時に、空へ抜けた。


 鴉の紋の扉も。金の飾り文字も。積み上げた木箱も。二つの爆風が、荷揚げ場の真ん中で、互いを打ち消すようにぶつかって、ひとつの風になった。

 卓の上の茶碗の水面が、小さく、震えた。


 光の粒が、昇っていった。

 左から、三つ。右から、四つ。


【コメント】

【コメント】左右同時

【コメント】二発

【コメント】倉庫、両方いった

【コメント】卓、無事

【コメント】茶碗、こぼれてない

【コメント】ど真ん中に置いたの、こういうことだったのか

【コメント】鈴村さんの卓の位置、完璧すぎる


 粉塵が、ゆっくりと降りてきた。

 卓の左右に、えぐれた石畳が、ふたつ、口を開けていた。黒い粒と、灰色の粒が、同じ高さまで昇って、同じように消えていった。


 鴉山様は、それを、最後まで見上げていた。

 ラクロワ様も。


 わたくしは、日傘を傾けて、お二人の方へ向き直った。


「どちらの方でも、と申し上げましたわ」


【コメント】言った

【コメント】宣言どおり

【コメント】どっちの若い衆も、きっちり同じ数

【コメント】いや、三と四で数は違うぞ

【コメント】倉庫ひとつずつ、は同じ

【コメント】公平の基準がおかしい


 鴉山様が、ゆっくりと、視線を下ろした。

 えぐれた石畳の、左と右とを、順番に見る。それから、わたくしを見た。


 長いこと、黙っていた。


「……止めたんだがな」

「ええ。お見事でしたわ。けれど、お約束でしたもの」


 鴉山様は、もう一度、えぐれた石畳を見た。


「……外にいてくれと、頼んだ通りだ」


 鴉山様は、茶碗の残りを、ひと息に飲み干した。


「あんたは、どっちの側にも立たなかった。どっちの若い衆も、同じように吹っ飛ばした。……それが、外ってことだ」

「お茶会の立会人ですもの。当然ですわ」


【コメント】親父、納得してる

【コメント】外ってことだ

【コメント】この人の中では、筋が通ってるらしい

【コメント】自分とこの若い衆、三人消されてこれ言えるの、器がでかい

【コメント】明日には戻るって分かってるのもあるだろうけど


 ラクロワ様は、襟元の銀の鎖に、指先で触れていた。

 それから、茶碗を卓に置いて、静かに言った。


「結構です。……今の風で、決めかねていたことが、決まりました」

「何が、ですの?」

「下りる、と申し上げました。半分くらいは、交渉の言葉のつもりでした」


 ラクロワ様は、えぐれた右の石畳を、ちらりと見た。


「今は、そうではありません。私の雇い人たちは、紙一枚で、倉庫を開けて飛び出していった。……紙が、私より先に、彼らを動かした」


【コメント】エドモン、本気で下りる気になった

【コメント】紙が私より先に

【コメント】自分の部下が自分より紙を信じた

【コメント】マフィアのボスとして一番屈辱的なやつ


 石畳の上で、スタロ様が、押さえていた二人を、ようやく離した。

 黒い羽織の若い方も、灰色の外套の方も、膝をついたまま、動かなかった。


「……お嬢」


 スタロ様が、こちらを見上げた。


「……こいつらも、抜いたぞ。まさか、こいつらも、とか言わないよな」

「まあ。そちらの方々は、スタロ様が、もうお片付けしてくださいましたもの」


 スタロ様は、しばらく口を開けていた。

 それから、二人の手首から手を離して、深く、深く、息を吐いた。


「……そういう基準なのか」

「お片付けの済んだ方を、二度お片付けするのは、失礼ですもの」


【コメント】スタロが押さえてた二人、セーフ

【コメント】スタロに捕まってたから助かった

【コメント】止まった七人は吹っ飛んで、捕まった二人は無事

【コメント】基準が分からん

【コメント】スタロ、今日いちばん人を救ったのでは

【コメント】救ったっていうか、捕まえたっていうか


 鴉山様が、立ち上がった。

 黒い羽織の若い方の前に立って、見下ろす。


「紙は、どこにあった」

「……三日前に。屋敷の、門の隙間に。親父は近いうちに、向こうと会う。その席で、鐘がひとつ鳴ったら、向こうが親父を討つ、と」


 灰色の外套の方も、ラクロワ様に、同じことを言った。

 同じ字だった。同じ鐘の刻だった。


 卓の上の紙の束に、二枚、増えた。


「三日前、ですか」


 ラクロワ様が、手袋の指で、その二枚をそっと揃えた。


「私どもが、今日この卓につくことまで。……読まれていたわけですね」


【コメント】三日前

【コメント】話し合いが決まる前に

【コメント】同じ紙を両方に撒けば、いずれ突き合わせて会うって、読んでた

【コメント】会わせるために、紙を撒いてたのか

【コメント】こわ

【コメント】カンパネッロ、何手先まで見てんだよ


 鈴村さんが、木箱の陰から出てきて、炉の炭を、黙って足していた。

 小夜さんは、茶葉の缶を胸に抱えたまま、左右のえぐれた石畳を、交互に見ていた。


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