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悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


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第55話閑話 明日には戻るものの、後始末

☆ スターライトロード視点 ☆


 港の両替所で立てこもりがあった、あの日。

 俺は、港とは反対側の、東の外れにいた。


 長屋が一軒、崩れたと聞いて駆けつけたのだ。崩れたのは、昼過ぎだったらしい。黒鴉組とカルティエの下っ端同士が、路地で揉めて、刃物が出て、誰かが壁の柱に体ごとぶつかった。古い長屋だった。柱が一本折れたら、あとは早かった。

 中には、婆さんと孫が二人、住んでいた。


 孫の一人は、俺が瓦礫の下から引っ張り出したときには、もう光になりかけていた。


 もう一人の孫は、まだ小さかった。婆さんの袖を握ったまま、光が昇っていった空を、ずっと見上げていた。

 それから、俺の方を向いて、聞いた。


「おにいちゃん。あの子、あしたには、もどってくる?」


 俺は、答えられなかった。

 兜の下で口を開けて、閉じて、結局、その子の頭に手を置くことしかできなかった。装甲の手は硬くて、たぶん、ちっとも温かくなかったと思う。


 この家は、明日になっても戻らない。

 NPC同士でやったことは、戻らない。この街で少し暮らせば、誰でも知っていることだ。


 だから、東を先にした。

 港で立てこもりがあったと聞いたのは、婆さんをもう一人の孫と一緒に、近所の家に預けたあとだった。走っても、もう間に合わなかった。


   *


 立てこもりの顛末は、あとで配信のアーカイブで見た。


 三十秒。

 瑠璃華は、ちゃんと三十秒、数えていた。一から、三十まで。俺が来るのを、待って。


 ……いや、違う。俺が言ったのは、そういう意味じゃない。俺が見分けて、指をさして、それまで待てと言ったんだ。俺が来るまで三十秒待ったら撃っていい、なんて一言も言ってない。

 分かってる。あいつに理屈を言っても通じないのは、分かってる。


 でも、もし、あのとき俺が港にいたら。


 両替所の中には、十人以上いた。

 その全員が、明日には戻る。建物も、金庫も。上層の役人は、そう言っていた。損失は計上しません。以上です。


 戻るからいい、とは、俺はどうしても思えない。

 縄で縛られて、床に座らされて、泣いていた娘がいた。あの子が怖かった時間は、戻っても消えない。


 次は、もっと早く走る。

 俺にできることは、それしかない。


   *


 あれから、三日が経った。

 東の長屋には、毎朝通っている。瓦礫は、まだ半分も片付いていない。誰かが片付けない限り、あそこは、ずっとあのままだ。


 孫の子も、毎朝、瓦礫の前に来る。婆さんの手を離れて、折れた柱の脇にしゃがみこんで、黙って瓦礫を見ている。

 昨日の朝、その子が、瓦礫の隙間から、小さな木の独楽を拾い上げた。もう一人の子のだ、と婆さんが言った。

 独楽には、ひびが入っていた。


 その子は、独楽を両手で握ったまま、俺の方を見上げた。

 おにいちゃん、これ、なおる? とは、聞かなかった。

 もう、聞かなかった。


 そして今夜、坂の上の方で、あいつの配信が始まった。


 コメント欄を見て、足が止まった。ゲイリーを連れて、港の詰所へ向かっている。更生の、お手伝い。

 ……何やってんだ、あいつは。


 屋根を三つ跳んで、港沿いの道が見える位置まで出た。

 ちょうど、倉庫の壁が一枚、夜空に飛んでいくところだった。


 俺は、少し距離を空けて、あいつらの後ろをついていくことにした。


 屋根の上から見下ろすと、あいつの歩き方は、いつ見ても少しだけ変わっている。踵から下ろして、足の裏で受けて、爪先で送る。優雅に見せるため、と最初は思った。でも、何度も見ているうちに、歩くこと自体を一歩ずつ確かめているように見えてきた。

 ……考えすぎか。


 あいつが通ったあとを、拾って歩いた。

 腰を抜かした夜回りの爺さんを立たせる。割れた角灯の破片を、道の端に寄せる。倉庫街の出口では、酔っ払いの船乗りが、瓦の真ん中で夜空を見上げて笑っていた。


「兄ちゃん、今の見たか。花火だ、花火」

「見た。帰るぞ。家、どこだ」

「花火だよお」


 船乗りを船宿まで運んで、戻ってきて、道の真ん中の瓦だけ片付けた。

 明日になれば、どうせ全部、元に戻る。それでも、今夜この道を通る奴がいる。瓦を踏んで転んだら、痛いのは今夜だ。


 休憩のあいだに、掲示板を開いた。


 ――スタロ、今夜もお嬢の後ろで後始末してるらしい

 ――翌日リセットされるのに毎回片付けてるの、正気か?


 ……まあ、否定はしない。


   *


 詰所の近くの屋根の上で、あいつの配信を、もう一度開いた。

 ゲイリーが、宙の窓を見つめて固まっていた。俺、ずっと払えたのか、と言った。


「……確認しろよ」


 ゲイリーのことは、前から少し気になっていた。賞金首しか狩らない主義で有名だった奴が、いきなり灯台をぶっ壊して大勢を巻き込んだ、なんて話は、どうしても腑に落ちなかった。確かめる手段は、俺にはなかったけれど。


 壁の板から、ゲイリーの名前が消えた。

 よかったな、と思った。やってないことで頭を下げるのは、きつかっただろうけど。それでも、今夜は眠れる。

 廊下の奥から、でかいいびきが、配信越しにも聞こえてきた。


   *


 瑠璃華のことを、どう思っているのか、と。

 コメント欄で、たまに聞かれる。


 悪い奴じゃない。

 ……たぶん。


 あいつは、自分が正しいことをしていると、本気で思っている。騙そうとも、得をしようとも、思っていない。困っている奴がいたら、放っておかない。今夜だって、誰に頼まれたわけでもないのに、ゲイリーを詰所まで送っていった。

 倉庫の壁と、倉庫街の出口と、賞金稼ぎ十人を、道連れにしながら。


 悪い奴じゃない。

 だから、余計にたちが悪い。


 そろそろ、ログアウトしないといけない。明日も、朝が早い。


 港の空が、東の端から、ほんの少しだけ白みはじめていた。

 東の外れの、あの長屋のあたりだ。


 今夜の倉庫の壁も、倉庫街の出口も、明日には元に戻る。

 あの長屋だけは、戻らない。

 だから、起きたらまず、あそこへ行く。


 俺は、最後の光の足場を蹴って、屋根を下りた。


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